雌猫と魔力
ハーレム化、しないと良いなぁ…頑張れ朴念仁!
雌…そうだ、女のことだ。そして私は男だったはずだ…
転生して種族が変わり、更には性別まで変わるのか…
どこまで私は私から逸れていくのか…少し鬱に為りそうだ
「自虐的になるのは良いが、成り行きがわからないこちらとしては何と声をかければいいのか解らず辛いものがあるぞ?」
心配そうに見つめてくる視線。大きな眼に見つめられると見透かされているような感じになりそうだ
実際思考は駄々漏れになっているのだから間違いじゃない
(いや、まあ、うん。運命に裏切られたのを実感していただけだ…済まないな)
声に出さず頭で思考を練り伝えるように強く思う。前に無魔法で編み出した念会話の応用だ…狼には通じなかったが龍さんには通じるだろう
「ならいいのだが…自分の性別さえ見失う程の相手に教えるのが不安になるな」
(ちょっと、自分の出来る事出来ない事の判断を先にしていたからな。狼に邪魔される事や睡魔に負ける事も多かった所為もあり思ったより確認出来ていないのだよ)
普通はまず見た目の確認をするのだろうか? この姿になって性の疑問などする気もしなかった
「確認、か。まるで違うものだった風な言い方だ…転生といったか」
(隠すわけじゃないが。軽く言えない秘密もあるということは察してくれ)
「ん、仕方あるまい。言いたくない者に対しごり押しなどせぬよ…では、魔力の制御を教えるとしようか」
(師、宜しく頼む)
「まず、御主の魔力を量るとしよう」
魔力の制御というものは意外と厄介なもので己の魔力の総量を知らない限りは難しいらしい。自分の魔力の総量など魔術が使えない今では量ることは困難を極める作業になると思えた
(………どうやって?)
「ふむ、普通なら魔力枯渇を前提に量るのが良いのだが。御主でそれを考えるととんでもない事になりそうなのでな。こちらで魔力を送るようにしよう」
確かに今の状態で発情的になっているのだから魔力枯渇ほどの魔力を発散したら地域規模以上で何か異常になりそうだ
(……魔力を送る?)
龍さんの魔力を私に注ぎ濃くという事なのだろうか?
「質問ばかりだな…まあ、いい。こちらの魔力を御主に通して判断するということだ…面倒になるから逃げるなよ?」
…通す? それはつまり、こちらに魔力を放つという事で…もう既に目の前に一筋の魔力が見えるのだが…?
(え、ちょっと、待て、余裕が!?)
閃光のような光の中、目を開けるとそれは辺り一面に花が咲き乱れている光景だった
太陽の光は燦々と輝いているが暑さは無く、風も穏やかに流れている
なんだろうか、とても心地よい。これが天国なのだろうか……
「ぉい、聞こえているか!?」
ふと、耳に音が響いた。辺りの情景が全て崩れていくような感覚にとらわれた
(ぁ、ぁあ。花畑が見えた気がする)
「………無事で何よりだ」
龍さんは少し不安げな眼をこちらに向けていた
(……何かあった?)
「魔力酔いと魔力多量摂取による魔力負荷が重なって錯乱していたようだった。ふらふらと踊っているように見えたからな」
成程。先程の夢心地は錯乱状態だったのか…危ういな。あのような状態が頻繁に続けば囚われてしまいそうだ
(酔ったのか。複雑だ……そういえば、結果はどうだった?)
「わからん」
断言された。良く見ると不安げというよりは困ったような眼だった
(は?)
「こちらの魔力を送っても御主の底は見えなかった。底が見えないということは総量など量りきれるはずも無い…想定外だな」
想定外。こちらも想定外だ
(………凄いのか、拙いのか)
「どちらもだ。底が知れない魔力を完全に制御する術など私が知っているわけが無い。困ったな」
ちょっと待て。それはつまり、私はこれからずっと発情しているような魔力を身に纏い続けるということか…?
(かなり、拙い?)
「うむ。拙いも拙い。辛うじて可能性のある方法はあるが…勧めることは出来ないぞ」
(もったいぶらずに言ってくれ。今のまま狼や他の動物に獲物として狩の対象となり続けるのは私とて耐えられないだろうから)
「………一度、冬眠と同じ状態…仮死状態になれば。上手く行けば魔力の総量を超えて自分に負担が掛かる前に魔力を制御する為に本能が働く。一歩間違えれば死の世界だ」
(それでいい。そうしよう)
「……いいのか? 死を恐れないのか?」
即答した私に驚いたようで…不思議そうに瞬きをしていた
あ、龍が瞬きすると意外と可愛らしく見えるものなのだな。爬虫類好きの気持ちがほんの少し理解できたかもしれない
(一度死んだ身だしな。今更怖がるのは私の意思に反する)
もう、隠す事も無いだろう。私はすっぱりと言った
「…解った。私に任せておけ。一歩行ってしまったらその時はあの世で会おうか」
そんな私の心情を読み取ったのだろう。呆れたような、苦笑いしたような表情が浮かんだ
そして、時を待たずして湖全体に魔力、冷たい魔力が渦巻き始めた
(ん、楽しみにしないで待っているさ)
それは承諾の意。師に全て任せよう…これで耐えられないのならメリッサには悪いが私には荷が重すぎたという事だ
その時は妹女神、貴女を助けられなくて申し訳ない…と
私の世界は一瞬にして白く、そして黒く姿を変えた
目を開けると世界は暗くなっていた
いや、今覚醒したばかりで意識があったわけではない。記憶と照らし合わせて暗い、という表現になると判断した
つまり、今は帳が落ちた夜なのだろう…
……どうやら私は生き残ったらしい
ただ、今の現状が全然把握できない
……凍った湖の上に女性に抱かれる猫それが今の私だ
ちょっとまて。何なんだ今のこの状態
凍った湖はまだ良い。猫なのも仕方がない
……この女性。誰だ?
「ふぅ、やっと起きたか。死んだかと思ったぞ」
ほっとした意が入っているだろう声がその女性から漏れた
何だろう、とても暖かい、眼差しなのだが…
(ぁ、うん…ぇ? ぇぇぇぇ??)
その口調、その声…もしや?
「それで間違ってはいない。御主のいう「龍さん」と…なるのかね?」
あははは……はぁ。今まで申し訳ない。男…いや、雄だと思っていたよ
私もよく言われたが口調で判断は難しいな…見た目で判断がつかない相手なら更に厳しい…っと、言い訳じゃない、済まない
「謝ってばかりだな。別に構わないさ…私と対等に話す事が出来る相手なぞ殆ど居ないから寧ろ感謝しておるよ」
や、ね。そう暖かく微笑まれるとこっちとしてはとても恥ずかしいんだよ
龍さんの見た目は妙齢の美人という言葉がしっくり来る姿だ
長く青い髪は凍った水面に反射された月光を纏うように微かに輝いているように感じ、白い肌は絹のようだ。顔はいうまでもなく…拙いな。女性を褒める事に慣れていない所為か語彙が足らない……
「じっとこちらを見るのはいいが、ちょっと恥ずかしいぞ………と、何とか上手くいったみたいだな」
少し頬が赤く染まったような…いや、気のせいにしよう。今の私は雌だ
(……ん。魔力が落ち着いているのが解る、な)
つい先日までの自分を思い出すと駄々漏れだったのだという事が実感できてしまうくらいの今の魔力の落ち着きようだ。本能が何かしたのだろう…全く自分には記憶がない
「それは何よりだ。で、魔力を制御して、おぬしは何処に行く?」
(……どうして?)
「御主のようなものがここに留まる理由が無いだろうに。私と逢えなくて寂しいというのなら有難いがな」
微笑みに寂しさが翳る。本当に話し相手…理解者が居なかったのだろうな。獣で言葉が話せる相手が居たとしても龍の気配に負けるだろう…横に並べるのは同等の者か、理解していない愚者か
(私は愚者だとは思うがな…留まる理由は無いが、確かに寂しくなるか…いや、忘れてくれ)
「ふふ、忘れておこうか…と、私からの餞別だ。今のこの姿は魔力の使い方の応用なのだが、覚えておいた方が良いだろう?」
絶対忘れない、そう言っている笑みに私は苦笑で返した。それより、魔力で人型になれるものなのだな
(まるで私の行き先が解ってるような言い方だな…まあ、もう解っているか)
私が仮眠前に言った事は、忘れてくれてはいないようだ
「転生、一度死んだ。つまりそういうことなのだろう? 友の事だ、深くは聞くまいよ」
(……………………)
こんな良いとはいえない運命に操られている私にとって、このような友との巡り会わせがあるということはなんて贅沢な事で。己の事ばかりの私に……友は優しすぎる
「…………因みに私の名前は師でもなければ友でもない。龍さんでもない……シルヴィエルという。皇龍という名前が知られてはいるらしいがな」
…その時の私は別段驚かなかった。後になって驚くかもしれないが。今は友が皇龍だろうがあまり気になることは無い
(そうか…今まで悪かった、シルヴィ)
「いきなり略すな、この御馬鹿猫……」
戸惑われても。御馬鹿猫はあまりだと思うのだが…
(そういえばこっちも名乗っていなかったな。フィンだ…これでもシルヴィかエルかどちらにしようか悩んだんだぞ)
「…どちらでも良いさ。では、フィン。私が少し休むから後はお願いしよう」
言うのが早く、コテン、と倒れたシルヴィ。抱かれたままの私は離れようとするのだがいかんせん力で勝てない。だといって私のことで疲れている友を起こす事も出来ない……辺りの凍った冷気でやけに寒く感じるんだが…もしや私は暖房代わりか?
(………どうしろというんだ!?)