ようやく始まる異世界生活 -出発の時1ー
―11歳の誕生祭-
早いものでこの世界に来てから1年が経過していた。
そして、ついに計画の日が来たのである。
11歳の誕生日。10歳のあの日は特別な祝いの行事であったらしくそれよりはやや小規模になってはいるが、それでも諸国や有力な貴族達が城へとやってきて誕生日を祝ってくれるようだ。
「いいですか。計画は貴族達が一斉に帰りだす最後の陛下の言葉を頂戴した直後です。」
僕はモナの言う言葉に頷く。
「そしたら、僕はモナが用意したフード付きの下男用の服をこの場所で着替えてありったけの小遣いを持ってカリエス子爵の下男達に紛れ込む。」
「そうです。彼はいつも数十人の下男を引き連れてきます。その一人として紛れ込みます。」
でも、バレないか?
「心配無用です。カリエス子爵の下男達はカリエス様が大嫌いな方ばかりですから。誰か増えた所で気にしませんよ。むしろ、増えた誰かがカリエス様を倒してくれないかと期待されるくらいでしょう。」
相当嫌われているようである。理由は明確で女性には優しく、男性には厳しい。
少しのミスで処刑される事もあるそうだ。まー女性がミスした場合は大抵笑って許すのだそうだが。
「ばれても問題ありません。女ですと言えば許されます。身分さえバレなければ囲おうとするでしょう。城よりは邸宅の方が逃げやすいですから生きていてくれさえすれば私のお姉ちゃんが忍び込んで助けてくれますので問題ないでしょう。あ、本当のお姉ちゃんじゃないんですけれど。あと計画通り街からでたらすぐに用を足したいのでと言ってその場を離脱、呪いがあるので帰ってくると思っている騎士達の隙をつきます。」
「わかった。その後は約束の場所でモナのお姉ちゃんという人と落ち合って行動すればいいんだね。」
「はい、マリア様、お気をつけて。奴隷契約書の件宜しくお願い致しますね。」
「うん、わかった。モナも気をつけて。僕が勝手に一人で逃げ出したんだから共謀がバレて捕まらないようにね。」
「大丈夫です。その辺は大丈夫になってますから。」
?
―国王による閉会の挨拶が終わる―
今日、誰と何を話したのか全く覚えていない。
別の事で頭がいっぱいだったのだ。
適当にええとかそれではまたとか言っていただけなのだが。
心に何を隠しているかわからない貴族達の作られた笑顔から解放されると今日はまあまあでしたわねとアフロディーテに褒められ頭を撫でられる。
定期的に頭を撫でられるのだが、今日は何故かいつもより少し長いと感じたのは気のせいだろうか。
優しく撫でられた頭を自分でも触ってみる。
アフロディーテの手の感触が名残惜しく感じるかとも思ったのだが予想よりはそうでもなかった。
親と呼べる二人とは月に何度か公務で出会う程度だったからなのか、自分が異世界から来た魂の部分がマリアではないからなのか。
この城から離れることになるセンチメンタルな感傷や後悔なども全くない。
一年間世話になったくらいの感想しか僕の中にはないのである。
指定されていた茂みで服を交換し、城を出る直前の子爵の列に紛れ込む。
どこに言っていたんだ。間に合わなかったら殺される所だぞ。と隣を歩く下男に言われたが特に問題はなく計画通りに事は進んでいる。
子爵の乗る馬車の後ろにつき城を抜ける。
ザルだな警備。逆に、国王から信頼されている者だけが呼ばれているからなのか。何があっても対処に自信があるからなのか。
とにかく、簡単に城下町へと抜け出せたのである。
しばらく歩くと見えてくる夜の街並み。
「凄い。」
普通に剣や杖やナイフや斧やこん棒をもった男女が酒場で酒を飲んでいる。
時間が時間である為、空いている店は少ないようだが、武器屋の看板や防具屋の看板に道具屋などの看板が横を過ぎる度に異世界にやはり来ていたのだという実感が沸々と湧き上がってくる。
「何が凄いものか・・・。」
隣の男は冒険者を見ると嫌な顔をする。
「野蛮な連中さ。金と名誉と欲望の為に生きてる。仕事であれば人を殺す事も厭わない。」
あいつらのせいで俺はなどと言っているが僕にとっては知った事ではない。
(あ、あそこか。)
約束の場所である酒場が見えてくる。
街の外で抜けるように言われたが、そこまで行く必要はないだろう。
なんか嫌な絡まれかたし始めたし。
「すまない。急に腹痛が・・・後で追いつく。」
「お、おい!待てよ・・・ちっ、呪いが発動しても知らないからな。」
(呪い・・・ね。その辺も近いうちに調べておく必要がありそうだ。)
列から抜け約束の酒場と逆方向の路地裏に入り込む。
前を行く騎士が微かにこちらを向いた気がするが気にせず進んでいく所をみると大丈夫だったのだろう。
「うまくいったか?」
路地裏から子爵の一団が視界から消えるのを確認する。
フードを脱ぐとその場にしゃがみこむ。
ひとまず深呼吸をして心を落ち着かせる。
異世界の街に興奮しているが、下手な動きをして誰かに見つかり城に戻されたのでは意味がない。
(でも全然大丈夫じゃないか。街の外に出なくても。)
緊張感が和らぎ安心したらお腹が減ってきた。
短縮した分、時間が空いてるから先に入って食事でもしていよう。
念の為、フードは被りなおしておくことにする。
酒場に入ると視線が集中するのを感じる。
「一人かい?」
マスターらしき人が僕の前に立ちふさがる。
「いや、待ち合わせをしている。もうすぐ来るはずだ。」
「下男さんよ。どうやら見た目そうとう若いみたいだが・・・まあいい、金はあるのか?」
「ああ。金なら持っている。」
そういうと袋を出して振ってやる。
「なら、何も言うまい。後は自己責任で対処してくれや。」
マスターはあの辺にでも座ってなというとカウンタ―奥の四人用の席を指さす。
「なるべく端っこで大人しくしてな、金のある子供がこんな店にいたら格好のカモでしかない。オレの店で弱いもの虐めは見たくないからな。」
そういうとカウンターに入っていってしまう。
「・・・・」
僕は言われた席に大人しくつき、メニューを見る。
見られているとはっきりとわかる。
こちらを見て指をさしているあからさまな男もいる。
そんな視線に気づかないふりをして店員を呼び注文を頼む。
しばらくするとテーブルの上には美味しそうな肉や炒め物が並ばれる。
城での生活では上品な物ばかりだったが、僕は本来ジャンクフードやこうしたシンプルな物の方が好きなのだ。
うん。うまい。こってりだし、安い肉だが久しぶりに肉を食べているといった感じだ。庶民の味に大満足である。
体のせいか、性別のせいか食が細いのが残念だが今日はいつもよりは少し多めに食べれる気がする。
では、肉を・・・
手を伸ばした先にあった骨付きの肉が突然消えた。
視線を上げると先程、指をこちらに向けていたチンピラ風の男が人の肉にかぶりついていた。
「よう、下男さん。いいのかい?こんな所にいてさー。」
「・・・・」
「呪いが発動しちゃうんじゃない?どんな呪いかわからないけど、主と離れると死んじゃうとか命令に背くと呼吸困難になるとか。」
「お気遣いありがとうございます。問題ないので気にしないでください。」
当たり障りなく返答する。
今、問題を起こすわけにはいかないのだ。
男のいた席では、問題が起きないか楽しみにしているといったニヤケ顔がある。
当たり屋のようなものだろう。
自分たちよりも弱そうな相手に難癖つけ、こちらが手を出してしまったが最後仲間が駆けつけてこちらを袋叩きにでもするのだろう。
そして身ぐるみを剥ぐ。
冒険者と言ってもピンからキリまでいるようだ。
何かが起きることを期待して見ている連中や、我関せずといった連中、助けようとしたのを仲間によしとけと言われている者もいる。
「物を壊すなよ。」
マスターが先に釘を刺すが、それはうちの備品を壊すなよということで僕を殴るなよとか、もめ事を起こすなよとかそういった事ではなさそうだ。
なるほど、冒険者らしい雰囲気だ。
これが荒くれ物の酒場というやつか。
異世界の冒険者の底辺連中の溜まり場らしいじゃないか。
この酒場は中でも冒険者レベルも人の質も悪そうな連中の溜まり場のようだ。
確かにこれならば王宮の見張り連中などや優秀な冒険者で王宮に招かれた事のある僕を知る人間はいないに違いない。
でもそれは都合がいい分、問題が起きると都合が非常に悪くもある。
「わかってるさマスター。友達にならないか誘っているだけだよ。なあ、こんなに美味しいものを食べる金があるってことは中身余裕あんだろ?俺達と一緒に食べないか?ここは荒くれ者の酒場だ、他もお前を狙っている。少し融通してくれるだけで俺達がこの酒場での君の食事の安全を助けてあげよう。」
「お断りします。ギリギリのお金しかないのでこれを食べたらなくなってしまいます。お姉ちゃんがこの後、財布を持って来てくれると思いますが。」
「へー、ならそれまで一緒にいようぜ。一人じゃ寂しいだろ。一緒に食べようぜ。姉ちゃんは美人なのかい?」
ああ、どこの世界でもこういう底辺の奴らはウザくて仕方がない。
だが、前世と違って男の体でもないし、歳もまだ11歳の子供である。力に訴えても勝てないだろう。
けれども、
「なーなー」
けれども、
「おい、聞いてるのかよ?下男のチビちゃん。」
けれどもだ!
「じゃー今ある金だけでいいや。貸してくれよ。な?」
我慢の限界というものがある。
ガタッ
「おっ!」
ようやく釣れたかといった顔をする男。わかりやすすぎである。
(さてと、ひと泡吹かせたいがどうするか。)
取りあえず、子供の体でも大人を倒す方法はある。
急所を狙う事だ。
さて、やりますか。
男の目の前に立つと問答無用で思い切り股間を蹴りあげる。
「いきなりキック!」
「・・・・・・!?って、てめえ!」
男が股間を押さえて床に膝をつく。
全然気絶すらする気配がない。
この体貧弱!よわっ!ダメじゃん!
頭の中のシュミレーションではこの男を泡をふかせて無力化して仲間の二人を子供特有の身軽さを武器にテーブルの下をくぐったりして逃げようかと思っていたのに初めから出鼻を挫かれる。
「許さねー!」
なんと男が立ち上がる。
手を振り上げる姿がやけに大きく見える。(内股だがな。)
こんな奴も倒せないなんて・・・
よくよく考えてみればモンスターなんぞと戦ったりして食い扶持を稼いでいる荒くれ者達である、弱くても子供に逃げられるような間抜けではなかったのだ。(たぶん。)
衝撃が来る時を覚悟し目をつぶる。
「やれやれ、急いで来てみれば・・・貴方という人は。」
ゆっくりと右目を開く。来るべきこぶしが床に落ちている。
「一応、貴方は私の契約者なのですから何かあっては困るのですが。」
そこには見知らぬ女が男を気絶させている光景があった。