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異世界サラリーマン田中with JK  作者: 蜂須賀こぐま(+くりはら檸檬)
第一話 帰ってきたオッサン
4/4

1-4 転移魔法とボーイズ・ラブ(♡)

思い出したようにアップだ! 檸檬さんが所用で忙しいので今の内だぜ!

 「はあ,はあ,一体どこに出口があるんだろう……」

 彩音はひたすら走っていた.

 全く頼りにならない父親は走ったせいで酔いが回ったのか,壁に手をついて嘔気を催している.

 魔王の広間を出てきたのはいいが,完全に迷ってしまったのだった.

 考えてみれば当たり前である.RPG的に魔王の城はダンジョン,迷宮になっているのだから,最深部から外に出る逆方向の道も当然迷路だ.

 しかしさらに考えてみれば,これは実に不思議である.魔王の宮殿に入った勇者は数々の敵,モンスターを倒し,奥へ奥へと進んでいくわけだが,こんな不便なところで彼ら魔族は一体どうやって暮らしているのだろうか.ちょっと近所に買い物に行く都度迷ってしまうのではないだろうか.もしみんな外に出ていかないというのであれば,魔族というのはみんな引きこもり集団である.恐らく本当はどこかに勝手口みたいな抜け穴があるのだろう.考えすぎると頭が痛くなってくるので,もうこれくらいにしておこう.

 道に迷ったときは元の場所に戻るのが鉄則であるが,テロ現場に戻ることはできない.

 彩音はアニメショップの袋と鞄を下げたままトボトボ歩き,父親恵一は酔いのためふらふらと娘の後を追いかけていた.


 どこまでもどこまでも石畳が続いている.時折オーク達が奥の間へと走っていくのにすれ違う.彼らは彼らで自分たちの本拠地でテロが起こったわけで,田中などにかまっている暇など無いのである.

 

 「ちょっと待ってくれ,おえー」

 走り続けた田中の胃袋がついに限界を迎えた.

 謎の目玉をつまみに魔界の濁酒どぶろくなど飲むのが悪いのだが,彼の胃袋から逆流したマグマはすでに沸点を超え,あふれ出しそうである.いや,ついにリバース,エネルギー充填百二十パーセント,波動砲発射の状態であった.

 「うぎゃっ! お父さん,あっち向いてやって! 汚いなあ!」

 年頃の娘さんにとっては,加齢臭のする父親など汚物の塊である.その汚物がさらに汚物を生み出そうとしているのだから,まさにゴジラ対ヘドラというようなものであった.

 田中は顔色を紫にしたり赤くしたりしながら,ダンジョン?――というか,魔族にとっては普通の廊下なのだが――のくぼみを見つけて走って行った.男子トイレなど見つかるものではない.

 ウエウエゲロゲロと音を出しながら唸る父.異世界に来て以来父親の株は急降下,暴落ストップ安であった.

 もちろん背中をさする優しさなど,振り絞っても出せるものではない.誰が見ているわけではないが,ひたすら他人のふりと決め込む彩音である.

 

 「うぎゃあ!」

 田中親子とは別の悲鳴が廊下に響いた.


 「お前ら,一体こんなところで何をしとるんじゃ!」

 彩音が振り向くと,緑色の髪の老婆が立っている.猫と同じ縦長の瞳なのだが,神聖な魔王城で汚物をまき散らす田中を見た驚きのせいか,瞳孔は丸く大きく見開かれていた.魔王の求めに応じ,田中親子を異世界へと呼び寄せた張本人,魔法使いオババであった.

 

 「うーい,すいません」

 体内の暴走する小宇宙コスモを追いやり,ペガサスファンタジー,少し楽になった田中はやっとそれだけ言った.

 

 「あ,お婆さんは,確かさっきの広間にいた……あなたも逃げてきたんですか?」

 「誰が婆さんじゃ,まだワシは百二十歳,現役ピチピチの召喚魔導士じゃぞ!」

 老婆,もとい魔導士は別のところが心の逆鱗をかすったらしく,憤った.

 「す,すみません,失礼しました大魔導士様.もし避難されているのなら,私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」

 「うむ?」

 彩音の機転でオババ,もとい魔道士は少し気をよくしたようだった.さすが腐女子,ラノベやRPGで鍛えた分,異世界への順応性は見事である.

 「私,ここから外に出たいんです.出口はご存知でしょうか……できれば,元の世界に帰りたいんです.大魔導士様」

 とりあえず父親はガン無視であった.


 「元の世界……うむ……それは少し困った問題じゃな.ワシの専門は召喚ラポート魔法じゃからな.物を取り寄せたり呼び寄せたりするのはできるが一方通行,送り返したり送り出すことは難しい.特に,異世界となるとな.この世界の中で移動する,転移魔法なら何とかなるんじゃがのう.それは魔道教科書‘根暗之未婚ネクラノミコン’五十六ページ第三章に書いてある」


 「そんな……」

 「送り返したとしても,お主のもといた世界とは別の世界や,別の時代に送ってしまう可能性もある」

 「おお,じゃあ,あいつならどうですか? あいつならできるんじゃないですかね?」

 「あいつ?」


 田中が話に割って入ってきた.まだネクタイは頭に装着されている.珍妙な姿に魔導士は眉をひそめた.


 「えー,あの,つるペタチビッ子魔女ですよ.ご存じないですか.えー,中学生くらいの……」

 「中学生ってなんじゃ?」

 「自称天才で,性格最悪,ぶりっ子,生意気,二重人格……」

 どれをとっても個人を特定できる特徴ではなかった.すでにただの悪口である.魔導士はいら立ち始めた.父親を見る彩音の目はますます冷たくなっていく.絶対零度になるのも時間の問題であった.


 「誰じゃそれは? 名前くらい分からんのか?」

 「おお……待ってください,待ってくださいよ……あ!」田中はこめかみに拳を押し付け,たいして良くない記憶力をフル稼働した.

 「クルセイデル! クルセイデルです!」

 

 田中はようやく目的の名前を絞り出すことができたので,スッキリした顔になっていた.どこか誇らしげですらある.

 だが,魔導士の顔は一変していた.


 「お主ら……クルセイデルの眷属かぁ……!」

 緑色の髪が逆立ち,目がらんらんと燃えた.背中であからさまに怪しいオーラが輝く.

 

 「うわっ! 何かヤバい!」と思った彩音は良いとして,田中は何が起こったのかわからない.キョトンとして魔導士の顔を見ていた.


 「忘れもせぬぞ,あの屈辱……魔法院でノートを借りようとしたら,全てダミーのノートを貸しおって,こちらは赤点,追試に補習……自分は成績トップときた.自分の障害になる者はすべて排除してくれるとか抜かしおって,挙句の果てには騙される方が悪いなどと……」

 怒りに燃える魔道士.意外とセコイ事情であった.


 「あー,そう言う事やりますよね,あの性格悪い娘は.分かる,分かるな.私も何度苦汁をなめさせられたことか.体を操られ,家畜の糞に顔を突っ込まれ,ゴミ漁りをさせられ,社畜とののしられ……」


 「何と! お主,そこまで……」

 オババの田中を見る目が憐れみに変わった.

 確かに,オババよりもひどい目に十分あっていると言えるかもしれない.


 「こう見えてもあいつの最大の被害者の一人といっても過言ではございません.ですが,目的のため,家族のためなら,相手の靴の泥をなめる事も厭わない,それが営業魂ですよ!」

 実際には田中はそこまで根性のある仕事などした事はないのだが,ここぞとばかりにふんぞり返った.


 「うむむ……這いつくばってでも,元の世界に戻る覚悟なのじゃな.泣かせる家族愛,男の中の男よのう」

 オババの頬が少し赤くなった.ともにクルセイデルの被害者.同族意識はやがて愛情に変わり,田中に胸キュンしたのかもしれない.

 

 「こう見えても,マドギワ族の勇者と呼ばれた男ですからな」

 「窓際族? なにそれ,自慢になってないじゃない.お父さん,自分で窓際族って自覚しているわけ?」

 ついにマイナス273度に到達した彩音の視線が父親に突き刺さった.

 だが,オババはそれなりに驚いた.

 「おお! マドギワ族? もとはピグミグ族と呼ばれておった,あ奴らか? 何だ,あ奴らを呼び出せば異世界に戻れるではないか」

 

 ここで初めてこの物語を読んだ皆さまのために説明しよう.ピグミグ族とは次元を超えて必要な物を取り寄せる不思議な力を持つ小人の一族だ.身長は大きめの湯飲み茶わんくらいである.

 田中パートワンで,田中を異世界へと連れてきたり送り帰したりという力を発揮したのだが,その凄い能力の割には魔王の餌,お八つに供されてしまう弱小部族でもある.一族の危機を田中に救われて以来,様々な勘違いの末にマドギワ族と改名したのである.

 ちなみに,我々の世界では酔っ払いの人たちにこう呼ばれている.‘小さいおっさん’と.


 「それが,呼び出し方はさっぱり分からないんですよ」

 「むう,不便な物じゃな.奴らの居留地は……あいつら,転々としているからな.魔法院で聞けば分かるかもしれんが……ぐぬぬ,クルセイデルめぇ……」

 オババの怒りのボルテージは上がったり下がったり,忙しい事だった.

 「しかし,とにかくその……魔法院? とやらに行けば,あのツルペタ娘に交渉して帰る方法が分かるかもしれないという事ですな.マドギワ族の場所を聞き出すか……」

 「うむ,悔しいが奴なら異世界への転移魔法も知っているかもしれぬ.だが,あの極悪非道冷酷娘がタダで言う事を聞くとは思えぬがのう」

 「不可能を可能にして見せる,それがサラリーマン金太郎ってやつです!」

 田中はそう言って豪快に笑った.

 全く様になっていない.本宮先生ごめんなさいとはこの事であろう.

 「おお……何と! まさに男の中の男!」

 しかし,オババの方はますます胸キュンしたらしい.田中を見る猫の様な瞳が潤んでいた.

 もちろん彩音の方はこの三文芝居に呆れ果てているのである.とは言え,父親がもとの世界に帰る手掛かりを持っている限りは付き合うしかない,というのが悲しいところであった.

 

 「では,不本意ながら奴のところへ送り届けるとしんぜよう」

 「魔法院ですな?」

 「うーむ,しかしそれは分からぬ」

 「と,言いますと?」

 「あいつは怪物モンスター退治だの,勇者の追っかけだのと言ってしょっちゅういなくなっておる.くそ,教授のくせに……ギリギリ」

 オババは尖った歯を噛み合わせ,凄まじい音を立てた.

 「何とかなりませんか? よっ! お大尽! 大魔導士! 魔族の華! 好色一大娘! 千年に一人の美魔女! はじける透明感! 夏の女神!」


 田中はよく分からない言葉の羅列でオババを褒め上げた.

 これぞスキル(?),‘胡麻擂ポリッシング・アップル’――ようはゴマすりである.

 接待ゴルフに接待宴会,磨き上げた田中スキル炸裂のこの瞬間! とばかりに,田中の口はとにかく回転した.


 「ダーハハハ! ……よし,分かった.方法はある!」

 オババは田中の言葉に乗せられ,魔王城の廊下――石畳に,魔方陣を描き始めた.赤白青のチョーク,失礼,魔法の何か筆記具でガリガリと書いている.同心円の中に怪しい文様,果たしてこんなものを勝手に書いていいのだろうか.

 とりあえず失敗した現代美術とストリートアートを混ぜたような作品は出来上がった.

 オババは田中父子に,中央に立つように指示した.


 「はーっ!」

 オババが気合を込めると,緑色の髪は宙に逆立った.

 さらに髪の毛の色が金色に逆立ち,体から金色のオーラがあふれ出る.

 

 「おお,これはスーパー何とかみたいですな!」

 田中がずり下がった眼鏡を押し上げた.

 

 「これで会いたい人物を念じれば,その者がいる場所に行けるという寸法じゃ」

 目の色が青に変わったスーパーオババはそう言ったが,なかなか術は発動しない.


 「念じております.オッケーです」

 こめかみを押さえながら田中はクルセイデルの生意気な顔を念じた.


 「あー,その前に,報酬は何じゃ?」

 オババが右手の指で丸を作り,田中に唐突に尋ねた.考えてみればそうである.田中の要望をこのオババが聞くいわれはない.強制的に命令を出す魔王はいないのだ.


 「お金ですか? えーと,最近小遣いも少ないものでねえ……」

 田中がポケットから財布を出して振ると,五円玉が出てきた.

 「これじゃ駄目ですか?」


 「何じゃそりゃ? まがい物の金貨か? 穴が開いとるし,そんな物いらんわい」

 チッと舌打ちしながら,オババは術の発動をやめてしまった.

 ちなみに海外に行ったら日本の五円玉と五十円玉が超喜ばれるという嘘があるが,あんなもので喜ぶのは子供だけである.


 「とは言っても,金目の物なんてないしなあ……時計はまずいし」

 一応田中が妻と仲が良かった時代に買ってもらった腕時計である.帰って無くしたのがばれたら妻に殺されるだろう.

 「お前,なんか持ってないか?」

 「え? 千円くらいならあるけど……でも……」

 彩音が嘆息しながら一応千円紙幣を広げて見せた.案の定,オババは首を振る.紙のお金など見たことがないのだろう.


 異世界と言えば中世世界,兌換紙幣も不換紙幣もありはしないものだ.ダンジョンの奥に眠る財宝が紙幣だったら,あっという間にただのゴミである.

 何? 兌換紙幣って何かって? もともと紙幣というものは金の預入証明書が流通したもので……えーい,この話でそんな真面目な解説などするものではないわ.インターネットで調べたまえ.

 「もっと金目のものとか,異世界エキゾチックな物とか無いんかの?」

 そう言われた田中はポケットのライターを取り出そうとしたが,先を読まれたオババに言われた.

 「‘らいたあ’なら,もうこの世界にあるから珍しくもなんともないわい」

 「むむっ!」

 田中父子は顔を見合わせた.レーザービームのような視線スキャンを送り,互いが互いの持ち物をチェックする.

 靴も服も金にはならない.

 シャーペン?

 ボールペン?

 消しゴム?

 教科書?

 交通系ICカード?

 レンタルDVDの会員証?

 スマートフォン?

 特に,メカ系はこの世界では使い物にならない.つながらない電話,通す改札のないカードなど,ただのゴミであろう.


 何? 写真を撮れ? いや,確かにタイムスリップものとかであるけど,あれどうなんですかね? 写ってびっくり,はいお終い,でしょう? 電池が切れたら見れなくなるし,何だかなあ,ですよ.よっぽどポラロイドカメラの方が喜びますって.

 進んだ現代文明の利器って,意外と役に立たないものですぞ.自衛隊が異世界に行ったって,部隊単位で兵站線を確保して行かないと,あっという間に使い物になりません.おお,何だか今‘異世界もの’を書いている日本全国の数万人の作者を敵にしたような気がしたが,気にしないことにしましょう.


 いずれにしても,どれもオババの心をくすぐるものではないのだった.

 「お前ら,本当に貧乏なんじゃのう……」  

 オババの呆れ顔が次第に哀れみに変わった.

 「うむ?」

 だが,ふと彼女の視線は彩音の持っている紙袋に注がれた.

 「おぬし,それ,ずいぶん大事そうに持っておるが,何なんじゃ? 本か? 魔導書とかならいい金になるわい」

 オババはクイクイと手招きした.

 「えっ……ええ? これは……」

 彩音が田中の視線を気にしながら,おずおずと一冊を抜き出して渡した.

 「なんじゃ? こりゃ? 随分細い線で描かれた絵じゃな? おまけに,ツルツルした光沢のある紙.羊皮紙ではないのじゃな??」

 オババは不思議そうに美少年が表紙に描かれた薄い本を手に取り,見開いた.

 

 「なっ! なんじゃこりゃあああああああ!」

 オババは絶叫した.

 「こっ! これは! 目くるめく世界……え,何? お前たちの世界では男同士で子供ができるのか? いや,待て!?」

 「男同士? 何のことだ」

 田中が眉をひそめた.

 「だから,言ったじゃない! あたしはどうせ腐女子,あれはBLの同人誌,ボーイズラブなんだって!」

 彩音はもうヤケクソとばかりに口をとがらせながら言い放った.だが,田中にこの言葉の意味は理解不能であった.


 そんな彩音の言葉が耳に入ったのかどうなのか,オババはむさぼるように薄い本に夢中になっていた.

 「きゃあ! 何? これ!? いやーん!」

 どうやらオババは乙女に返ったらしく,頬を赤らめてページに顔をうずめている.

 何? 文字が読めないのになぜ理解できるかって?

 それは貴方,ヤオイだからですよ.

 ヤマなし,オチなし,意味なし.

 ひたすらアニメとか漫画の美青年・美少年が同性愛に耽溺する世界.

 ある意味,異世界の中の異世界,これ以上の異世界絵物語はありますまい.

 鳥獣戯画描いた鳥羽僧正がこれ見たら,確かに腰を抜かすでしょうな.


 「な,何? つまりホモ漫画?」

 田中すら理解不能である.そして,それを買い求める娘は田中の理解を超えた存在であった.


 「もーっ,分からなくっていいから!」

 彩音は大きなため息をついた.


 「こ,これをくれっ!」

 オババは魔王城中に響き渡りそうな声で,魂の叫びを放った.オババの両の鼻の穴からは,鮮血が床に向かって吹きこぼれていた.ちなみに一応今,魔王城の最深部ではテロの真っ最中である.念のため.


 「えーっ! やだ!」

 「な,何を言う! 彩音,帰るためなんだぞ!」

 「あれ,結構高いんだよ! 物によっては,コミケに行かないと手に入らないものもあるし,お父さん代わりにお金払ってくれるの?」

 「う……」

 ‘高い’と言われ,月の小遣い五百円の中年男は黙った.


 「うう……確かに,眼福であった……これほどの書物,おそらくワシの体重と同じ金塊程の価値があるのじゃろう……」

 オババは名残惜しそうに薄い本を閉じると,震える手で彩音に返した.

 「あ,そうだ……」

 彩音は手を打った.

 「これ,ノベルティのポスター,二枚もらったんだった.これもこのプリンス様のキャラだし……あ,これ,翔君じゃん.私この人あまり好きじゃないから,これどう? これなら,あげてもいいよ」

 彩音は紙袋に突き刺さっていたポスターの一枚を広げて見せた.

 未成年二人が見つめあう,なんとも悩ましげな図柄である.


 「ああっ!」

 オババにはその紙片が神々しい光を放って見えた.ほとんど曼荼羅のごとし.天女は宙を舞い,尊い神仏が輝きながら回転する.

 「あーりーがーたーやー」

 オババは震える手でその聖なる図を受け取ると,鼻血を垂らしながら五体投地して感謝の意を表した.


 そうなれば,早速魔法が発動し始める.

 オババは鼻血を垂らしながら,呪文の詠唱を始めた.

 「ピピルマピピルマプリリンパ,パパレホパパレホドリミンパ,パンプルピンプルパムポップン,ピンプルパンプルパムポップン!」

 なかなかポップでクラシカルな呪文を唱えるオババの頬は,BL同人誌の影響で赤かった.

 だが,魔方陣はピンクと緑の激しい光の明滅を放ち始めた.


 「さあ,会いたい人間の顔を,一心に念じるのじゃ!」

 「はいっ!」

 田中は気合を入れて,クルセイデルの顔を思い出した.

 燃えるような赤い髪に,きつい目つき.凹凸に乏しい体.

 しかし,雑念が入る.

 BL? ボーイズラブ? 美少年もの?

 あんなものに彩音は興味があるのか???


 その雑念は,先のクエストで一緒に旅した別の人物へと連想を導いた.

 愁いを秘めた眼差し,長い睫毛,きらきら光る金髪,白魚のような指……


 「うわっ!」

 「きゃあっ!」

 田中がその人物の顔をありありと思い浮かべた瞬間,彩音とともに魔方陣の上から忽然と姿を消したのであった.


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