生誕祭と降臨祭
曰く、賢者の予言の書の通りであるそうだ。
メイド長に質問はないかと聞かれたので、何故皆がこんなにも段取り良く決められた出来事のように行動しているのかと質問をしてみた解答がそれであった。
「魂の無い器だけの子供が王家に生まれるだろう。その子供を必ず10歳まで生き延びさせよ。死んでいるかのように息をするだけの人形に魂が宿るであろう。」
との予言が大昔にあったそうだ。
そして、本当にその予言書の通りに10歳の生誕祭に魂が肉体に宿ったのだという。
予言の通りであればと続きをこの世界の母親であるアフロディーテがメイド長より引き継いで僕に語って聞かせてくれる。
「貴女は将来、希望の子である勇者を産む王女なのです。」
魂のないままでは子供を産める歳まで命が持たないだろうと言われていたらしい。
そもそも、魂が抜けている器の状態、ようは植物人間状態の子供がこの歳まで成長し生きていたこと自体が奇跡であるらしい。
僕という魂が肉体に入り、精神が宿った事で生きる生命力が戻ったのだろうか?
けれど、現代医学を(元の世界での知識だが)少しは知っているのでわかるがこんな近代設備のない世界で、そもそもこの歳まで生きてこれた事が不思議でならないが予言の通りにしていたおかげだとの事以外にはそれについての情報は何も得られなかった。
それに運命の子とか宿命とか言われてもさっぱり理解できない。
ある意味、この世界では生まれて4日目なのだ。赤ん坊レベルの子供にいきなり運命や宿命を語る母?やらメイド長?やらは何なのだろうか。
何故か知らないがこの世界の言葉がはじめからわかる為、ついつい聞かれた事に答えすぎてしまった僕のせいもあるのだろうが、いきなり色々と言われても理解が追い付かない。
とにかくどっかのタイミングで今後、予言の書については調べるべきだろう。
ただ、この着せ替え人形状態とその最中に勇者を産むだの世界を救うだのという洗脳まがいの思想や思考の誘導調教のような状況は勘弁してほしいものである。
(そうか。女性になってしまった事に未だにピンと来ない現実があるのだが、産めるのか。というか産む側になってしまったのか。想像がまったくつかん。)
―会場にて―
「皆の者よくぞこのアシラッドの元まで集まってくれた!今宵はめでたい我が娘の生誕祭である。大いに楽しんでくれたまえ!」
アシラッド王が会場全体に響く声を張り上げるとマリアと呼ぶ。
マリアさん呼ばれてますよ。ときょろきょろとあたりを見るが誰もいない。
檀上には王と王妃と姫しかいないのだ。
一つ壇を下にして左右に二人の男が待機している。
視線がこちらに集中する。
あ、そうかマリアさんね。マリアさん。
胃が痛い。前世の僕はこんな檀上に立ち喋るなんてしたことはない。
剣道の大会でもこんなに緊張した事がない。
体を動かすのと喋るのとでは全然違う。
「ぼ、じゃなかった。私がアシラッド=ミラ=マリアです。」
おおっ!
というざわめきが会場を駆け巡る。
「あの人形姫が喋っているぞ。」
「生きているのか。」
どうやら、僕が動く事がまるで事件のような騒ぎようだ。
「今宵は私の生誕祭、皆さまご存分に楽しまれていってください。そして、これから宜しくお願いいたひます。」
あ、噛んだ。
でも、誰も気にしていないようである。よかった。
会場は騒がしくも穏やかに時を刻んでいく。
「マリア姫様、少々。」
ずっと座っていた僕の左側にいた騎士が声をかけてくる。
「?」
「そうでしたね、3日前に目覚められた姫様には私が誰かを先にお伝えしないといけませんでしたね。」
騎士はそういうと膝をつき名乗りでる。
「私は近衛騎士団団長のクライムと申します。そして、向こうにいるのは大臣のバラックでございます。」
大臣のバラックは50歳くらいだろうか?それ相応の威厳を持ち、王の横で周りを観察しながら話をしているのはさすが国を動かす大臣という貫禄だ。
対して、この騎士団長のクライムは20歳後半くらいだろうか。まだまだ団長と呼ぶには若い気がする。
「ずいぶんと若いですね。」
「ええ、この国の騎士団長は経験や技能よりも個の実力で決まりますので。先代は45歳の歴戦の猛者だったのですが、引退されまして。」
「そうなのですか。しかしこういうパーティーなどでは守備の連携が大切だと思うのですが。そういう纏め役の方は威厳のある大臣のような方の方がいいのではないですか?軍隊には個人より集団の統率力が大切なのでは?」
「軍隊?がなんだかわかりませんが、とにかく心配されるのも当然かと思います。が、ご安心ください。各部隊の副官はそういうのに長けたものが付いております。けれど騎士団長は時に国の代表として敵国の将と代表としてすべてを賭けて戦わねばならない時があります。心配されるのは当然でしょう。ですが実は私少しは有名なんですよ。一戸騎士団くらい個人でもなんとかなってしまうくらいの実力は自負しています。敵国が恐怖する程度には名前が売れているんですよ。凄いでしょ。」
170センチオーバーの身長に爽やかな笑顔。細身なれど筋肉質なこの男、敵だな。前世の僕であれば確実に住む世界の違う住人だろう。
クライムがカッコいい男性に対して、僕は前世では可愛い少年に分類されていただろう。
男らしくなりたくて剣道をしていたにも関わらず、モテるというより保護したい、弟にしたいと言った声の方が多かった僕にとってイケメンは敵である。
優しく微笑まれ続けているが僕にはこの世界における強さの基準がわからないので強いと言われてもよくわからない。
そのうち試合を申し込んでみよう。
女性の体ではあるが、異世界だ。剣聖とか剣王とかを目指すのも主人公スキルが備わっていればきっとなれるだろう。
剣術大会とか出てみたいものである。
この辺で本題に戻っておこう。
クライムが安心させようとして出たやり取りの言葉であるのならば僕にとっては味方であっても今後敵として扱わねばなるまい。取り敢えず、君には天然ナンパ男の称号を授けよう。
「それで、用件は?もう部屋に戻ってもいい?」
困った顔で苦笑いをするとやんわりと苦言を刺される。
「国務ですからね。生誕されたばかりで色々と大変でしょうがご容赦を。」
「生誕・・・ね。どこまで正しくお互い理解しているのだか。まあいいや、わかったから用件は?」
「隣国のエメラルダ国の王子が姫様と話がしたいと。」
げっ王子と話とか勘弁してくれ。変な事を言って大問題になったり、戦争とかになったらどうしてくれるのだ。
よくあるあれですよね?これがフラグで。なんていう無知な王女だ!とかなんて無礼な!いいだろう戦争だ!とかいう。
「ちょっと用事を思い出しましたので私はこれで・・・」
触らぬ神に祟りなし。
「ほう、人形姫が生まれたばかりでここまで流暢に喋るのか。」
「これはエメラルダ国のシュバイン王子殿。」
逃げようとした目の前に・・・ダメな王子の典型的な奴がいた。
フラグ立ちまくりである。言いたい言葉がここまででかかっているのだ。
シュバインってどっかの国で豚ではなかっただろうか?
クライムはわざわざ説明してくれるように王子の名前を呼び、頭を下げる。
「よい、クライム殿。貴公の話はよく僕ちんの国でも話が飛んでいるよ。僕ちんの国民は貴公の事が僕ちんよりも好きらしい。」
ちん・・・ちんって言ったぞ今。
「お戯れを。私はただ王に使える一本の剣であるだけです。平和なエメラルダの国だからこそ珍しい道具如きの話題が出るのでしょう。あの宝石は美しい。あの茶器は素晴らしい。この剣はよく切れるらしい。その程度でございます。」
「平和だと本当に思っているのかい?僕ちんが去年兄を殺したっていっても?ま、冗談だけれども。」
「冗談でも言うべき事ではございませんよ。シュバイン王子殿。まるで、まだ平和ではない。もう一人の王子殿がいる限りとの発言とも邪推しかねられません。」
「僕ちんは何も知らないけれども、弟も『病気になりそう』らしいよ?」
見えない火花でも飛んでいそうだな・・・胃が痛いな・・・・
ドラマで見るよりもドロドロしてそうだなー王族・・・元の世界の一般市民に戻りたい。
(異世界での胸躍る冒険とか全然そんな雰囲気ないんだよなー。せっかくの異世界転生が。)
むしろ昼ドラのようなドロドロした生活が待っていそうである。
「それよりも、君がマリアたんだね?」
・・・・はあ。先が思いやられる。
「ん?聞こえなかったのかな??」
おっといけないいけない。
「え、ええとこれはシュバイン王子。」
ぐふふふっとシュバイン王子は笑う。
僕の脳内変換ではブヒッブヒッと笑っている動物がいるのだが。
手を取られる。
はっ!これはまさか!定番のあれか!
慌てて手を引っ込める。
一日に二度も不覚を取ってなるものか。
「これは無礼な・・・」
「どっちが無礼・・・」
「マリア姫。手の甲にキスをするのは王族同士でなくとも貴族の間では当たり前の挨拶のような物です。騎士の場合でも忠誠を誓う儀式でそういう行為がありますが・・・」
ぬ、そうなのか。いや、でも全力で拒否したい。
「おお、僕ちん忘れてたけれどもこの前まで人形だったんだよねマリアたんは。ごめんね忘れてたよ。うん。許そう。だって将来僕ちんがマリアたんの旦那になるかもしれないんだから。生まれたばかりの子に昨日今日で嗜みを全て覚えなさいというのは可哀想だよね。僕ちんって優しい・・・ぐふふふふ。」
シュバインは顔をしかめると失礼と一言王子に伝える。
「聞きずてならない言葉がありましたが・・・このような場でマリア姫様の婚姻の話をするのは不適切ですし早計でしょう。シュバイン王子殿、マリア姫が誰と婚約するかは15歳の生誕祭の日に発表されるはず。それまでは誰と婚姻をさせるかはわからないとの事だったはずですが。」
「けれど、普通は近隣の王国の王子と婚約させるのが普通でしょ?僕ちんのエメラルダ国では兄が死んだから次は僕ちんが第一王子の席にいるのだよ。可能性は一番高いでしょ。隣国といってもの悪いダイアナ国の王子は可能性が低い。異端の国のサファリア国は論外だろう?」
「・・・可能性は確かにありますが。国内とも限りませんし王族とも決まっているわけでは。」
シュバイン王子は壇の下にいる人々を見下す。
「貴族どもと王族の僕ちんとでは話にならないだろう。僕ちんがしたいと言えば王は断りにくいだろう。なにせ友好国の僕ちん第一王子だからね。」
黙って聞いていれば・・・人の事を・・・。
「私の感情は無視ですか?」
「王族の女に感情は関係ないでしょ?人形姫が何を言ってるの?」
不思議そうに、さも当たり前のように首をかしげる。
クライムすら僕がこのようなことを言うとは思ってもみなかったようで驚いている。
王家に生まれた女子は時に政治の道具である。
前世の小説で見たようなフレーズである。
一般人であった僕の常識にはないアニメや漫画の世界の話だと思っていたのだが、本当に政略結婚とか普通にあるのか。
ならば前の世界にも普通に実はあったのかもしれない。色々と経験できて他人事なら勉強になったなとか思えるのだろうが。
「そうそう、マリアたんが14歳になる4年後、うちに訪問予定あるでしょ?定期的な交流会。プレゼントを沢山用意しておくからね。そのまま変わらない容姿でなるべく来てね。では今日はこれで。ぐふふふふ。」
自身の事になると不愉快極まりない。この王子は気持ちが悪い。あいつ絶対ロリコンだ。
あまり認めたくなかったがこの機会にこの体を説明しておこう。
赤く輝くような綺麗な長い髪に病弱だったせいか成長が普通の子より少し遅いのっぺり体系。
守りたくなるような美少女というよりは目のぱっちりした可愛い顔をしたロリ少女。
それが僕、マリアである。
「気にしてはいけませんよ。これからです。マリア王女様も王妃様の娘なのですから。成長すればあんなクズには好かれませんよ。世の男性は黙ってないでしょうがね。」
フォローありがとうクライム。でも、やっぱりクライムも笑顔の下ではあいつを嫌ってたんだね。
僕たちはその後も色々な人と挨拶をしたり会話をした。義務というより公務なのだから仕方がない。
こうして、この日僕は初めての社交界デビューを果たしたのであった。
僕マリアの10歳の生誕祭であり、僕の魂の定着した異世界生誕0歳の降臨祭のパーティーは夜中まで続いたのだった。