終わりは始まり side:A
彼との付き合いは遡る事幼稚園の頃から。
それから小、中、高と同じ学校を進んできたが、小学校や中学校では昼食は自分のクラスで食べなくてはいけない決まりだったので、こうして一緒に昼食を取るようになったのは幼稚園ぶりだ。
私達はテラスの特等席を陣取り、弁当を広げる。
「ねぇ、まつりちゃん」
彼は弁当を広げたところで真剣な面持ちでこちらを見つめた。
私はそれにつられて進めようとした箸を止める。
「…どうした、葵。神妙な顔をして」
「…あのね、アタシね…」
彼…いや、彼女、というべきか。
いや、彼はまだ男であることを捨ててはいない。なのでここでは彼と表記しておこう。
話が逸れてしまったが、戻しても構わないだろうか。…ありがとう。
とにかく話を戻すと彼は見た目こそ今はまだ男だが、こいつの素性はオネエである。
男ではあるが、女の子のようにぬいぐるみだったり可愛いものが好きだったり料理が好きだったり。
スポーツは点で駄目。小学生の頃は転んでピーピー泣く姿もよく見たものだ。
女である私よりも女の子っぽい。それが私の幼なじみ、鈴村葵だ。
こいつ、鈴村葵との付き合いは遡ること幼稚園から。それからというものの、小、中、高。私達は許される限り常日頃行動を共にしている。
何故そこまで一緒にいられるか、なんて言うまでもない。私はこいつがずっと好きなのだ。
幼稚園の頃からずっと。
しかしこいつはどうも鈍感らしい。
私の気持ちは悟られることなく、実に12年程が経過していた。
私は回想にふけっていたが、彼はそれに気づく様子もなくもじもじと身をよじらせ恥らった顔で言葉を紡いだ。
「実は…実は、アタシね…」
それは突然のカミングアウトだった。
「…アタシ、好きな人ができちゃったみたいなの…!」
「………は?」
突然すぎて私の頭と言葉は追いつかない。
「いやだからね。アタシ、好きな人ができちゃったみたいなの」
「………は?」
「まつりちゃん難聴だったかしら…」
情報を整理しよう。私笹原まつりは、幼馴染みの鈴村葵に告白するまでもなくフラれたようだ。完。
「…そう、か…。好きな…人が……」
いや、まだ悲観するのは早い。被害妄想も甚だしい。
問題なのはこいつが“誰”を好きになったか、だ。
私は意を決して彼の顔を正面から見つめ直す。
「…ちなみにその…。好きな人、というのは私も知っている人物か?」
「えぇ、もちろんよく知っているわ」
「……それは……」
「もぉ~、知りたがりねぇまつりちゃん。仕方ないわぁ~、親友であるまつりちゃんには教えてあ・げ・る」
その名前に私は唖然とした。
「星の王子様」
意を決した、とはよく言ったものだ。決した割には言葉が詰まりに詰まっている。頭も真っ白だ。
生まれて初めての経験。少女漫画を読んでは焦がれた感覚。それはあまりにも突然―――突然すぎる失恋だ。
「星の王子様……。星野……千鶴……」
よりによって―――。
「よりによってあの男かああぁぁぁぁああ!!」
私はガラにもなく、大きな声で叫んで身を乗り出した。
「きゃあ!?ちょっと!いきなり叫ばないでちょうだいよ、びっくりするじゃない!」
「びっくりしたのはこっちだ馬鹿!」
私達が大声を出すのでテラスの周りがざわざわとこちらを注目していた。
私達は視線を合わせ、乗り出した身を小さくして座りなおした。
通称星の王子様、星野千鶴。
その通り名の通り、この高校の王子様的存在。全女子生徒の憧れ――。
全女子生徒の憧れ。それはもちろん男である。
その可能性がない訳ではなかった。
だがこいつは一度だって誰かに恋をしたなんて言ったことはなかったし、男が好きだとか女が好きだとか、そんなもなかった。
なのにいざその状況になってしまうと、私はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。
自分の好きな人に、好きな人ができた。
その状況を受け入れることは、すんなりとはいかなかった。
「…や、やっぱり…気持ち悪いかしら……」
すると葵の顔色が徐々に変わっていった。
「…アタシ、こんなんでも……男…だものね…。男が男を好きになったら…気持ち悪いわよね…」
「お、おい、待て。私はそんなこと一言も言っていないだろう」
「でも…」
私は俯き、ひとつため息をついてから気を取り直して彼を見据える。
「そんな事、気にしたりしない。今までずっとそういう君の傍に居たんだ。今更、気持ち悪いなんて思ったりしない」
「まつりちゃん……」
「ただ…」
「ただ…?」
「相手が悪い、相手が……」
星野千鶴。通称星の王子様。
どこかのクォーターとかで金髪碧眼の美形ルックス。文武両道で性格も良し。
絵に描いたような王子、少女漫画にでも出てきそうなくらい完全無欠な王子様だ。
だが、私は…。
「私はあいつが、少々苦手だ…」
「えぇ!?どうしてぇ!?」
葵は突然立ち上がってこちらに詰め寄ってきた。
「全女子生徒の憧れの、王子様なのよぉ!?なのに、どうして苦手なの?」
「どうしてって言われてもなぁ…」
「あら、でもまつりちゃん王子と仲良くなかったっけ…?」
「う~ん…」
そんな話をしながらもようやく昼食にありついた頃。私達二人のテーブルに近づく人の気配を感じた。
「やぁ、笹原さんに鈴村くん」
噂をすれば何とやら、だ。私達の前に現れたのは星野千鶴、本人だった。
「おっ、王子…!」
葵は「きゃっ」と小さく声を上げてガタガタと椅子を引きながら私の後ろに隠れた。
その姿は、“恋する乙女”そのものだった。
「こんにちは」
「…こんにちは」
「………」
星野王子の挨拶に私は返事を返したが、葵は無言のままだった。
折角好きな人が目の前にいるというのに、彼は言葉を発することもできない様だった。
「……また女子バスケ部の助っ人の依頼か?全く、せめてそういうのは部長直々にお願いされたいものだね」
星野王子はバスケ部のエースで次期部長とも言われている。
以前私が授業でバスケをやっている姿を見られて以来、女子バスケ部の練習相手として同学年のこの王子に少々召集されることもしばしば。私も暇つぶし程度にはそれに応じている。
その度にバスケ部への勧誘も受けているが、私は家庭科部に入部している為毎度の事断っている。
「それはまた気が向いたらお願いしたいところなんだけど。今回はまた違うお願いでね。君たち家庭科部へのお願いなんだけど…」
「お願い?」
「来週、男子バスケ部部長の誕生日でね。三年生最後の試合の前祝いも兼ねてケーキを作ってほしくてね。あ、もちろん経費はこちらが出すよ。どう?」
「……それはもちろん構わないけど」
「良かった、じゃあ請け負ってくれるんだね」
「まぁ、ケーキは作り甲斐もあるしな。…でも、君たち運動部が文化部に干渉してくるなんてどういう風の吹き回しだ?」
どの学校にも大抵運動部と文化部との隔たりが存在するものだろう。うちの高校もそうだ。
運動部の連中は大概が私達家庭科部、文化部を小馬鹿にしている節がある。
正直私はそういった類の人間は苦手だ。まぁ、そういった人間と助っ人として試合してボコボコにするのが楽しいのだが。(そう言うと葵には時々趣味が悪いと苦笑いされる)
「ん~、それ言わないと請け負ってくれないかな?」
「なるほどその手があるな」
「おいおい…」
王子はため息混じりに苦笑を浮かべた。
「男子バスケ部の部長、誰だか分かるよね?」
「あぁ。あのむさっくるしくて異常に自信があって腹立たしいやつだろう」
「う~ん…否定すべきかせざるべきか」
「男子部の部長って確か、美人と見れば片っ端から告白していく節操なしよね……」
ずっと黙っていた葵がようやく口を開いた。
「確かまつりちゃんも告白れてたわよね…」
「あぁ、されたよ。何度も何度も何度も何度も…」
あれは遡ること入学式の日。どこで目をつけたのか式が終わり校門を潜ろうとするとあいつは名も名乗らずに「あなたに一目ぼれしました、付き合ってください!」とあろうことか他の生徒もいる中大声で叫んできた。おかげで入学1日でちょっとした有名人になっていた事もあったな…。
「………します」
「え?」
「お断り、致します」
私は怒りを顔に浮かべそっぽを向いた。
「そんなこと言わないで。部長への餞別だと思って」
「私は、あの人に世話になった覚えはひとつとしてないんだけど」
「じゃあ俺に借りを作ると思って」
「嫌」
「えぇ~…」
私の態度に王子が面を食らっていると、先程まで私の後ろに隠れていた葵が恐る恐る王子の前まで出てきた。
「あ、あの、ごめんなさい、お――星野くん。まつりちゃん個人の気持ちは置いといて、家庭科部が責任持って引き受けます」
「本当!?ありがとう、鈴村くん!」
表情がみるみる明るくなった王子に手を握られ、またたく間に頬を紅く染めていった。
その手を握られたまま、葵の視線は私へと移った。
まずい。
葵にそんな顔をされては――。
「………分かったよ……」
私は頭を抱えながらも、承諾せざるを得なかった。
「本当!?あぁ、良かった!それじゃあお願いするね。部長の誕生日は調度一週間後だから、よろしくね」
そう言って星野が立ち去ろうとした時、葵は声を張り上げた。
「あっ、あの!」
星野も私も驚いて葵に視線を向ける。
葵は相変わらずもじもじした様子で俯いている。
「…どうした葵」
「あ、あの…もし、良かったら…一緒に昼食を…どうですか…?」
「ん?俺と?」
星野は自分の顔を指さすと、葵は力強く頭を上下に振った。
「…ごめん、今日は先約があるんだ」
ふと星野の背後を見つめてみると、星野から5mほど離れた場所に女子5人ほどのグループがいた。
恐らく星野の言った『先約』だ。こちらの話し待ちしているのだろう。
こちらをじっと見つめ、今か今かと苛立ちの雰囲気をまとっていた。
「……そう、ですか…」
なけなしの勇気を振り絞った葵はがっかりしたように肩を落とした。
「……明日なら」
「え?」
「明日なら、一緒に食べられるんだけど、どう?ケーキの打ち合わせもちょっとしたいし」
星野が優しく微笑みかけると、葵はまた頬を紅潮させて興奮気味に食いついた。
「はっ、はい、もちろんです!」
「笹原さんも」
「……分かってるよ」
私は観念してその様子を見守った。
「それじゃあまた。よろしくね、家庭科部さん」
星野は王子の名に相応しい、さわやかな笑顔を浮かべてその場を後にした。
「………」
私と話したいのだろうが、なんとも気まずい空気をまとい言葉を発することができないでいる葵に代わって、私が先に話しかけることにした。
「人見知りの葵にしては、よくやったじゃないか」
「ほっ、本当…!?」
よっぽど褒められたのが嬉しいのか、王子のせいでゆるみきった葵の口元は更にゆるんでいった。
だがそこで自分の発言を思い出したのか、はっと我に返り私に申し訳なさそうに向き直った。
「その…勝手に引き受けて…ごめんなさい」
そんな顔をされては。
好きな人にそんな申し訳なさそうな顔をされては。
「……しょうがないなぁ、葵は」
そしてあんな顔をされては。
あんなに嬉しそうな葵の顔を見てしまっては。
今更、断れるはずもなかった。
「い、いいの?」
「葵の恋の為だしなぁ」
私は苦笑いをして、葵の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「協力するよ」
葵は驚いたように目を丸くし、この上ないくらいの笑顔を見せてくれた。
「さぁ、早く食べないと授業に間に合わないぞ」
時間を確認すると、予鈴が鳴るまであと五分だった。
私達は慌てて昼食を済ませて教室へ向かうのだった。
―――随分昔に、覚悟はできていた。
葵のヒーローになるのだと、随分昔に誓ったのだ。
葵の悲しむ顔は見たくない。
今までだって私の気持ちは悟られずにやってきたのだ。
これからだって、きっと上手くやれるはず。




