エドラム街 海は広いな何がいるかな
すっかり忘れていた奴隷契約の解除。せっかくなので・・・・
-ノートル海港 エドグラム街―
海を見るのは何年ぶりだろう。前世でもあまり夏場には海に行くという習慣がなかった為、中学時代に友達と江ノ島へ遊びに行って以来の7年振りくらいだろうか。
ここ1年近くは家から出た事すらなかったわけなのだが。もっとも、あの城を前世で住んでいた家と同列にするのは微妙な所なのだが。ある意味で引きこもりだったわけなのは確かである。
海辺を見渡すとこの町の港は自然にできた入り江を利用しているようだ。
防波堤と呼べる立派なものはない。そういう技術がないのかもしれないし、魔法で実は何とかしているのかもしれない。
木で作られたギシギシと軋む通路を歩いていく。陸から海に飛び出してできている通路は腐っていないか心配になるほどに音をたてる。
荷物の運搬もある為、馬車でも通れるくらいの横幅を確保しているのだが、よくもまあ事故がないものである。
停泊している木造の船を見ながらその底まで見える海の透明度には気分が高揚してくる。商店のある街側から離れる程に砂場はなくなり海が深くなっている。
(そういえば海水浴はできるのだろうか?この世界の海って魔物がいるからどうなのだろう。サメとかより危ないのは絶対にいると思う。)
ガルムを思い出し、前世でやっていたゲームのリヴァイアサンやダイオウイカの化け物が頭をよぎる。
いるな。絶対!と心の中でフラグを立てておく。
そうでなければ荷物の運搬船や漁船に砲台や明らかに取る事よりも倒す事を目的にしている武器が船内に落ちている事に説明がつかない。
(海賊や敵国とのいざこざを想定しての作りかもしれないけれど。)
小さい浅瀬に行く船にはついていない所を見ると海水浴程度ならいいのかもしれないが遠泳などは止めた方がいいだろう。
「今日はこの街で1日を過ごし、明日の朝にここを発ちましょう。」
「はい。そうですね。うわー、凄い深いのに透明度が高いから魚が丸見えだ。」
海を楽しんで見ていた私にウェルチさんは、初めて見た海ですものね、興奮して見入っているなんてやはり子供は子供ですねと小声で言っている。
ウェルチさんの感想は明後日の方向にそれていて残念賞であるのだが。
旅は順風満帆に来ている。まだここの地には姫様が消えたなどの噂の一つも入ってきていない。その点については追ってもきていないのだから気楽な旅になりつつある。
それもこれも携帯が無い世界であるここは通信技術が弱く、情報が流れてくるのに月日がかかるという事を知ったからだ。連絡を取るのがこうも大変だとは。人を探す捜査力などもこの世界の方が低いのだろう。
ゆったりしていると色々と考える時間が増えるもので、こうしていると前世の世界というのは物凄い科学力だったのだなと感心させられたり、剣の修行もいいけれども生活用品も少し開発してみたいものだなと余計な考えまで芽生えてくる。
旅をしていると見えてくる事は多かった。
思った以上にこの世界では魔法が重宝されており、扱える人が少ないせいか役職として魔法使いというのが確立されているのである。
誰でもが使えるわけではないが村に二、三人は使える者がおり、その者が火を起こしたり水を出したりと限度はあるものの便利に使えるせいで化学が発展しにくい世界なのだろう。
そんな村や町を見てきた後のこの街エドラムは船での他国との交流があるせいか商業が発展している。
城下町ほどではないが、商店街もかなり大きく活気づいている街であるらしい。仕事が終わったらおいしい店を紹介してもらうとしよう。
「ここには城以外何でもある。市場に宿屋に酒場に武器屋、奴隷商や宝石商まであるんだ。」
ウェルチが街の説明してくれる。
「大きな港町は他国の情報もよく入ってくる。仕入れた技能もいち早く取り入れるから最先端をいく街と言ってもいいかもしれないね。国外の道具や物に触れる事もできるし遠くでしか取れない食べ物だって海路の方が陸路より早く手に入る。珍しい物の情報や最新の戦場の情報はこういう街の酒場で仕入れるのが手っ取り早い。」
それにちょうど漁から帰ってきたのであろう船を指さす。
「ここの目玉はアシラッド国では出せない生の魚が食べれる事にあるんだ凄いでしょ。魚が生で食べれるなんてアシラッド国ではありえない事のよ?」
「確かに生魚を見なかったな・・・やっぱり距離の問題?」
「そう、鮮度が落ちると傷みやすくなるし生きた魚は時間がたち過ぎると生だと病気を持つのよ。だから港に近い街以外では焼いて食べるのが主なのよ。」
まあ、病気というか食中毒の類なのだろうが医療もそんなに発展していないようだし。
魔法の弊害ですね。これ。
「氷を入れて運ぶことはしないの?」
「氷を入れて運ぶ?魚を凍らせた人は今までにもいたけれど、2日と持たなかったらしいわ。魔術師が常にいて魔法をかけていればできるだろうけどガルムでも5日だし。普通運搬には馬を使うから10日、無理だろうね。だから誰もアシラッドまでの距離を試そうと考えた人はいない。木の箱に氷を敷き詰めて入れた所で魚を氷漬けにするよりも早く氷は溶けるでしょ?」
なるほど、保温性のいい発泡スチロールみたいなのがないからより溶けるのも早いのか。でもそれこそ異世界だ、竜やグリフォンなんかをガルムのように捕まえて空輸すればいいようなものだが。
港を見るとほとんどの出荷が木の箱で行われているようだ。血抜きとかもそんなにしていないようだし、そりゃ傷むのも早いだろう。
文化の違いというか、文明のレベルが低いというか。
そのくせ、属性を付与した剣とか科学的におかしな武器が作れたりと進んでいるんだかいないんだか。
「そうそう、食事をしたら一つ仕事を片付けてしまいましょう。奴隷契約書の解除。」
「契約書の解除?ああ、モナの契約の解除!」
すっかりと忘れていた。ごめん、モナ。
「そ。簡単に言うと、奴隷契約書は基本奴隷商でないと解除ができないのよ。正確には無理に契約書を破棄すると呪いが解けなくなる場合があるっていうのが正解なんだけどね。で、モナの奴隷契約書を見つけて盗んだまではいいんだけれど城下町に解除士がいなくてね。どうもどこかに依頼に行っているみたいで。大きい街に一人か二人しかいないんだ。本来なら旅の前に解除してもらいたかったんだが解除士がいないならしょうがない。この街では奴隷を売買している都合上、必ず一人は街に解除士を残しているんだ。モナからもここでもいいと言われていたからね。」
「でもよく、契約書が簡単に手に入りましたね。」
「ん~そこが不思議なんだよね。前の雇用主はあの騎士団長クライムの親である大貴族だったのよ。騎士団長の実家があんな警備が手薄なわけがないのよね。まあ、貴族筆頭の片翼だから一人の奴隷の契約書くらいどうでもよかったのかも知れないけれどもね。でも、あの日はなんで警備を甘くしていたのか。」
う~んと唸るウェルチ。命がけの依頼のつもりが蓋を開けてみて拍子抜けしたようだ。
「モナに預かった手紙だと超有名人の奴隷になった最高!契約書を盗むならその日に警備が手薄になるからと書かれていたのよね。名前は書かれていなかったのだけれどまさかマリア姫だったとはね。・・・それに契約書は既に書き換えられていてマリアに献上された形になっていたのよ。だからマリアが主人になっているの。だから正規の奴隷商で解除士に依頼ができるのだけれど、流れが出来過ぎていてレールの上を歩かされている気がして正直嫌な感じなのよね。」
またしてもうーん、と唸るウェルチさん。
しばらくそんな会話が続いたあと、とにかく!と左手に持った契約書を私に渡してくる。
「マリアがモナの主になっている以上、君が解除を依頼しないといけないの。で、奴隷商っていうのは一般の人からは嫌われている。そりゃそうでしょ。何かあったら自分たちがその立場になって売られてもおかしくない。だから見えるでしょ?あの港の端っこにある宿屋のような家、いいイメージを持たれていない奴隷商はああいう街の隅で居を構えて取引が行われている。合法とはいえ、同じ人間の売買だからね。おおっぴらにはしないのよ。」
言われた方角をみると船舶している船の近く、港の端の方にそれが確かにある。周りが倉庫や簡易な海の家みたいな物ばかりなのにそこだけたしかに浮いている。
しかし、言われないと普通より少し大きめの宿屋というか倉庫というかぐらいにしか見えない。私の想像の中での奴隷商は薄汚い街の裏路地とかその地下とかにありひっそりと売買されるイメージなのだが。
「とりあえずお腹もすいてきた事だし、食事をしたらにしましょう。」
「はい。私もお腹が減っているのでそれに賛成です。」
やっぱ海の街では魚よね。と楽しそうにしている。
道中にわかったのだがこんなウェルチだがこの世界でも相当に強い方らしい。途中で冒険者の一団にあったのだがウェルチを見ると人数が多いにも関わらず相手は恐れをなして財布を渡してきた。
「何もしないのに・・・・」
そういいつつ懐に財布をしまうウェルチはいつもの事のように手馴れていた。
旅の中で感じたのは味方のうちは頼もしいがこれほど敵に回したくない人間もそうはいないだろうという事である。仲の良かった親友が近づいてきたと思ったら仕事だからと笑みを浮かべてグサリッとかウェルチなら考えられそうである。仕事に忠実。忠実すぎるからこそこの人は恐ろしい。
前世の私だったらウェルチが微笑んで仕事だからごめんねとナイフを構えて立っていたら色々な物が縮こまっていただろう。
日本って毎日テレビで事件とか取り上げられていたけれど、あれでも平和だったんだなと痛感させられる旅路であった。
何はともあれ回想は置いといてまずは食事である。
「せっかくだし、奴隷商の横の食事処で昼食にしましょう。」
「はい。」
二人並んで目的地まで向かう。この街の最奥にあたる場所。
近くで見ると海賊でもいそうな場所である。
横に長い建物はやはり倉庫のようにも見える。けれども窓の多さや格子のついている窓などを見るとただの商品を扱っているとはやはり思えない建物であった。
私たちはその隣に隣接している海の家を二階建てにしたような外見の食事処に入る。
入った瞬間、待ち構えていた女性が元気のいい声であいさつをしてくる。
「いらっしゃいませ。本日のご利用は1階ですか?2階ですか?」
「1階で大丈夫。」
ウェルチは迷うことなく答える。
「かしこまりました。あちらの席へ。」
案内されている最中、私は辺りを見回す。
フロアにはメイド服に近い格好をした女性たちや執事の格好に似せた服を着た男たちが数人いる。
店外と店内のイメージが大分違う。外見は海の家なのに中は、普通のレストランのような作りである。
けれども、食事は大衆が好む物であったりするとなんとも不思議な空間である。
「ご注文は?」
「私はニッツの切り身定食を。」
「・・・・同じものを。」
ニッツが何かわからないがこの人が食べれるものなのだから大丈夫であろう。魔物のゲテモノ系の刺身でないことを祈る。
「変わった所でしょう?」
「確かに変わってますね。食事の内容と彼らの格好が合わないと言いますか。」
「でしょうね、彼らの左腕を見てみなさい。」
言われると皆同じような腕輪をはめている。何やら数字らしきものが書いてある。
「アレはね、購入できるの。」
「アレって物じゃないんですから。」
「いいえ、モノよ。ここにいるのは隣で教育を受け、高く売れるように指導された買われるべき為のモノなの。」
「・・・・彼らは奴隷なのですね。」
「そう。ここには親に売られた人や捨てられた人、借金や罪を犯し奴隷に落ちた人、敗戦国などや攫われた人とか沢山のモノ達がいるわけ。」
「・・・」
何も言い出せない。絶句していた。
こんな世界が目の前にあることが信じられなかった。当たり前のようにこの世界の人たちは奴隷だとあっさりとモノとして認識している。
「それで、さっき1階か2階か?って聞かれたでしょ。2階は貴族が大体使うの。食事をしながら働く様子を上から見るのよ。上から見た方が全体的な動き方が見えるから誰が優秀かわかりやすいのよ。そして、番号をあそこにいる一人だけ本当の執事服を着た男がいるでしょ?あの人に何番を買いたいと申請するの。そうすると別室に通されて金額交渉がされるわけ。で、条件が合えばめでたく奴隷として売られるってわけ。」
執事服の男を見ているとその執事がとある部屋の前にいくと扉の前でお辞儀をしている。
すると部屋の中から一人の男性が部屋から女性を一人と男性一人を連れて出てきていた。
「ちょうど契約が成立したようね。あの人たちは幸せよ。まー何目的で買われたかわからないけれど。」
「それは何故か聞いても?」
「お待ちどうさまです。」
メイドの格好をした女が食事を並べているのに構わずウェルチは答える。
「1年売れないモノは他所の奴隷商に流されるか労働力としてある職にまわされるかこの娘みたいに処分されるからよ。ね?メイドさん。」
ガシャンッという大きな音が隣から聞こえる。メイドが手元からナイフを落としたのだ。
「何事です?」
頭を下げていた執事がこちらに気づき歩いてくる。
「あ・・・ああ・・・ごめ・なさ・・・処分だけは・・・」
あんなに元気に配膳をしていたメイドさんが蒼白になり震えている。
それに構わずウェルチは続ける。
「ここで働いているのは特に秀でた戦闘力もない魔法も使えない残り物なのよ。だから、ここで下男やメイドや雑用や道具として買われないと不良品となるのよ。奴隷商は儲かるとはいえ、一生売れるかもわからない在庫をいつまでも持っているわけにはいかないでしょう?労働力になる男ならともかく見栄えも悪い女が愛想よくもできないとなれば・・・使い道がない。ま、彼女は本当は優秀かもしれないけれども精神はまだまだみたいね。さてと、助ける代わりに何をしてくれるのかしら?」
ウェルチは何事もなかったかのようにメニューを見始める。
ワザとやったのか?
もし故意的にしていたのならば胸ぐらを掴んでやりたいほどの衝動にかられるが我慢する。
もしワザとであればという気持ちがあるがここで怒鳴り合ってもメイドの女性が助かるわけでもない。
ウェルチと言い合った所で目的地を知らない状態で、ならここでお別れねとなる可能性もある。
今まで2人旅だったし、村や町に出ても普通の店にしか行ってなかったからウェルチを普通のいい人と思って接してきていたが、冒険者の件もあり長く接しているうちに最近は少し見方が変わってきていた。
身内や仕事の主には優しいのだがそれ以外の他人にはとことんドライなのである。
あの酒場で恐れられてたウェルチという仕事の請負人としての彼女の本来の顔を私は知らなかったし、旅を供にしていた事で忘れていたがこれがウェルチの本性なのだろうか?
利益になればなんでも基本するのがウェルチだと自分でも言っていた。
「お客様、このモノが何かご迷惑をおかけいたしましたでしょうか?」
「そう。実は・・・」
執事の男にウェルチが言いかけた言葉を横から奪う。だからといってこの世界で剣聖の肩書を目指している私としては何も非がない女性が文句を言われる事を見過ごすわけにはいかない。
ならば、私のやり方でことの収拾をはかるまでだ。
「実はナイフを武器と勘違いしてしまい私が手を払ってしまったんですよ。長旅で疲れていて条件反射的に。」
「本当ですか?」
執事が女に向かいキツイ口調で問いただす。
私が横から口を出した事でウェルチは何事もなかったかのようにメニューをうちわ代わりにし興味を失ったように仰いでいる。
ウェルチは現在進行形で私に雇われの身である。
私が方針を示せば嫌々でも今はいう事を聞いてくれるようだ。気が変わらなければという前提があるが。
「執事さん。客である私の言う事を疑うのですか?このモノに聞かねばいけないくらい。」
執事は慌てて否定する。
「滅相もございません。もしご迷惑な点があった場合は再教育しなければならない為、何をしたのかが情報として正しく知りたかったのです。勘違いされる刃の向けかたをしなかったか、背後に寄り過ぎなかったかなど・・」
「保証しますよ。私が店にご迷惑をおかけしただけです。こういう場合はお金を払った方がよいのですか?」
「いいえ、何も壊したわけでもありません。ただの事故でしたら誰の責任でもございません。」
「ありがとうございます。後で聞き出すとかしないでくださいよ。私が悪いのに彼女に何かあって今度来た時にいないとか罪の意識で私、倒れてしまうかもしれません。私は心臓が弱いので。」
ここまで言っておけば大丈夫だろう。
既にウェルチは食事に手を付けているし。
「かしこまりました。3番、事情はわかりましたからそんな顔をお客様の前でしないように。自分のミスでなければ素早く次の行動をしなさい。新しい物の用意をするように。そんな顔をお客様にしていては勘違いしてしまうでしょう。それでは、失礼致します。」
「はい。」
そういうと、執事と女は仕事に戻って行った。
「・・・甘いわね。そんなのでこの後のアイツとの話し合いやっていけるかしら。」
そんな呟きが聞こえたが小声であった為、聞こえないふりをして私も食事をとることにした。




