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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
10/45

出会い

 


「あ、どうも。

 すいません、ちょっと早くついたものですから、遅めのランチを頂こうと先に中で待たせていただいてました」



「全然大丈夫です」



 答えながら、向かいの席を引き、そこに腰を下ろす僕。


 相変わらず、出だしの口調は丁寧なものである。



「因みに何食べたんですか?」



「ピラフとサラダをいただきました。

 とても、美味しいですね、このお店」



 待ち合わせ場所を此処にしたのが功を奏したのか、思いの他、白夜叶愛はご機嫌そうだった。



 午後二時頃とだけあって、時間をズラしている分、店内はガランとしている。

 これなら、江利香の話もゆっくり出来そうだと思った。



 そこに店員さんが僕の分の水を持ってきて、僕の手元に起き



「ご注文は?」



 と、訊いた時、僕はギクっとした。

 いや、別に何も悪い事はしていないのだが。

 このタイミングはまずい。



 水を持って来たのは他ならぬ僕の元カノ、木下舞だったのだ。


 うっかりと言うべきか。

すっかり失念していた。

 今日、舞が出勤している事を。


 しかも寄りによって、僕の目の前に座っているのは舞が雇った探偵に見られた“浮気相手という事になってる清楚系美女”の白夜叶愛と来ている。



 僕は舞の眼を見ずに「コーヒーを」とだけ注文した。


 舞は



「かしこまりました」



 と、その場を離れていく。

 一瞬、水の中に潜っているような気分だった。



 そんな僕を見てか、白夜叶愛は眼を丸く見開いている。



「大丈夫ですか?」



「え?あ、あぁーー全然大丈夫です」



「凄く顔色が悪いですが」



 ティーカップを手に取り、コーヒーを啜る彼女。

 僕は精一杯の苦笑いを浮かべた。



「大丈夫です、気にしないでください」



 こうなれば、このままやり過ごすしかない。



 白夜叶愛はコーヒーカップを受け皿の上に戻すと“そうですか”とでも言わんばかりの顔で、隣の椅子に置いていた鞄から手帳を取り出した。


 これも相変わらずと言うべきか、鞄もその手帳の表紙も真っ白である。



「では、このままお話を始めさせていただきますね」



 と、手帳を開き、目的のページを探し当てる。

 僕は「はい」と答え、これから始まる彼女の話に耳を傾けた。



「まず、今朝ですが、三年前の夢見江利香さんの自殺事件について、警察に行って調べて来ました」



「調べてきた?」



 白夜叶愛から出てきた意外な言葉に、僕は眼を点にした。



「はい」



 僕の繰り返した言葉に、さも当然のように相槌を打つ彼女。



「え、待ってください。調べてきたって何をですか?」



「はい?だから、江利香さんの自殺事件についてに決まってるじゃないですか」



 僕の質問に怪訝そうな表情を浮かべ、当然そうに答える。

 その後はまるで何もなかったかのように



「まぁ、幸いにも調書が残っていて、当時、事件に関わった刑事からもお話を聞く事が出来ました」



 と。

 ーーん?僕がおかしいのだろうか…



「いや、だから…そんな事ってあり得るんですか?」



「はい、ラッキーでしたね。調書ってどれ位の保存期間があるのか知りませんが…」



「じゃなくて!」



 話が噛み合わないので、一旦会話を遮る。



「警察に調書見せてもらったり、当時の担当刑事に事件の話聞いたりって普通、出来るもんなんですか?」



 僕は改めて訊く。


 対して、白夜叶愛は笑顔で答える。



「出来たんだから、出来るんでしょう」



 ーーそんなバカな!

 と、ツッコミをいれていても埒があかなさそうだったので、この話は取り敢えず無理矢理納得する事にした。



「わ、分かりました。

 じゃあ、どうぞ、続けてください」



 僕がそう言うと、白夜叶愛は黙ったまま小さく頷き、元の議題へと戻る。



「それでは今から、警察から預かってきた情報をお話しますが、もし、気になる点や貴方が記憶している点と示し合わせて相違点があった場合、仰ってください。

 勿論ですが、内容は他言無用でお願いします」



「分かりました」



 言いながら頷き、背筋を伸ばす僕。


 丁度、そのタイミングで



「ーーお待たせしました」



 と、視界の横側からコーヒーが進入し、机の上に置かれる。

 顔は怖くて見れないが、声から舞である事に間違いはない。



「ごゆっくりどうぞ」



 淡々とした口調で言い放つなり、さっさっとその場を離れていく舞。


 僕は詰まる息を吐き出した。

 それを見て、目の前にいる探偵もきょとん顔でこちらを見ている。



「えっと…もしかして彼女はーー」



 と、白夜叶愛が何か言おうとしたのを「なんでもありません」ーーと言って遮る。

 これ以上の話の脱線は今は避けたいのだ。



「どうぞ、続けてください。

 っていうか、始めてください」



 僕はそう言ってコーヒーを一口啜った。


 白夜叶愛は「はぁ」と、相槌を打った後、やっと本題に入って話し出す。ーーそれを遮ってたのは僕自身な訳だが。



「ではーー三年前、夢見江利香さんは飲食店でのアルバイト勤務。働き始めて二年目だったそうですね。

 その飲食店の近くには川が流れていて、江利香さんが通う道にはその川を跨ぐ橋があるそうです。

 江利香さんの遺体はこの川の川下の砂利場に打ち上げられていたのが、お昼前、近所の人に発見されたとの事でした」



「そうです」



「この事件発覚の前日は一日中大雨が降っており、風も強い悪天候で川の水はかなり増水していたようです。

 人が身を投げれば十分に死に陥る可能性は高い、と判断出来るとの事でした」



 ここは黙って、視線を落としながら話を聞く僕。

 彼女は続ける。



「当時は事故、自殺、殺人、あらゆる方面で、捜査が展開されたようです。

 結果、自殺と言う判断に至ったようですが、そこに至った経緯、根拠も聞いてきました。

 根拠その一、橋の上に彼女の靴が揃えて置かれていた事。

 綺麗に並べられていた事から人為的のものを感じ、少なからず事故ではないと判断したようです。

 根拠その二、いつも車で出勤する彼女がこの日に限り徒歩だった。

 この証言により、彼女は家に帰る意志がこの時点でなく、最初から死に場所を決めていた可能性が高いと判断されました。

 根拠その三、その日の仕事中、自殺を匂わす発言を職場の人間にしていた。

 これに至っては確定的と言ってもいいでしょう。これにより、自殺の線はより濃厚になり、やはり警察の断定の決め手ともなったようです。

 警察はこれらの事も踏まえ、彼女が自殺する前に橋の上で彼女を見た人間は居ないか、近所を聞き込みしましたが、これ以上の目新しい証言が得られず、自殺と断定したようです。

 ここまでで、何か記憶との相違はございませんか?」



「え、あ…いや…」



 話をまともに聞いていなかった訳ではない。

 ただ、返答に詰まったのだ。


 僕が記憶する限り、相違点はない。

 当時、警察側が説明してくれた話もこんな感じだったと記憶している。


 ただ改めて、こうして話を聞いていると江莉香が自殺したという現実が、未だ長く続いてる僕の夢なんじゃないかーーそう思えて仕方がなかった。



「どうなんですか?」



 白夜叶愛に改めて問い詰められ、僕は



「あ、大丈夫です」



 と、慌てて答えた。


 すると、彼女は手帳に挟んでいた数枚の写真を手に取った。



「では次に、こちらをご覧ください。

 これは事件が発覚してから警察の捜査により見つかった彼女の所持品です」



 そう言って、僕の前に写真を一枚一枚並べていく。



 手提げ鞄。

 制服。

 帽子。

 筆記用具とそれを入れるケース。

 煙草にライター。

 携帯。

 メモ帳。


 確かに、全て見覚えのある、江利香の所持品だった。

 写真を並べ終えた後、白夜叶愛が言う。



「当時発見された江利香さんの所持品はこれで全てです。

 後は橋の上に残されていた靴と江利香さんご自身が着ていた服のみです」



「はい、これなら僕も当時確認しました。江利香の家族と一緒に…」



「気付きませんか?」



「はい?」



 白夜叶愛から不意に放たれた質問に僕は思わず顔をあげた。



「この事件、ここまでお話した中でおかしな疑問点が二つあるんです。

 私が話した事件の概要が当時と相違ないのであれば、この事件にはあるはずのものがなく、ないはずのものがあるんです」



 僕は自分の耳を疑った。



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