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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
14/45

偶然の本質

 

 彼女は僕の背後からそのまま左側の本棚に向かい、手に持っていた本を一冊分のスペースが空いていた場所に差し込む。



「あの、そろそろ教えてくれませんか?僕がここに呼ばれた理由」



 白夜叶愛は僕の言葉に反応して、振り返り、その大きな本棚を背に、僕の事をじっと見入る。



「何かありました?」



 これは彼女の言葉。



「はい?」



 それは寧ろ僕が訊きたい。

 何かあったのは白夜叶愛の方で、だから僕を此処に呼んだんじゃないのか、と。



「いえ、此処に来てからずっとですが、昨日よりも随分背中が小さく見えたのと、この部屋に来るまでの間、幾度なく溜息をつかれておられたので何かあったのかな、と」



 ーーあぁ、そういう事か。



「いや、何かって程の事でもないんですけど」



「そうですか」



 即答だった。

 それ以上は聞く耳持たずという位。

 自分から訊いてきておいて。


 白夜叶愛は澄まし顔で歩き出し、その部屋に唯一ある椅子に腰を落ち着ける。


 僕は更に二歩、三歩前に出て、部屋の真ん中に突っ立った状態で、こうして彼女と向き合う形が自然として出来上がったのだった。



「では、少し込み入った話になるんですが、その前にーー」



 と、白夜叶愛。



「何ですか?」



「私にご相談がある、とはどういった御用件でしょう?」



「はい?」



 さっきと全く同じ反応を僕は示した。

 白夜叶愛はわざとらしい溜息を吐き、僕に対して呆れたような眼つきを向ける。



「ご相談があったんですよね?私に」



 白夜叶愛からの再度の確認。

 それでようやく思い出した。


 そうだった。

 僕は最初、この探偵に相談、兼、依頼の用件があり、この事務所に連絡をいれたのだった。

 考えてみれば彼女は僕の連絡先が「受け付け記録にあった」と、電話で言っていたのだ。


 つまり、最初のあの依頼の電話をしていなければ、今日、彼女からの電話もなかったのだ。


 と言うか、このタイミングでその話をするのか…

 そう思ったが、敢えてそこは口を噤んだ。



「あぁ、実はですねーー」



 僕は僕が依頼したかった事のあらまし、その経緯、を白夜叶愛に全て説明した。


 最初に白夜叶愛に出会った日の事、それを浮気の証拠として謎の探偵に押さえられ、ない弱みをあるものとされ、舞との交際に終止符をつけなくてはならなくなった事を。


 そこで、このままでは気の収まらない僕はその“謎の探偵”を探し出し文句を言ってやる為、彼女、目の前にいる探偵、白夜叶愛を頼ったのだと言う事。


 ついでに。

 話の流れ的に。

 僕は先日、舞に新しい恋人が出来たと言う事実を知った。

 それも白夜叶愛に話した。



 全てを聞いた上で、白夜叶愛は眼を閉じ、何度か頷いて見せる。

 そして、背中を椅子に深く預けながら、眼を開け、非常に困ったようなーー見方を変えればあざといようなーーそんな表情を見せて、自らの沈黙を破った。

 それが例の



「流石にそれは私に言われても解決のしようがありませんよ?」



 と、いう言葉だった。

 この後の会話は先に記しているので省略するとして、もう限りなく落胆するばかりの僕に彼女は言ったのだ。



「ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃーと鬱陶しいので、ではまず先に、“そちらの件”からお話し致しましょうか」



「そちらの件?」



 確かにそう言った。

 と言うかーー鬱陶しい、とはっきり言われてしまった。

 今更だが、この女性、僕には情け容赦が全くと言っていい程ないように感じる。

 いや、事実ないのだ。

 墓場で出会った時も。

 ファミレスで向き合った時も。

 喫茶店Happinessでの帰り際も。

 今日の電話でも。

 僕が彼女に何をしたわけでもない。

 ーーその筈だ。



「まず、あなたの依頼ですがーー」



 彼女、白夜叶愛はそう言いながら机の上に出していた封筒から書類を取り出す。



「解決のしようがない。と言った私の言葉は少し訂正しましょう。

 あなたの望む事が木下舞さんとの復縁である“ならば”解決のしようがありません。

 文字通りの意味でですが、私は探偵ですのでお二人の復縁など私の仕事の範疇にありません。

 同じ理由で今の舞さんの恋人と舞さんを別れさせて欲しいだとか、落ち込むあなた自身をどうにかして欲しいとかいう望みも解決のしようがありません」



「あぁ、はい、それは大丈夫です。

 僕が望んでるのは相手の探偵を探し出すって一点のみです。

 さっきは関係のない話を多分にしちゃったんで…」



 若干、気推しされながらも彼女に答える。

 彼女は手元の書類の一番上に視線を落とす。



「まぁ、そうですよね。

 では、その一点についてあなたは私が“解決のしようがない”と言った際に“ですよね。分かってる”などと言ったという事でしょうか?」



「いや、それは言葉の綾というか勢いと言うか…やっぱりほら、探偵が探偵をって言っても同業者じゃないですか。

 やっぱり探偵業法とか関係してくる問題になるかなって思って…」



 再び僕に視線を当てる白夜叶愛。



「探偵業法なんて言葉、知ってるんですね」



 本気で驚いたような顔だった。

 この人は僕の事をどれだけ馬鹿だという認識で捉えているんだろうか。

 それ位の単語は知っている。

 探偵業法がどういう内容の法律かまでは知らないのだが、ここは見栄を張ることにした。



「それくらいは知ってますよ」



「内容を知らなければ意味がありませんから、威張らないでください。

 いえ、この場合、見栄を張らないで、と言って差し上げた方が正しいのでしょうか?」



 秒殺だった。

 見栄を張った所まで完璧に見抜かれていた。

 穴があったら入りたい。



「本当に探偵業法の事を知っていれば、思う、などと曖昧な発言は出てませんからね。

 誰でもわかります。

 あぁ、それと、言っておきますけど私にはそんな法律、一切関係がないので」



 ーーは?

 “私にはそんな法律、一切関係ない”?

 正直言って僕はこの言葉に面食らってしまった。

 さも当然、当たり前の様な顔で、彼女はその言葉を言い放ったわけだが、僕からすれば「何を言ってるんだこの女は」と言いたい所である。


 僕が今いる此処は探偵事務所だ。

 それも目の前に居る彼女、白夜叶愛の名を取った“白夜探偵事務所”という看板を大きく掲げている。


 しかも、彼女は“白夜探偵事務所 所長”の肩書きがついた自分の名刺を持ち歩き、自ら探偵とも名乗っている。


 にも関わらず、探偵業法を“そんな法律”呼ばわりし、“私には一切関係ない”と断言したのだ。


「なので」と、彼女は自分の言葉を続けた。



「別に同業者だろうが、なかろうが。

 法に触れていようが、なかろうが。

 あなたの依頼であるその謎の探偵を探し出す事自体は可能です」



 澄まし顔で、なんだかとんでもない事をさらっと言ってのける。



「可能なんですか?」



「聞こえなかったんですか?」



 ーーそうきたか。

 聞こえてました。

 可能、なんですよね。



「すいません…」



何故かーー

取り敢えず、謝った。


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