約束
約十年前、栃木県宇都宮市の東武百貨店女子トイレで、生まれたばかりの嬰児の遺体が発見されました。身元不明なため、宇都宮市が行旅死亡人として火葬し、遺骨は北山霊園の無縁故者納骨堂に安置しました。火葬に先立ち、福田富一宇都宮市長(現栃木県知事)は、嬰児に「林千尋」という名前を自らつけました。この物語は、その事実に基づいて執筆されています。
なお、嬰児が発見されたちょうど同じ時間帯に、東武百貨店前の交番前をうろうろする30歳前後の女性が目撃されています。この女性が嬰児を産み落とした母親で、交番に自首しようとしたのではないか、という憶測もありましたが、嬰児の母親も、嬰児自身の身元も、未だに判明していません。
真夏の北関東は盆地に熱が全部詰め込まれているような息苦しさだ。海がある地域なら、海風が多少は酷暑を和らげてくれもするが、内陸の海なし県はそうもいかない。
高橋亮介は、最近買い換えた大型のスクーター、T―MAXのスロットルを捻りながら、二輪車が涼しそうなのはあくまでイメージだとフルフェイスの中で汗をにじませていた。高速道路はまだしも、一般道路はどの速度でも風が温かいというか熱い。渋滞にはまると最悪だ。エンジンを股の間に抱えているので、まるで火鉢を抱いているような拷問に感じる。エンジンから湯気がもうもうと上がっているのだから、エアコンで涼んでいる四輪車からは同情の目で見られているのは間違いないだろう。せめて多少は開放的なジェットヘルメットにするべきだったと、亮介は今さら遅すぎる後悔をした。
お盆に故郷、宇都宮を訪れるのが亮介の恒例行事だった。里帰りということもあるが、それだけではない。毎年必ず顔を出している場所があるのだ。亮介はその場所に行く前必ず立ち寄るコンビニに行ったが、閉店していた。仕方なく少し離れた別のコンビニの駐車場にスクーターを停めた。
ペットボトルのジュース、適当なお菓子、線香を持ってレジに向かう。店内はやりすぎとも思えるほど冷房がかけられている。流れ続けている汗が一瞬止まったように感じたが、そうなると再び外に出るのがどうしようもなく億劫になる。
「あれ?」
レジに商品を差し出した際、店員が出した良く分からない声に、亮介は顔を上げた。視線をカウンターから徐々に上げていったから、まずは胸についているネームプレートの「大山」という文字が、続けてやや茶色に染めた髪を後ろにまとめた女の顔が目に入った。
「大山?」
「高橋くんだよね? 久しぶり!」
大山香代子は中学校の同級生だった。中学卒業から二十年経っているのに、見た目も大して変わっていないのですぐに彼女だと分かった。向こうも自分を認識しているということは、自分も大して成長していないのだろう。
「久しぶりだな、大山。こんなとこで会うなんて」
そこまで言って、後ろに客が並んでいることに気付いた。亮介は会計を済ませると香代子に片手を上げて店内を出た。再び三十五度を超す熱気。二十年ぶりの同級生との再会くらいでは、この暑さは少しもごまかされない。そういえば、大山は……そこまで考えて亮介は思考を停止した。もう、昔のことだ。
スクーターのシートを上げ、ヘルメットを出して購入した荷物を入れる。ヘルメットをかぶろうとしたちょうどその時、背後から予期せぬ声がかかった。
「高橋くんっ」
今にもかぶろうと、ちょうど頭上に高く上げたフルフェイスを、亮介はその位置で止めて後ろを振り返った。声の主が香代子であることは分かっていた。
「十分だけ待っててくれない? バイト、終わるから」
フルフェイスを持ち上げたまま、亮介はうなずいた。煙草をやめていなければ、こんな時に時間をつぶすのに困らなかったのに、と思いながら亮介はフルフェイスをとりあえずシートの上に置いた。
「ごめんね。忙しい? 平気?」
香代子はちょうどきっかり十分で出てきた。あらためて全身を見てみると、多少ふっくらとはしているが本当に二十年前と変わっていない。
「平気。ほんと偶然だね。こんなとこで会うなんて」
「うん……今東京なんだ?」
スクーターの品川ナンバーに目をやって香代子は言う。
「うん。里帰りと、あとちょっと用があって。大山は結婚してないんだ?」
「……してた」
「ごめん。俺もそうだ」
「うそ」
亮介は二十八で結婚したが、つい最近離婚したばかりだ。聞けば、香代子もほとんど同じタイミングで結婚離婚をしたという。子どもがいないのも同じだ。
「このスクーター何て言うの? 格好いいね!」
「お、よく分かるねえ。ヤマハのT―MAXだよ」
「何シーシー?」
「五三〇」
「へーすごいねー」
T―MAXは世界一美しいスクーターと言われることもある。マニュアル車のギアチェンジと半クラッチに疲れて乗り換えたのだが、峠道も速いし、意外と小回りもきくので、乗り換えが間違いではなかったと思っている。
「乗せてよ、ちょっとだけ」
「え? でも、ヘルメット一個しかないよ?」
「あたし、通勤原チャだから」
そう言うと、香代子は近くに止めてあった五十CCのスクーターのシートを開けて、ジェットヘルメットを取り出した。
「ちょっと用が一つだけあるから、付き合ってもらってもいい?」
「うん。あたしが邪魔じゃなきゃ何でも付き合うよ」
ヘルメットをかぶり終えた二人は、T―MAXのそれぞれのシートにまたがった。手をつかむ場所、タンデムグリップを香代子に教え、亮介は走り出した。思いもしなかったタンデムだが、あれほど気になっていた猛暑が、いつのまにかどうでも良くなってしまっていた。
毎年この時期に必ず宇都宮を訪れるのは、ある約束をしているからだ。約束をした相手はもうこの世にいない。正確に言うと、生きているその相手に会ったこともない。その相手とは、行旅死亡人と呼ばれる死体だった。
行旅死亡人とは、身元不明の死亡人だ。身元が判明しても引き取り手のいない死亡人も含まれる。火葬を行ってくれる人がいない死亡人は、市町村長が火葬を行うことが法律で決まっている。
東京に転職する前、亮介が宇都宮市の生活保護担当部署にいた際、一人の行旅死亡人を担当した。それは産まれたばかりの嬰児だった。臍の緒さえ付いたままで、駅ビルのトイレに産み落とされて息絶えていた。死体そのものは見ていない。警察が撮影した白黒写真だけだ。和式のトイレで、臍の緒を巻きつけながら仰向けで手足を広げて横たわり、笑っているようにさえ見えた。同僚の多くは気持ちが悪いと写真を見ることさえ嫌がったが、亮介は不思議とそう思わなかった。その子は母親を見て、笑ったのではないだろうか。この世に生まれて、唯一出会った自分以外の人間を見て――
結局嬰児の身元も、産み落とした母親の身元も判明しなかった。分かったのは、性別が女の子という事実だけだ。氏名不詳の嬰児に、市長は「林千尋」と名付けた。ちょうど千と千尋の神隠しが流行っていた頃だから、「林のように暗くうっそうとした場所でも、映画の千尋のように賢く生きていけるように」という願いを込めたそうだ。
千尋の骨は、骨壺など必要がないほど少なかった。「火垂るの墓」で節子の骨をドロップの缶に詰めるシーンがあるが、あれくらいの容器があれば十分な量だった。生活保護の担当なので、火葬や納骨に立ち会うことは何度もあったが、子どもを焼いたのはその一度きりだ。親に名前さえつけてもらえなかった千尋が余りにも不憫なので、亮介は彼女の産まれたお盆の時期に、彼女が眠る場所を訪れることにしていた。行旅死亡人は宇都宮北部、北山霊園の無縁故者納骨堂に眠っている。
北山霊園は雑木林に囲まれているので、熱気をだいぶ遮ってくれている。亮介はT―MAXを納骨堂の脇に停めた。ヘルメットをとり、簡単に香代子に説明する。
「ここに、赤ん坊の骨が眠ってるんだ。毎年この時期にここを訪れるのが、その赤ん坊との約束」
「そうなんだ……」
香代子は納骨堂を仰ぎ見た。白い壁に黒い瓦が重苦しい。千尋だけではない。五百人を超す骨がここに眠っている。身元が分かっているのに親族に引き取りを拒否された者もいるし、電車への飛び込み自殺で粉々になってしまった者もいる。
「あたしも、子ども出来たこと、あるんだよ」
まさか、千尋は香代子の……そこまで思って、馬鹿馬鹿しい考えを打ち消した。
「結婚して何年か経った時にやっと出来たんだけど、流産しちゃったの。それから中々出来なくてね」
離婚の原因はそれもあるのかもしれない。亮介は無言で思った。勤務時間が不規則な看護師の妻と、すれ違いが多くて耐えられなくなったのが亮介の方の原因だ。
ジュースとお菓子をそなえ、ジャケットのポケットから取り出したライターで線香に火をつけた。薄灰色になった前の線香の炭の上に置くと、炎と煙で蒸し暑さがぐっと増す。もう随分前に活けられたであろう花が、無残に萎れている。二人で並んで手を合わせる。
目をつむると、亮介には千尋の白黒写真が浮かんだ。笑っているのはやはり母親を見て、だと思う。千尋の母親にも、駅ビルのトイレで産み落とした理由があるのだろう。高校生くらいの歳でそうせざるを得なかったか、不倫相手の子どもを身ごもってしまったか。
「ねえ、聞いていい?」
香代子の声に、亮介は目を開けた。
「なに?」
「毎年ここに来てってその赤ん坊が言ったわけじゃないじゃない? でも、何で高橋くんは毎年来るの?」
考えもしなかった質問だ。確かに、千尋にとってはいい迷惑かもしれない。そっとしておいてほしいかもしれない。けれど、どうしても足が向かってしまうのだ。あれから十二年間欠かさず。
「難しい質問だね」
「ごめん、変な質問して。忘れて」
全然変な質問ではない。けれど、改めて聞かれると、中々答えが出ない。
「約束したんだ。ここに納骨する時に、毎年お盆には顔を出すって」
「そっか。優しいね、高橋くんは。約束をずっと守ってるんだから」
自分は優しいのだろうか。産まれてすぐに死んでしまった赤ん坊の元を毎年訪れる、その行為に酔っているだけではないだろうか。
「この後、時間大丈夫?」
「うん、平気。大山は?」
「あたしも。……あの、さ」
香代子は一旦言葉を切った。バイクでなければ、一緒に飲みにでも行きたかったと亮介は思った。香代子の言葉の続きを期待しながら、二十年前の記憶が途切れ途切れに思い浮かんできた。あまりいい思い出ばかりではなかった。
「あたしとの約束も、果たしてよ」
「え? 大山と約束なんかしたっけ?」
「忘れちゃったんだ。あーあ」
少し頬を膨らませた香代子は、三十五にしては可愛らしい。うなじを湿らせている汗が、彼女の女らしさを強調している。
「ミヤマクワガタ」
「あっ、思い出した!」
亮介にとっての香代子は、卒業アルバムの中の同級生の一人ではない。同じ剣道部で三年間クラスが一緒だったこともあり、放課後や休日にしょっちゅう遊びに行った。特に夏休み中は、ほとんど毎日虫捕りに行った。カブトムシやクワガタを捕って来て、喧嘩をさせて遊んだ。香代子は男勝りだったから、虫を触ることが平気だった。
カブトムシはどこにでもいて、一晩で百匹捕まえたこともある。クワガタは大きい順にノコギリクワガタ、コクワガタ、スジクワガタの三種類がいた。ノコギリクワガタの大型、九の字に歪曲した大あごが水牛の角に似ているので「スイギュウ」と呼んでいたが、それが捕れた時はお互いに見せびらかして自慢し合った。その年に捕れたスイギュウの最大記録を、毎年競っていた。中一の時は、六十八ミリくらいで亮介が、中二の時は、六十九ミリくらいで香代子が勝った。中三の時は、お互い七十ミリで引き分けになった。
「結局あたしたち、ミヤマクワガタ捕れなかったもんね」
「自転車で頑張って遠出したけどいなかったね。あのあとひどい筋肉痛でさー」
ほんのわずかだが、宇都宮にもミヤマクワガタは生息しているらしかった。人づてに色々な情報を仕入れて、二人で自転車に乗って一時間以上かけて何度も探しに行ったのだが、結局一度も捕れなかった。今はもう宇都宮にはいないだろう。ミヤマクワガタは暑さにめっぽう弱い。
「高橋くん、約束覚えてるでしょう? バイクの免許を取ってミヤマクワガタ捕りに連れてってくれるって」
「ああ。覚えてる」
十六で二輪の免許を取るつもりだったが、親が許してくれなかった。結局二輪の免許を取ったのは大学に入ってからだ。その頃にはもう香代子と連絡をとらなくなっていた。
「あたし、本気で楽しみにしてたんだけどなー。高橋くんにとっては、ミヤマクワガタなんてもうどうでもいいことなんだろうけど」
「そんなことないよ。行こう。ミヤマを捕りに」
フルフェイスをかぶった亮介を見て、香代子は良く分からない顔をして笑い、自分のヘルメットをかぶった。二十年以上前の約束を突然突きつけられ、どう対処していいか困惑する姿を香代子に見せたくなかったから、亮介はバイクで走り出すことを決めた。運転中は無言でも構わない。無言で考える時間が十分にある。
T―MAXの水冷直列二気筒エンジンは、タンデムでも加速に不足はない。長岡街道からR一二三に入り、亮介は東を目指す。宇都宮を抜けると高い建物が少なくなり、田園地帯とそれを囲むように雑木林が目立ってくる。
「ばしょ、わかるのー!」
信号待ちをしている際、香代子が馬鹿でかい声で話しかけてきた。フルフェイスをかぶっていると相当な大声でなければ聞こえない。
「へいき! へいき!」
精一杯に怒鳴ったが、香代子と違って口まで覆われたフルフェイスだから、聞こえたかどうかは分からない。
ミヤマクワガタ捕りに連れて行く約束をした後、中三の夏休みが終わって少ししてから、香代子と二人では遊ばなくなった。いつも二人で森や林に行っている亮介と香代子が、付き合っていると噂され出したのだ。人目につかないところで、キスとか、それ以上のことをしていると。根も葉もない噂など香代子は全く気にしなかったが、亮介は違った。今まで女とさえ思っていなかった香代子を、急に異性として意識するようになってしまった。変な噂をたてられるのは嫌だった。別にやましいことをしているわけではないのだから、きっぱりと噂を否定すればいいのに、できなかった。要するに、亮介の方が香代子よりもずっとずっと子供だったのだ。
香代子の誘いを、亮介は断るようになった。放課後も休日も会うことを拒んだ。それどころか、学校で話しかけられても無視するようになった。そうしてそのまま中学を卒業し、別々の高校に進学し、今日はそれ以来の再開ということになる。
いつのまにか、香代子の腕が自分の腰に巻かれていることに、亮介は気付いた。年相応に膨らんだ胸を薄いメッシュジャケットごしに感じる。本当は、タンデマーは身体を起こしてタンデムグリップを握った方が安全なのだが、亮介は指摘しなかった。二十年前に、あれだけ冷たい仕打ちをしたんだから、香代子のやることに文句をつける資格は自分にないと思った。香代子は自分を許してくれるのだろうか。クワガタ捕りの約束を果たすだけで許してくれるのだろうか。身体を密着させているせいで、たまにお互いのヘルメット同士が当たった。香代子に後ろから小突かれている気がした。
適当な林の前で、亮介はスクーターを停めた。コナラの林だ。近くに田んぼの用水路もあり、湿り気がちょうどいい。林の下草はきちんと管理されていて、風通しも良さそうだ。樹液の匂いもするし、ルリタテハが舞っているのも見える。ルリタテハは樹液を吸う蝶だから、この辺りに必ず樹液が出る樹がある。下草のところどころに踏まれた跡があるのは、採集者が定期的に訪れていることを示している。
ミヤマクワガタが捕りたくて、二人で図書館巡りをして徹底的に調べた。二十年経ってもその知識は消えていない。
「ここ、どの辺り? さっき益子を通ったのは分かったけど」
「茂木。ツインリンクもてぎの近く。前にツインリンクに来た時に、ミヤマの死骸を見つけたんだ」
適当な太さのコナラを、亮介は蹴り飛ばした。すぐに大きな落下音がする。仰向けに寝転がった大型のクワガタが目に入った。
「すごい、簡単に見つかっちゃったね。虫捕りの勘、衰えてないよ」
ヘルメットをかぶったままで笑いながら、香代子は転がっているクワガタを拾い上げた。後頭部の盛り上がりと背中の薄い毛。ミヤマクワガタのオスに間違いない。後頭部の盛り上がりを指でなぞりながら、香代子はゆっくりと口を開けた。
「七十ミリはあるね……本当は、見つかってほしくなかった」
「え?」
「だって、見つからなかったら、見つかるまで何度も何度も連れて来てくれるでしょう? 高橋くん、必ず約束守ってくれるから」
「……」
約束って言ったって、二十年間忘れてたんだぜ? その言葉は声にならなかった。
香代子はミヤマクワガタをコナラの幹につかまらせた。大型の個体だから、悠々と樹上に上がっていく。二十年前、あんなに熱中したミヤマクワガタ探しが、こんな呆気ない終わり方なのが亮介には信じられなかった。
「……ごめん。帰ろう。ありがとう、あたしのわがまま聞いてくれて」
何も言えなかった。何も言葉をかけてあげられなかった。うろたえる表情を悟られないように、亮介はフルフェイスをかぶった。謝るのは俺の方だろう。無視したり、誘いを断ったり、彼女の純粋な気持ちをどれだけ傷つけたか分からない。こんな虫一匹見つけてやっただけで、自分の罪が消えるわけがない。謝らなきゃいけない。とにかく謝らなきゃ。けれど、どうしても言葉が出てこなかった。適切な言葉をいくら探しても、どうしても見つからなかった。ありふれた謝罪の言葉では、彼女に対して失礼だと思えた。香代子はタンデムグリップを握って身体を起こしている。さっきのように抱きついてほしかった。せめてそれくらいのわがままはしてほしかった。
行きに比べて、帰りは嘘のように早い。既に香代子と会ったコンビニが見える辺りまで来ていた。ちょうどその時だ――
「あっ」
亮介の叫び声は、走行中なのでおそらく香代子には聞こえていないだろう。次の赤信号が待ち遠しかった。たった今思いついたことを早く言ってやりたかった。
赤信号で停車すると、亮介はフルフェイスのシールドを跳ね上げ、ありったけの大声を出した。
「ばれんたいんの、おかえし! まだ、かえしてない!」
「え! なに!」
「ばれんたいんだよ! ちゅうさんの、ばれんたいん!」
「ああ!」
中学三年のバレンタインデー、下駄箱に香代子からのチョコが入っていた。他の生徒に見つからないように自宅に帰って開けてみると、手作りのチョコレートと手紙が入っていた。確か、仲直りがしたいというようなことが書いてあった。勿論、亮介はお返しなどあげなかった。
「ぜったい! おかえし! するからな! やくそく!」
後ろの車からのクラクションで、信号が青に変わったことを知った。香代子が勢いをつけて抱きついてきたので一瞬ふらついたが、亮介はアクセルを捻って走り出した。
林千尋は今でも北山霊園の無縁故者納骨堂に眠っています。お近くにお寄りの際は、是非線香の一本でもあげていただけると彼女も寂しがらずに済むでしょう。