服装と隠蔽
ちょっと短いかもしれないです
私は今、人形となっている
いや、実際に体が動かないわけじゃない。手足や頭は普通に動き言葉も発する事が可能だ
では何故人形なのか。人形は人形でも着せ替え人形というものをご存知だろうか。人形に服を文字通り着せ替えて遊ぶ少女達の遊戯らしい…私はこの度初めて知った
もう目の前にある服の数は2桁を超えてしまった。私が着替えさせられた服の数だ…まともな服が欲しいといったはずなのだがどうも彼女は曲解したらしく、華美な装飾が付いたものや貴族の間でしか着ないだろうと思われるドレスを持ってこられた。着てはみたがやはり間違っていると思うのだが
「うん、何を着させても可愛いわよ?」
この調子だ。何を着てもではなく着させてもというのが彼女らしく、私が人形になっている要因でもある。借りてきた猫の気持ちがわかるというものだ
「そういえば、侍女の方はどうなされたんですか?」
この量を彼女が全て運んできたのだから違和感がある。これは侍女が準備するものだろう
「あ、レミスは魔力欠乏症で倒れてるわよ。でも心配はしなくていいわ、貴女への罠術で全力を出し切って悦に入った顔をして倒れていたから…もしかしたら貴女の裸を見てそうなったのかもしれないけど」
ふふ、と笑みを浮かべる彼女に私は納得し心配は不要だと確信し苦笑を浮かべた。しかし、やはりというか魔力の制御を離れたらワンピースは消えてしまったのか…そういえば尻尾を元に戻そうとしたはずだが今はどうなっているのだろうか
「…………尾の事が気になる? やっぱり貴女、私達にまだ隠してる…違うわね。まだ話していないことがあるでしょう?」
尻の方を確認しようと手を動かそうとしたのが分かったのだろう。呪いのせいか動きがゆっくりになっているのが追い討ちをかけているようだ
「……そうですね。隠している事はありませんよ」
気付かれているのは百も承知だ。そして尻尾の様子を確認してみたが、耐えている途中で解除した為か尻尾が3本出ている…見られているのだろうな、と。がくっと肩が落ちたのが自分でも分かるほどだった
「……本当に誤魔化すのが下手ね。まあ、証拠は見ちゃっているわけだから言い逃れは出来ないわよ。それと私を巻き込むかも云々という考えを持っているのだとしたら捨てなさいね…そんなに私が信用できないかしら?」
何故か子供をあやすように腰を下ろして、私の顔を真向かいに見つめあうような高さで止まる彼女。私は一応は大人なんだが…この見た目で強く言えないのが弱いところだ
「信用はしています。私が話さないのは巻き込むとかではなく、内容が内容だからです…あと、尾の事でしたら言えない事ではないので大丈夫ですよ」
真直に見据えて言葉を返す。流石に堕ちた女神のことはいう気にはなれない。多分女神…メリッサも話を広げたくはないだろう。そういえば女神の力があるらしいが私には良く分からない…魔力との違いも分からないから既に何かしら使っている可能性すらある
「…ま、仕方ないわね。それ程重い話は私も望んでいるわけじゃないし。なら、単純に質問よ…貴女、尾は実際は何本あるのかしら?」
「9本です。見たいのですか?」
数は問題なのだろうか? 彼女は視線を外すと腰を上げて元の高さに戻る。実際今の身長差は大人と子供ほどはあるだろう
「9本…九尾の猫よね、それ…伝説級の魔獣じゃない。人化したまま出来るのなら見せてもらえるかしら?」
九尾の猫…狐よりはかなり知名度は低いと思うのだが、どうだろうか。多分伝記や物語に辛うじて出るくらいだろう。魔獣といえば見た目の迫力や強大な力を持ったものが代表として扱われる為猫などの部類は物語の隙間のような扱いかもしれない
別段見せて困るわけではない。街中でなれば問題にはなるがここには彼女だけだ。彼女が珍しいものを直ぐ言触らす様な輩と一緒とは認識したくはない
目を瞑り集中し…私の中で形をとる人の姿から尾を表すように形を変えていく。ふと、出てきた尾の数は8しかなかった…ああ、そういうことか
「はい。分かりました……あ。どうやら人化の維持に1つ使われているようです。この姿では8尾です」
どうやら人化するために猫の尾を1つ使用している形らしい。という事はやはり人化の状態より猫そのものの時の方が使うことの出来る魔力が高いということになる。今着ているスカートの中から尾がわらわらと出ているのが視界の端からでも確認できた。これはあまりスカートを穿くのは止した方がいい気がする。隠す努力も必要だ
「……実際に見てみると壮観ね、うねうねしてじっと見つめていられるものではないけど。で、その状態で魔力はどのくらいなのかしら? きっと貴女の事だから抑えてあるんでしょう?」
じっと私の臀部のほうを見ている彼女。あまり見られるとそれはそれで困るのだが…こちらの羞恥心というものにも気を配って欲しい
「…そうですね。元の私の魔力を基準にして尾1つで数倍といったところでしょうか?」
「となると貴女今前の魔力の十倍以上…結構なものだわ、私と互角程になっているかもしれないわね」
実際前の魔力では手も足も出ないほどの魔力差だったことは覚えている。私は足りない魔力を技術で補い、彼女は天性の才能で、2人とも全ての基礎魔術をマスターした。あれから彼女自身も魔術の陣を考えたりする事はあるようだが、今はどうなのだろうか
ちなみに、私が尾1つで数倍としたのは適当であり、確かな魔力など分かるわけがない
「いえ…言い辛いことですが、私が猫になってから魔力の底を確認したことがあります。その時の測定結果は底無しでした…私は魔力を量ることが出来ないようです」
「………それが本当だとしたら、まさに人外ね」
本気で呆れては居ないのだろうと思う。このくらいで呆れていたら宰相など勤まっていたわけがない…それに口ではそう言えど手は次に着せられる服を選んでいるというのは話半分なのだろうな
「人外ですから。この姿で私は人ですと勘違いはしませんよ。それくらいは分かっているつもりです」
これは私が転生してから悩みに悩んだ挙句辿り着いた答えだ。例え人化したところでもう私は「人」ではない。それはこの先ずっと私を縛るものだろう。けれど、私からしてみたら与えられるはずの無かった2度目の生で新たな道があるのならそれはそれで良いのではないかと思う。少し楽観的過ぎやしないかと時折自分でも不安にはなるが、きっとこれが私なのだ
「まあ、人でも人外でもフィンはフィンよね。変わらなくて何よりだわ」
ポツリと告げた彼女の言葉が、やけに優しく感じられた
だが、その後着せ替え人形として数日過ごす羽目になったのは優しさではないのだろう
結局私は何を着れば良いのだろうか?
次回から、少しずつ話しが繋がっていきます