くだらない。どうでもいい。 side:A
「……くだらない、と言ったな」
私はつい手に力が入る。
相手に気づかれない程度だろうが、握った手が震えている。
あぁ、私は怒っているのだ。
「星野。お前は葵に「くだらない」と言ったな」
「あぁ。くだらないよ」
怒りに震えている私とは対照的に、星野は涼しげな表情でそう言う。
「他人が何を好きとか、くだらない。興味ないよ」
「くだらなくなんかない!!」
私はつい声を荒げてしまった。
理性が利かない。
歯止めが利かない。
あぁ、一体どうしたというんだ。
すれ違う生徒達がちらちらとこちらを見ている。
私と星野が付き合ってるとか、痴話喧嘩だとか言っているのだろうか。
あぁ、今はそんなのどうだっていい。
『くだらない』。
「葵のあれは、くだらなくなんかない!葵は、葵が好きでそうしてるんだ!『くだらない』なんてことはない!!」
「……言ってること、随分無茶苦茶だよ?」
「分かってる!!」
分かっているさ、そんな事。言われなくても。
でも、言ってやりたかった。
葵が「好きだ」と思うものは決してくだらなくなんかないと。
葵の好きなものを、くだらないなんて言葉で片付けるなと。
葵。私は知っているんだ。
その言葉使いだって、君が好き好んで使っているんだ。
くだらなくなんか、ない。
言ってやりたかった。
言ってやりたかったのに、言えなかった。
葵。私だって同じだ。
好きな人のことになると、どうしてこう怖気づいてしまうんだろう。
星野の言葉に救われたかのような顔をする君を、困らせたくなかったんだ。
「わかっているさ…。私が一番、くだらない……」
なぜ、コイツに向かってこんなに吐露しているんだ私は。
ふと私が我に返るよりも少し早く、星野が私の手をひいて駆け出した。
「は!?ほ、星野……!?」
「泣くんじゃねぇよ。らしくねぇ」
星野は手を引く私の方を振り向かずに、尚且つ私にしか聞こえないような小さな声で言った。
普段の「王子」の言葉使いはせずに。
「おい、私は泣いてないぞ……!!」
「泣きそうだったくせに」
確かに、泣きそうだった。
先程までは。だが―――。
「君が走り出してくれたおかげで涙なんかふっとんだぞ!」
「当たり前だろ。そのために走り出したんだから」
その言葉に、私は何も言い返せなくなる。
星野に連れられるがまま走っていたら、いつの間にか席取りをしていた葵の元へと辿り着いていた。
私は慌てて、葵に気づかれるよりも前に星野に握られていた手を強く振りほどいた。
「ちょ、ふたりともなんでそんなに息切れしてるの!?」
「い、いや…。食事前の運動だ、うん」
苦しい言い訳をしながら息を整える。
『泣きそうだったくせに』
星野のあの言葉。
私の手を握って走りだしたのは、コイツなりの気遣いだったのか…?
酸欠気味の頭で考えるせいか、考えがろくにまとまらない。
「あぁねぇそれより!まつりちゃん、お弁当……」
「………あ」
星野は昼食はコンビニで買ったパンだったから走っても問題がなかった。
だが私は自宅で作ってきたお手製弁当。
恐々と開けてみたが…やはり…。
見事な寄り弁になっている。
「あ~ぁ、お気の毒」
星野が悪びれもなさそうに笑いながらそう言った。
「星野、お前分かってて――――」
「さっきはなかなか可愛かったぞ、笹原」
私の耳元で星野がそう囁くから、私は目を見開いて星野を見た。
星野はまるでシニカルな笑みでこちらを見ている。
あぁ、やはり私は。
「ふざけるな星野おぉぉぉぉ!!」
コイツが少々苦手だ。
「ちょ、何怒ってるのまつりちゃん!!寄っちゃってるけど、食べちゃえば一緒だから!!」
「そうそう、鈴村くんの言うとおりだよ。大丈夫」
『くだらない』と言ったことはやはりどうも受け入れがたい。
「毎朝自分で作ってるんだぞ!?」
「そうなんだ?へぇ、偉いねぇ」
「いつの間にか『王子様』に戻ってるし!!」
だが、葵を助けたり、私を気遣うそぶりを見せたり。
「おうじ…星野くんはメロンパンがお好きなんですか?」
「うん。パンなら断然菓子パン派」
「聞いてるのか、星野!!」
「さ~、ちゃっちゃか食べて部長のケーキの打ち合わせをしよ~う」
「お~っ」
「……もういい…」
実際のところコイツの本質が一体全体どこにあるのか、まだ私もきっと知らないのだろう。