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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
12/45

出会い

 


「それでーーこれからどうするんですか?」



「何がです?」



「何がって、調査ですよ、調査」



「勿論、続けますが」



 さも当然に、とでも言いたげな表情である。


 ーーですよね。

 でも、僕が聞きたいのはそういう事じゃない。

 これから具体的にどういった捜査をするのか、という事だ。

 何にしろ、江利香の自殺からは既に三年という月日が経っている。

 現場に手かがりが残っているなんて可能性は皆無だろう。

 警察から聞ける事を聞いてきた現状、他に出来る事と言えば…



「白夜さん、もしかして次は江利香の職場に行こうとしてます?」



「…はい。自殺にしろ、他殺にしろ、そこに決め手になる手かがりがあると私は踏んでいます」



 やっぱりそうか…

 となると、次なる調査は聞き込みといった所だろう。


 僕は淡々とした口調で言葉を返してくる眼の前の探偵を見ながら、ついつい心配になる。


 どう見ても、聞き込みには不向きに見える。

 確かに、常に毒舌を言っている訳でもないし、普通に話そうと思えば全然普通に話せるのだがーー僕から見れば、墓地とファミレスでの毒舌の件がある。


 それに。

 それにだ、江利香の元職場とは言え、そこに探偵が今更、三年前の自殺の件について押しかけるのも如何なものかとも思う。

 それこそ昨日の話ではないが、ご近所に変な噂が立つまいか、と心配になるのである。



「あのーー」



 白夜叶愛が口を開いた。



「そろそろよろしいですか?時間が惜しいので」



「は…?ちょ、今から行くんですか?!」



「は…?ーーあ、いえ、今からは行きません。

 私、業務時間外は働きたくないんです。

 時間は有効活用したいので、仕事にプライベートを侵蝕されるとイライラしちゃうんですよね。

 今から行くと業務時間を越えそうなので、今日は事務所に帰って別件の整理をしたいと思ってます。

 ではーー」



 と言って、立ち上がり、伝票を取る彼女。

 反応が遅れて僕も急いで立ち上がり、彼女の手から伝票を横取る。



「あ、大丈夫です、あの、今日は僕が払います」



「え、いやでも私お昼ーー」



「大丈夫ですから」



 彼女の言葉を遮り、僕は言い切る。

 ここは頑なだ。

 断固としてーー

 男として。

 これは譲れない。

 僕の中にある小さいプライドだ。

 すると、彼女もそれを察してくれたのか



「そうですか、分かりました。

 では、御言葉に甘えさせていただきます」



 と、一歩引いてくれた。



「いえいえ、元々誘ったのは僕ですから」



「御馳走様です」



「はいーー」



「御馳走様」の一言の時に見せてくれた彼女の笑顔、それが見れただけでこの場の会計を持つだけの価値はあるーーあった。

 素直にそう思った。


 その笑顔に照れて後頭部を掻いている間に、彼女は僕の横を通り過ぎ、喫茶店の出口に向かう。


 ーーって、違う違う!


 僕は再び慌てて振り向く。

 どうも僕は落ち着きがないらしい。



「あ、白夜さん!」



 急に呼び止められ、彼女は驚きの表情を露骨に出しながら、右足を引いて半身だけ振り返る。



「はい?ーーあ、“やっぱり払ってくれ”とかやめてくださいね」



 ーーそんな事言うわけないだろ!

 と、そのツッコミは胸中に抑える。



「いや、そうじゃなくて、あのーー大丈夫なんでしょうか?」



「何がですか?失礼ですがーー馬鹿なんですか?

 主語をすっ飛ばして質問だけされても何の事だかさっぱりで、私としては理解に苦しむんですが…」



 僕が心配しているのはあなたのそういう所ですよ!ーーと、言ってやりたい。

 が、言わない。

 ーー言えない。

 そこまでの啖呵を切る度胸というものが、彼女を相手に、僕には備わっていない。



「いやでもーー馬鹿は言い過ぎでしょ…」



「?頭がお悪い…もしくは終わっている、とかの方がよろしかったですか?」



 その言葉のどこら辺に“そっちの方がよろしかった”要素があるのかツッコミたいよ!僕は!



「ーーじゃなくて、これから聞き込み捜査もしていくんですよね?

 その、なんていうか、大丈夫なんですか?

 あの事件から三年も経ってるんですよ?

 そこに今更探偵が行ったりして、変な噂がたったりとかーー」



「大丈夫でしょう」



 僕の言葉を遮り、白夜叶愛は言った。

 同時に、全身で僕と再び向き合う。



「私は何の配慮も出来ない様な無能な人種ではありませんから、ちゃんと時と場所は選びますしーー」



 ーーあれ?これ、ひょっとして昨日のファミレスでの僕の事を言われてるのだろうか?


 声に出さない疑問は彼女も勿論スルーだ。



「それに、探偵が三年前の自殺事件について調べてるなんてーー従業員が亡くなった飲食店側からすれば何のメリットもない噂を誰が広めるんです?

 御安心ください。それなりに、対策もしてありますから。

 では、失礼します」



 対策?

 それに対して問い返そうとした時、彼女は既に踵を返し、その背中は出入り口とレジ台を隠す本棚の向こう側へと曲がって消えてしまった。



 渋々、僕は席に戻り、溜息をついた。


 そもそも、実際は僕の心配するところなどないのだ。

 彼女がいくら毒舌を吐き捨て、まだ数回しか会っていない僕に対して、いきなり「馬鹿なんですか?」なんて言う女性であっても、一応は一般常識を学んだ大人である事に違いはないのだ。

 江利香の母ーー沙奈江さんにも普通の対応だったし、最初に出会った彼女、白夜叶愛もまた普通の女性といった感じだった。


 つまり、あーだこーだと託けて、僕はその捜査に同行したかったに過ぎない。


 “そんなに心配ならついて来られます?”的な、そんな一言を期待したのだが、その期待も見事に空振りを決めてくれた。



「なんだ、尚弥君が雇った探偵って、もしかして叶愛ちゃんだったのか?」



 背後から聞こえてきた声に僕は敏感な反応を見せ、すぐさま振り返る。

 すると、すぐ後ろの四名掛けの一席にマスターが腰を下ろしていた。



「え、マスター、白夜さんの事、知ってるんすか?!」



「ん?あぁーー常連さんだよ、彼女。

 まぁ、君ほど頻繁に来る訳でもないけどね」



「常連?!そうだったんですか?!なんで今まで言ってくれなかったんですか!」



「君が叶愛ちゃんと知り合いだったのを知ったのは今さっきだし、教えてくれとも言われなかった事を何故話してくれなかったのか、なんてそりゃ無茶だ。僕は超能力者じゃないんだからね」



 そりゃそうだ。

 我ながら支離滅裂な事を言っていた。


 つまり彼女ーー白夜叶愛は此処に来た事がありながら、初めて此処に来たように振舞っていた訳か。


 どこまでも惚けた態度が好きな探偵である。



「それで?」



 と、マスターが続ける。



「分かったのかい?舞ちゃんが雇った探偵の正体ってのは」



 あまりにハッキリと発言してくるので、僕はカウンター席の方に眼をやる。



「大丈夫、大丈夫、舞ちゃんはもうあがったし、結ちゃんは帰ったよ」



 それを聞いて安心する。



「いや、それがまだなんですよ。

 ちょっと、別の事件の調査で忙しいらしくて」



 やっと、僕が答える。

 江莉香の自殺事件に関しては濁す形になったが、これは致し方ない。

 マスターは腕を組んで何度か頷く素振りを見せた。



「だろうね。さっきからチラチラ聞こえてきた会話のどの部分を取っても、尚弥君が依頼したい内容に合致してないようには感じていたんだ。

 それでも、尚弥君がこうして叶愛ちゃんと会って話をしているという事は尚弥君にも少なからず関係がある事なんだろうね。

 それも、気分の良い話ではなさそうだ」



「まぁ、はい…否定する所が見つかりませんね」



「ま、これ以上の詮索はしないさ。

 でも、尚弥君、これだけは言っておくが、誰にでもその位置に立つ役割ってものがある。

 叶愛ちゃんはあれで意外と繊細だから、それをちゃんと理解してあげるんだよ。

 君が担う役割じゃないと出来ない事っていうのは必ずある筈さ」



 言うべき事は言った、と、言わんばかりのしたり顔でマスターは立ち上がり、カウンターに向かって歩いていく。


 だが、残念ながら、僕には何が何だか、その意図がさっぱり伝わっておらず、僕は頭の中で疑問符を三つ程並べていた。



 と、そこで、途中でマスターが振り返る



「ーーあぁ、そうそう」



 まだ何かあるのか。

 何かを思い出したかの様に口を開くマスターに僕は半眼で細い視線を向ける。



「舞ちゃん、新しい彼氏が出来たんだって。

 何故、教えてくれなかったんだって言われる前に伝えとくよ」



 マスターは悪戯っぽく笑った。

 僕の眼は一瞬で全開する。

 僕は、女の切り替えの、もしくは、気変わりのーー

 その早さを甘く見ていたようだ。


 有為転変。

  この六日間の事を思い耽りながら、僕は頭の隅からそんな四文字熟語を引っ張り出してきていた。



「訊いてもない事に答えてくれる気配りは超能力者だけで十分ですよ」



 平常を装いながら僕はコーヒーを啜った。



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