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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
11/45

出会い

 

「どういう事ですか、それ」



 僕はすぐに問いただした。

 白夜叶愛は机の上の写真を指差す。



「何か足りないと思いませんか?」



 僕は首を傾げる。

 どれも片方が欠けている訳ではない。

 筆記用具にはケースがあるし、煙草にはライターもある。

 足りないもの…?



「ーー傘です」



 と、僕が悩んでいる間に白夜叶愛はあっさりと答えを言い放った。


 僕はほぼ反射的に「あっ!」と、声を上げる。



「呆れましたね。こんな事にも気付けないなんて…」



 言いながら、背中を背もたれに預ける白夜叶愛。



「いや、それはでも僕だけじゃなくて警察にも…」



「えぇ、だから呆れてるんです。貴方みたいな無能な三流作家だけならともかく、警察もこの事に気付けていない。

 この国の正義の一部を担う“警察”が聞いて呆れます。まさしく、彼らは税金泥棒という名の犯罪の片棒を今日も立派に担いでいるんですから、善良かつ優秀な一市民の私から見れば正義ぶった権力の横暴以外の何物でもないですね。

 大体ーー」



「白夜さん、ストップです!言い過ぎです!また悪い癖が出てますよ。ーーって言うか今、僕の事もさらっとディスりましたよね?無能な三流作家だとかなんとか…」



 僕の横槍に彼女はピタっと口を止め、すぐに笑顔を取り戻す。



「言いましたっけ?そんな事」



 と、また惚ける。

 このやり取りは相手にした所で不毛に終わっていくのは経験済みだ。



「それより、あってはならないものってなんなんですか?

 なくてはならないものが傘だって言うのは分かりましたが…」



 と、話を戻す。

 すると、白夜叶愛は一つ咳払いをして、机の下を指差した。




「靴ですよ、靴」



「靴?なんで靴が…」



「あのですね、よく考えてください。

 その時の天気は大雨で、風も強かったんですよ?

 そんな中で靴が“綺麗に揃えられたまま”、翌日の朝を迎えられると思います?

 そんなのどう考えてもおかしいじゃないですか」



「あぁ、言われて見れば確かに…」



 ーーそうである。

 それこそ接着剤か何かで地面に固定でもされていない限り、靴が一人でに踏ん張り、嵐の夜を越えてそこに存在しているなど、怪奇現象もいい所である。



「え、でも待ってください。

 と言う事はですよ?

 その靴は一体、誰がいつ置いたんですか?」



「そこまで説明しなきゃわかりませんか?」



 と、白夜叶愛はジッと僕の眼を見入る。

 対して、小さく頷いて見せると、大きな溜息を吐かれた。



「つまり、彼女、江利香さんを自殺に見せかけたいが為に、雨が止んでから靴を置いた人物が居た可能性がある、という事になってきます。

 江利香さんが飛び降りたとされている例の橋の上、そこに靴が置ける人物は特定の条件を満たしてなくてはなりませんよね?

 例の橋の上に靴を置くには、江利香さんがそこから転落した事を知る人物でなくてはならない、という条件です。

 そして、その条件を満たす人物は二人しか居ません。

 一人は江利香さん本人です。

 江利香さん本人が靴を揃えて置いた上で川に飛び込んだーーと言う考え方。

 次は江利香さん以外の靴を置いた人物が居ると仮定し、その人物こそが江利香さんを突き落とした犯人です。

 私はこちらの考え方の方が今のところ正しいと睨んでいますが」



「え、それってつまり、殺人…?」



「はいーー江利香さんが自ら飛び降りたのであれば、先程お話したように、“綺麗に揃えられた靴”があまりに不自然極まりないんです。

 私ならこう推理します。

 江利香さんはこの日の出勤時、誰かに車で職場まで送ってもらった。

 帰りも同様、同じ人物が車で迎えに来たのではないでしょうか?

 ただし、帰宅路につくはずの車は目的地を変え、その先で江利香さんは何者かに殺害されます。

 晴れて殺人犯になったその人物は雨風の激しい嵐の中、例の橋から江利香さんの遺体を放り捨てた。

 その後、犯人は翌日の早朝まで待ち、雨風が静まってきた所で、自殺に見せかける為に靴を揃えて置いたのではないでしょうか。

 こう考えれば、傘を持っていない謎、綺麗に揃えられた靴の謎、両方に辻褄を合わせる事が出来ます」



「おぉ!」



 目の前で展開された彼女の名推理に僕は素直に感心の声をあげた。


 いや、ここまでとは…


 そう思っていた僕のことを彼女は細い眼つきでじっと見てくる。



「何を感心なさっているのか知りませんが、これくらいの事は先に私が与えた情報から全て導き出される単純明快な答えです。

 “前日は雨風の強い日”という事から“次の日は晴れていた”と推定出来ますし、悪天候の中で靴が揃えられない事と、お昼までに川下で死体が発見されるという事を考えると、どんなに遅くても早朝には身を投げている事が推理出来ます。ただし、靴を置くタイミングもそこしかないと考えられるので身を投げたのはもっと前かも知れません。

 仕事終わりだけならまだしも、私服で職場に通う彼女が雨に濡れる手提げ鞄に制服を入れて傘もなく出勤するとは考えにくい。

 ならば、タクシーか知り合いの送迎を使った可能性が高くなります。

 でも、江利香さんの持ち物に財布はなかった。

 と言う事はタクシーではない事がわかります。

 つまり、何者かに送迎してもらった事は明白でしょう」



「あぁ、確かに…」



「推理とは掻き集めた情報という材料の中からあり得ないものを順番に取り除いていき、最後に残ったたった一つの真実を導き出す事なんです。

 これこそが私達、今の時代を生き抜く全名探偵の鉄則なんです」



 自信有りきな表情で右手で人差し指を立て、そこまで言えた事に満足そうな白夜叶愛。



 そんな事まで言われても僕は探偵じゃない。ーーとか言ったら再び、毒舌のシャワーが降りかかりそうだったので口にだすのはやめた。



「あ、それともう一つ確認して置きたい事がーー」



「なんでしょう?」



 そう反応すると、白夜叶愛は僕の目の前に広げた写真を手の平で指しながらこう言った。




「こちらの写真に写っているもの全て、本当に、江莉香さんの生前に見覚えのあるものばかりで間違いないですか?」



「え…?あ、はいーー間違いありません。ーーどうしてそんな事を?」




 と、この僕の問い返しは無視である。


 白夜叶愛は写真を指していた手を引っ込め、彼女は「うーん…」と、一人で少し唸った後



「なるほど…ありがとうございます」



 そう言って僕の目の前の写真を回収し始める。

 何が「なるほど」なのか僕には皆目見当もつかない。

 彼女が写真を全て回収し終えるのを確認した後、僕としては今後どうするのかを聞いて置きたいところでもある。

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