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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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偶然の本質



 そこで、彼女は両肘を机の上につき、両手の指を絡ませ、天井を見上げた。



「まぁーー可能と言っても今からでは解決のしようがない、そういう言い方もできるのですが…」



「?どういう事ですか?」



 彼女は天井から視線を下ろし、再び僕の事を見る。

 見入る。

 変な沈黙が数秒、いや、数十秒うまれた。


 その後にようやく開口する。



「解決のしようがないーーと言うのも何も、その件に関しては既に解決を見ているんですよ、新橋尚弥さん」



「え?」



「ですから、“解決をする”以前に、“解決されている”んです」



「はい?」



 意味が分からなかった。

 同時に嫌な予感がした。

 決して当たってほしくない、そんな予感。



「まだお分かりになりませんか?

 ですから、あなたが探している探偵とはーー私の事です」



 僕の予感は的中した。

 絶妙な間を計りながらそう告げた彼女、その真っ直ぐな眼光に刺され、僕は次に放つ言葉を、言わなければならない言葉を、見失ってしまった。


 僕が「は?」とでも言いたげな表情を浮かべていたに違いないその状況で、彼女は話を続けた。

 僕からの返答を少し待ってみてからの、彼女の判断だった。



「何をそんなに驚いているんです?

 私がその探偵であると推理するには十分な情報があなたの手元には揃っていたというのに」



 僕は唖然とした状態でその場に立ち尽くし、一言どころか、一歩踏み出す事も後退する事も出来ない。



「ボイスレコーダー、なんて、普通に考えればあなたとお話した私以外に撮れる訳がないじゃないですか」



 ーーそうだ。

 その通りだ。

 一週間前のあの日、桜並木の下、あそこには確かに僕と白夜叶愛しか居なかったのだ。

 だから、僕はてっきり謎の探偵は近くの桜の木の陰か何かに隠れていたのかと思った。


 でも、よくよく考えてみれば至極簡単な話である。

 ボイスレコーダーで他人同士の会話を見つからない場所から拾うなんて不可能だ。

 万が一拾えたとしても、音声が確実に聴き取れるかは分からない。

 “探偵”としての責務を果たそうとするなら、どう考えても“音声”より“写真”の方が確実且つ手早いものではないか。

 普通の探偵ならそうする筈だ。


 最初に考えるべきだった。

 何故、ボイスレコーダーが証拠品だったのか。

 何故、ボイスレコーダーが証拠品として機能したのか。

 何故、写真ではなかったのか。

 何故、音声のみの証拠で、写真は撮らなかったのか。


 言うまでもない。

 ボイスレコーダーが証拠品として機能したのは、白夜叶愛自身がそれを隠し持って僕と会話し、音を拾ったからだ。

 第三者には無理でも、話し相手の声位なら拾える筈だ。

 写真は撮らなかったのではなく、写真こそ、撮れなかったのだ。

 初対面である以上、いきなり相手にカメラを向けて“ハイチーズ”という訳にもいくまい。


 ましてや、自分も一緒に映らなければならないとなれば尚更だ。

 何しろ“僕が浮気している”証拠を押さえたかったのだから。


 そして、白夜叶愛自身が僕の探している探偵だったなら、僕に名前が伝わるのを防いだ理由も合点がいくというものだ。

 何しろ、舞が別れ話を切り出す前に、僕は白夜叶愛と出会い、その名前も職業も知ってしまっていたのだから。


 全てのきっかけ。

 いやとんでもない。

 彼女こそ、やはり全ての元凶だったのだ。



「…僕を嵌めたんですか?」



「人聞きの悪い言い方はやめてください」



 キッパリとした口調。

 僕の言葉を突き返すような、静かだが、強い芯の通った声だった。



「私はあの日、桜を見ていたに過ぎません。

 その私に自ら話しかけたのは貴方自身でしょう?」



「それでも、言わなくていい事まで舞に色々と吹き込んだのはあなたですよね?白夜さん」



「いらない事?と、言いますと?」



「そもそも、調査結果自体が全てデタラメじゃないですか!僕はあの日、桜が綺麗ですね、って声をかけただけであなたをナンパした訳じゃない!」



「やましい気持ちは一ミリもなかった、と?」



 そう言われると微妙だが。

 確かに美人だなぁ、とか

 絵になるなぁ、とかは、思ったわけで。


 僕は彼女の手元にある書類に視線を当てながらーー内容は見えないがーー答えた。



「ありませんよ。いや、なくもないかもしれませんが、ナンパしようなんて一切思ってませんでした」



「一ミリも?」



「はい」



「あわよくば、なんて思ってませんでした?」



「思ってません」



「貴方にならナンパされてもついて行っていたかもしれませんが」



「え?」



 再び視線の先を彼女の眼に合わせる。



「なんて、こんな事を言えば男性の皆様は本気にされてしまうんでしょうか?」



 彼女はこちらを嘲笑するに等しい笑みを口元に浮かべ、半眼で僕を見ていた。



「女性の男性を褒め生やす言葉に一パーセントの疑念も抱かない男性は純粋と褒めて差し上げたい所ですが、逆の事をして女性が喜んでいるのを見て“この女チョロいな”なんて考えてる男性を見ると馬鹿な人間外生物にしか見えないのは何故なんでしょうね」



「白夜さん、言い過ぎですよ!

 大体、僕はそんな人間じゃないし、話が逸れすぎです!

 僕が言いたいのはあなたの探偵の捜査という範疇を出た出過ぎた行為と調査結果の偽造についてでそれこそ探偵業法違反にーー」



「先に逸らしたのはそちらでしょう?」



 僕の言葉に被せるようにして、再びこちらを射抜くような眼で、軽々しい笑みも無くし、彼女は言った。



「探偵業法?だから、言ってるじゃないですか。私にはそんなもの、関係がないんですよ。ある程度の問題は揉み消してもらえるコネがありますから」



 コネだって?

 相変わらずとんでもない事をさらさらと口にする。



「コネとか揉み消すとか、あなた、それでよく探偵なんて出来ますね!」



「あなたが探偵の何を知ってるんですか?

 イメージや思い込みであなたの正義を語るのはどうぞ御勝手にって感じですが、人の職業を目の前で素人に語られるのはあまり良い気分ではないんですが」



 彼女の眼光が更に鋭く、強く、僕を突き刺す。

 僕が次に言葉を放つのをその力だけで押さえつけられている。

 そんな感じだ。

 小学生やちょっと気の弱い中学生が大人に怒られ、自分の意見を求められても、言いたい事があっても口が開けず沈黙してしまう。

 正に、今そんな感じだ。



「私にとって探偵とは、依頼人とその周り人の幸せを最優先に考える正義。

 その正義を貫く為なら私は自分がどれだけのルール違反を犯そうが、構いません。

 民事?刑事?法律?秩序?それらを守り通せば私達は幸せになれるんですか?私達の身の安全を保障してもらえるんですか?違いますよね?

 正義が真っ白で悪が真っ黒なんて、およそあり得ない子供の戯言です。

 白と黒が調和したオセロのような存在、それが人間です。

 誰もが白になり(、誰もが黒にもなり得る。隣の人に影響される人や影響を与える人、全く誰にも影響されない隅っこで孤立した人までーーそれが人間です」



「………」



「さて、閑話休題としましょう。

 と言うわけでーー」



 椅子から立ち上がる白夜叶愛。

 机を迂回するように歩き、僕の前に立つ。



「調査結果の偽造は謝りましょう。

 ですが、差し出がましい事とは思いましたが、私としては貴方の事も考えての行動だったんです」



「どう言う事ですか?」



「そこら辺について、少々、江利香さんのお話にも繋がっていきますので、心して聞いてくださいね。

 此処からは少し複雑なお話になります」



 舞との別れ話が江利香の話に繋がる?

 益々意味がわからなかった。



「どう言う事ですか?」



 壊れた機械さながら、僕は同じ言葉を繰り返していた。




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