考えてから書くべきか、書きながら考えるべきか
書き出しのイメージは固まっている。ところがそれを小説の文章にしようと思うと。書いては直し、直しては書いて、なかなか進まない。日頃、日記やエッセイのようなものばかり書いているせいか、小説として堪える文章というものがどういったものなのか分からず、これでいいのかこうしたほうがいいのではないか、と不安で仕方がない。
本格的に学ぶ…というモチベーションは「私」にはまだない。ここだけの話、自分の書いたものは自分では気に入っているのである。出来不出来は置いておいて。
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「回復役は後ろから安全に魔法を使ってるだけだから、分け前は少なくて当然だよな」
ついに来たか。思ったのはそれだった。
パーティーのリーダーであり、目を仄暗くギラつかせた男が、依頼達成の報酬を手に言う。場所は冒険者ギルドの1階、ロビー。依頼の報酬を受け取り、邪魔にならないよう隅のほうで集まっている。私達は男女比3対1の4人パーティーた。
「………」
でもこれを機に、一時的に男3人組になるだろう。唯一の女性であり回復役である私が抜けることになるから。…はぁ、と諦めの気持ちを息に混ぜ込んで吐く。自分を見下ろしている男の目をチラリと見る。端的に言うと濁っていた。前はこんな人ではなかったのにな。他の2人を見回しても、当然だという表情を浮かべているだけで、残念な気持ちが大きくなる。
「それがパーティーの意向なのね?」
私の意志は聞かれもしなかったけど、どのみち多数決で同じ結果になっただろう。それでも、聞いてくれるのとくれないのとでは違う。聞いてくれていれば、パーティー残留の道もあったかもしれないのに。いや、それはないか。
もうずっと、言い出されたら抜けようと思っていた。こちらから提案や相談することもできたはずなのに、しなかったのはつまり、そういうことなんだろう。
「もちろん回復はありがたいと思ってるさ。でも遺跡やダンジョンに潜るのとは違う街周辺の依頼じゃ回復なんていらないことも多いし、それでいて攻撃役の俺たちは武器や防具の手入れに金がかかるんだ。お前だって前にそういって少なくていいって言ったじゃねえか」
言い訳するとき特有の、よく回る口が責めるように言う。他の2人も武器を使った攻撃方法だから、彼を援護するように何度も頷いている。
確かに、言った。それは敵が溶解性粘液を飛ばしてくる種類だったときに。金属を簡単に溶かしたりはしなかったけど、剣の持ち手や防具のつなぎ目にけっこうな損傷があって。彼らは攻撃をしつつも私に粘液が飛んでこないようにと気を遣ってくれていた。だから感謝の気持ちと、そうすることが当然だと思ったから、自分から報酬は少なめでいいと言ったわけで。
「強要されるのは、受け入れられないわ」
金額の問題ではなくて。これを受けてしまったら、今後何かにつけて不利益を被るだろう。なによりも、信頼関係の問題だ。一方的に決定を押し付けてくる相手を私はもう信頼できない。それが間違ってはいないことだったとしても。
駆け出し同士で組んだ2人きりのときからずっと、報酬は等分と決めていた。それが最初の一件で味をしめたのだろう。あるいは当初から不満だったのかもしれない。けれど回復役だって魔力回復薬や呪文の購入にお金がかかる。それに、携帯食を差し入れしたりと穴埋めはしていたつもりだった。
「……っ」
リーダーの顔が不愉快そうに歪んだ。これも最近よく感じていた。彼は私のことを下に見ているのではないかと。ろくな攻撃手段を持たない弱い女性回復役を守ってやっている…と思っているのではないかと。そんなお前が俺に逆らうんじゃねえよと。
他の2人よりも付き合いの長い彼は、私のことを女だと思っている素振りは見せないけれど、たまに、自分のほうが上だというような言動をする。
「いままでありがとう。今回の私の分の報酬はみんなで使って。聞き分けのいい回復役が見つかるといいわね」
言い捨てて、捕まらないうちにさっさとギルドの受付で脱退申込みをする。騒いでいたわけではないから注目されてはいなかったけど、いつまでも解散しない私達を受付の人は気にしていたらしい。報酬の分配で揉めたと理由を言えば、よくあることだから気を落とさずにと受理してくれた。
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休み休み文章を進めていた「私」は、ひとまずのところで切り上げた。
この後の大まかな流れとしては、回復役がソロ活動する様子、パーティーを組んでもらえない駆け出し防御役を拾う、2人でちまちま依頼をこなす、似たような境遇の仲間が増えていく、といった大変ふんわりしたものだ。詳細は一切未定。
それどころか登場人物像すらふんわりしているので、地の文が「私」の語りに引きずられているところもある。もちろん名前も決まっていない。名前を考えるのも苦手なので、なにかをもじってつけようと思う。調理器具とか。
生い立ちなども特に決まっていないので、どういう行動をとるかなど、迷ってしまう。今書いた部分と矛盾しないような設定を考えなければなぁ。
物語を書くために、設定しなければいけないこと。設定してあったほうが書きやすいこと。それを考えるだけで、かなりの時間がかかりそうだ。大陸や国、街、文化、制度、事象…。世界を創るとは、大変なことなのだなぁ。
設定し終わってから書き始めようと思ったら、いつまでも書き始められないのではないだろうか。しかし後から設定するのは、矛盾を生まないことも考慮しなければならず難易度が上がってしまうのではないか。とはいえ習うより慣れろとも言うし。
考えてから書くべきか、書きながら考えるべきか。悩ましいところである。