記憶と戸惑
何とか2日間隔…
屋敷から出て暫しの歩き。方向感覚は相当鈍っているようで森から脱出するのに数刻も掛かってしまった
この森は瘴気の森とは違い魔獣の類は余り居なかったはず。現に森から出る間に逢った生物は野生の狼や鳥達、鹿の部類くらいしか無い
森から出た私を待ち受けていたのは鮮明な光…強烈な陽光だった。上を向いたら目が痛いのは分かっていたのだが、つい、な
(………ようやく人里の近くに辿り着いたという事なのか)
森のどのあたりから抜けたのか余り分かっていない今、遠くに見える開けた道を考えると正解だったのかとも思える
(しかし、この姿で街外の街道を歩くのは…)
白い猫が街から街を繋ぐ街道を歩いている光景……いや、有りかもしれないな。今考えたのだがそこまで違和感を感じなかった。私は飼い猫でもないし、いざとなったら走れば良い事か
と、ちょっと待った。今の私は猫だが尻尾が多いな……これどうやって仕舞えばいい。魔獣と分かられるのは危険すぎる
(人化と同じ要領で上手く行く…か?)
教わっておけばよかったか、とは後の祭り。街道に向かう前に変えておかなければ討伐対象間違いない。出来る出来ない、ではなく行うしかなかった
体の中に魔力を形作り…よく見れば今の時点で既に猫の形になっている事に気付く。魔力制御のおかげだな。有難い…猫の尻尾を1本に変えるよう形を変えていく
(こんな感じ…だろうか)
魔力を操作すると僅かな光と共に尻尾は1本しか見えなくなった。どうやら成功のようだ。僅かに魔力が漏れたかもしれないがこれくらいなら余程の事が無い限りは気付かれないはずだと思おう
街道を歩くにつれて、人が疎らに見えるようになって来た。一度道を外れるようにし、佇む。近付いたら上を向かないと顔などは判断できないが遠くに見える場合なら対象の判断は容易いからだ
馬車に乗った商人や兵士のような姿。良く分からない軽装をしているのは旅人だろうか。そういえば私は余りこうやって人を眺めるという事をしたことが無い。城と家と街中を移動しているだけの生活だったからだな…眺めているのも悪くない
(……皆、普通に生活をしているのだな)
道から外れた場所でぼんやりと行き交う人を眺める。他の人の当たり前の行動を見ているだけで時間が過ぎるのを忘れてしまう…暖かい陽光もあり、段々とまどろみが近付いてきていた
(…いや、流石にここで寝るのは警戒心が薄すぎるだろうよ)
「っゃぁ~」
うとうととし始めた体を伸ばし。声が漏れても気にしない、どうせ猫だ、気まぐれなのだよ
あと、行き交う人の目がこちらを向いていたのは気のせいと思おう。猫など珍しいものでもないだろうに
そのまま、人々が行き交う方向へと足を進めていく。街道で人の流れが多くなる場所というのはそのまま街が近い証拠でもあるからだ
一刻もしないまま、街に着いた。城壁の町…こんな街はあっただろうか? 王国内で私の記憶内にこのような街は存在しなかった
入り口には兵士と思われる姿が複数…おや。私が知っている王国の鎧じゃないな、これは聖教国の物に近い…もしや、森の出口そのままに聖教国側に出てしまったということか
(…まあ、仕方ない)
一度自分の家と国都がどのようになったかの確認に行きたかったのだが…順番が逆になりそうだ。こちらで用があるとすれば……
("念話"が出来れば…詠唱も印も無くできる筈なんだが…怖いな)
念話。これは私が作った魔術の一つだ。内容は至極簡単、契約した対象同士ならば離れていても会話が出来る。そして声を出さずに頭で思う会話を行う事ができる…シルヴィの思考読取に限定をかけた感じだな。基本相手に伝えたい事しか聞こえないはずだが感情的になるとずるずると思考が駄々漏れになるという改良の余地がある魔術だ…暇が出来たら考えようか
何故、怖いというのかは。契約した対象が相手の事を忘れてしまった場合、繋がらなくなる…今更だが、忘れられるというのは怖い。唯一無二の親友と呼べる相手だというのに
(悩んでいても仕方ないか……"念話:壱")
街の外を歩きながら試しに頭で思い描いてみた。街の中に入らない強い理由は特にはないが、野良猫の身としては外のほうが良いだろうと思ってのことだ。
(……おや、繋がりはするのだな。では『セラ、聞こえるか?』)
忘れられていない事に笑みが浮かびそうになる。しかし、呼びかけに返事が返ってこない…のには苦笑いしかない。猫の表情なぞ傍から見て分かるわけが無いのだから良いが、分かるものが居たら怪訝に思っただろう
(……この明るさで寝てるのか? まあ、いいか…『とりあえず話があるのでそちらの屋敷に向かうことにするよ。屋敷の位置が変わっていないことを祈る』)
序でに付けていた伝言機能。私も彼女も職柄暇が中々取れなかったこともありこの機能は重宝した記憶がある……今でも多忙なのだろうか
連絡が取れなかったこともあり仕方なしに街の中に入る私だった。門番は猫を止めようとは思わないらしい…素通りだった。猫に変身する魔術師が居たとしたら街を守るのは不可能だな
時折視線を感じるが別段街中で猫が珍しいというわけでもないだろう。通りの中央を歩いているわけでもない。きょろきょろしている姿は珍しいのかもしれないが…人目につかないほうへ行ったほうが良いか
ところで、私は野良猫に値するのだと思うが…雄猫につけられているのはどうなのだろう?脇道に入った途端気配が増えたのも……余り心地良いものではない
「にゃぁ?」
(何か、用でも?)
振り向くと雄猫は3匹に増えていた。近くに1つ気配がするから4匹だ
「にゃるぅ……」
(お前、この街で見ない顔だな…)
3匹の中、中央に居る猫…一番体が大きい猫から聞こえた。やはり猫語、猫には通じるようだ…これは良い発見かもしれないな
「にゃ…にゃぅぅ」
(先程入った。旅猫なので気にしないでくれると助かる)
思ったことを告げるだけなのだが、気に食わなかったらしい…シャーシャーと威嚇する声が聞こえてきた
「にゃ~ぉ~ぉ~ぅ゛~」
(ここは俺の縄張りだ…俺の雌になるなら見逃そう)
ごろつき猫だったか。そんなこの白猫の姿は雄猫に魅力に映るのだろうか? まあ、気にする事でもない
「に゛ゃ」
(断る)
私の言葉が合図になったようだ。猫達、後ろにいたのも含め4匹が飛び掛ってくるのが見えた……狼より遅いのだけどな
私はひょいと近くの壁に飛び乗るように跳ねた。猫達は追う様に壁に飛んでくる…無理だぞ、普通は……大猫以外壁に激突して落ちていた。それでも戦意は失ってないようだ
(私が手を出したら…惨殺猫死体が出来上がるのが目に見えているからな…どうしたものか)
私の力は笑ってしまうほど高い。身体能力自体が魔獣基準の中でもかなり高位置にいることは瘴気の森で理解はしていた…普通の猫相手にどうすればいいのか
悩んでいるのは一瞬。大猫はすぐ近くに………前足を振り上げているのが見える。咄嗟に前足をこちらも揃えて動いてしまった
「に゛ゃぁ~!!」
(ギャァァ~~~!!)
しまった、と思ったときには大猫の前足は吹き飛んでいた。悲痛な鳴声が辺りに響いた…抉り取られたような痕が猫の前足に残っている
片方の前足を失った猫は戦意を喪失したようで弱くなった鳴声毎すごすごと脇道の奥へと逃げていった。他の猫も姿を消した様だ…まあ、自業自得といってあげればよかったのだろうか? 私も魔力の制御が上手くなったものだ
その後脇道を巡り、大通りに戻るまで数回猫に遭遇したが特に問題は起こらなかった…どうも危険な香りがするらしい。血の匂いかもしれない…あとで水場を探そうか
大通りは既に人の行き来は疎らになっていた。辺りが暗くなり始めたのも理由だろう…そういえば私は何処で寝ればいい? 今までは人の気配がない場所で過ごしていたからか気にもしなかったが街の中ではそうも言ってはいられない。猫の縄張りもあるだろう…縄張りでもなく街の外でもない位置か…
結局思い浮かばず、街の門が閉まる前に駆け足で街外に出て行ったのは仕方の無い事だった
2~3千文字で頑張ります
(修正)指摘有難うございました