問答
「普通に生きるのは駄目なのか?」
俺はフェルニカに問いかける。
これはちょっとした問答だ。俺の納得のいく答えを出せなければ協力はできない。
「普通に、ですか?」
フェルニカは困ったような顔になる。
「普通って何ですか?」
おっと、説明不足だったか。
「普通って、普通だよ。力がなかったら貴族じゃなくなるわけだが、貴族じゃないと生きていけないのか?」
「いえ、平民になれば学校を卒業するまでは援助してくれると思います」
それは、お婆ちゃんから聞いた覚えがある。
「なら、平民なったって別にいいじゃねーか。貴族なんて面倒くさいことなんてやめて、普通に生きたほうが楽だぞ」
俺の言葉にフェルニカは首をかしげる。頭に?マークが出てきそうな勢いだ。
俺は思うのだ。なぜ、こんな幼い少女が貴族なんて重荷を背負わなければならないのか。
こんなに力を欲している子供が普通なわけがない。もっと、子供らしく生きてほしいのだ。勉強して、恋愛して、運動して、この世の理不尽を味わって、それから考えてほしい。
力とはなんなのか、と。
力は、美しくて、誇らしくて、最も残酷なものだ。俺はそれを異世界で知った。だから、軽々しく弟子にすることはできない。
そんなことを考えていると、フェルニカは、いまだに首をかしげていた。もう、首が上下逆になるんじゃないかってぐらいにかしげていた。ちょっと可愛いと思った俺はロリコンではないと思う。
そして、フェルニカの出した答えはこうだった。
「あなたの言っていることがよくわかりません」
フェルニカは続ける。
「普通って何ですか? なんで私の普通が平民になることなんですか?」
「いや、あのな――」
「私にとって普通は、クラウンベール家の一員として、力にない平民を守ることです。これは、貴族としての義務であり、私の普通でもあるのです。だから、力が欲しいです。私の普通を守るために」
フェルニカは言い切った。凛とした佇まいは貴族のそれだった。
俺は、フェルニカの決意がこもった瞳を見て、異世界での会話を思いだした。
『なぁ、お婆ちゃん。あんたは後悔してねぇのか?』
『何をだい?』
『だってよ、人のために戦って、勝って。なのに最後は火あぶりだったんだろ? 人のことが嫌いにならなかったのか? もし、今も力があったら、人のために戦えるのか?』
『戦えるよ』
『なんでさ』
『なんでって、私は力を持っている。そして、人が困っている。だとしたら、助けるのが普通のことだと思うよ』
異世界であった魔女のお婆ちゃんの目と同じだ。
どうやら、俺はフェルニカを見くびっていたらしい。そうだよ。そうなんだよ。
「ふっふっふ」
俺は笑いを止めることはできなかった。一人で笑っている俺をフェルニカは気味が悪そうに見ていた。
「ど、どうしたんですか?」
「合格だ」
「え?」
「合格だ!!」
俺は、声を張り上げた。夜中とかそんなの関係ない!
「じゃ、じゃあ弟子に……」
「ああ、変な質問して悪かったな。あれは、忘れてくれ」
俺は頭を下げる。さっきまでは本当にどうかしてた。こっちに戻ってきて俺は大事なことを忘れていた。
いや、きっと魔王に会ってからだな。あの出来事は、俺の大事な物を忘れさせていた。
「では、すぐにでも修行を――」
「いや、待て。それは明日からだ」
今、夜の何時だと思っているんだ。さすがにこんな時間に修行は迷惑すぎる。
ていうか、すごく眠たいし。明日、小テストあるんだった。……諦めよう
「もう夜も遅いし、ヴァルハラに帰れ。修行は明日からだ」
俺は、帰るように促す。夜中に女の子一人で帰すのは危ないと思ったが、この辺には魔を持つものはいないから大丈夫だろう。唯一、危害を加えそうなのは人間だが、一般人なら返り討ちだ。
むしろ一般人が心配なぐらい。
なのに、フェルニカは動こうとしない。それどころか、勝手に俺のベットに寝ていた。そして、
「弟子と言えば住み込みですよね!!」
と、めちゃくちゃいい笑顔で言った。
は? は?