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Dreaming of ice in the regolith

作者: 花黒子
掲載日:2026/07/15


『ああ、うん。なんか振り込まれているな』

 自分の仕事より宇宙農家の方が稼げる現実を見て、普通に腹がたった。

 画面の向こうにいるサトウキビ農家は今年分は稼いでしまい、後はのん気に犬を撫でながらゲームをやるのだとか。羨ましいったらない。


「地道に努力して稼がないと、人生面白くないぞ」

『俺もそう思ってたんだけど、別に今の生活でも努力らしい努力はしていないだろ? むしろ挑戦して失敗したほうが収益化に繋がると引きこもりたちに教えてもらったよ』

「成功するつもりじゃないと失敗しないだろ? 失敗しに行くのはただのバカだ」

『そりゃあ、そうなんだけど……。なんでもチャレンジしたほうがいいって話だ。君もバイオセメントばかりじゃなくて、なんかやってみれば』

「やってるよ! ああ、もう時間だから行くぞ」

『ああ、いってらっしゃーい』


 年に数回しか連絡を取らない友人だというのに、なぜこれほど腹が立つのか。話を聞けば別にやましいことはしていないというのに、どうにもあののん気な顔を見ていると「働け!」と無性に尻を蹴飛ばしたくなる。


「ずいぶん心拍数が上がっているようだが、どうかした?」

 リュックの中からAIがカメラを伸ばしてきた。


「まだ現場に到着していないから引っ込んでな!」

「おおっ、怖い。時々、彼と話すと怒りがちだけど、友達なんだろ?」

「まぁな」

「……彼氏ってやつか」

「異性を誰でもパートナーと結びつけるのは前世紀で終わっている価値観だよ。古いAIはこれだから」

「君の読む小説がそっちに偏っているじゃないか」

「うるさい!」


 月の砂ことレゴリスを撒き散らしながら、私はクレーター近くの現場へと向かっていた。

 私の仕事はバイオセメントと呼ばれる微生物を使って建物や道路の補修作業を行う業者だ。月ではそれほど珍しくもない。微生物の管理もAI任せだし、仕事もネットに出ているものをピックアップして近場の現場に来て登録。作業分だけ報酬を受け取れることになっている。地球でも土建屋は儲かったというが、月ではありきたりすぎて、なかなかいい現場には巡り会えない。


 バギーの電気代だってバカにならないというのに……。


 今日の現場は氷採掘場の近くのトンネルだ。月では二週間夜が続くが、クレーターの中はずっと夜のままで、マイナス160度が保たれている。資源の少ない月では、溶けない氷はそのまま資産になる。水素はエネルギーになるし、酸素がなければ息もできない。

人間の体の70%が水分でできていると考えると、循環するエネルギーとも言えるだろうか。


 トンネルの中には宇宙服を着たバイオセメント業者たちが集まっている。穴が空いている箇所を地図で見ながら、取り合いだ。


「大きい穴は新人のために取っておいてくれ。どうせ一日、二日でどうにかなるような場所じゃない。ゆっくりやっていこう」

 大手企業の下請けが勝手に音頭を取ってくれるから楽だ。依頼者には報告書と一緒に写真や動画を持っていく。宇宙服に付いているバーコードがそのまま履歴として残るから、意外と集まっていることが重要だ。


「知ってるか? 地球じゃ、氷に甘いシロップをかけて食べる地域があるらしい」

「かき氷だろ? 動画で見たことはある?」

「贅沢だよな。水が豊富な国じゃなきゃできないことだ」

「ドンネルの先にも氷はあるんだから、やってみろよ」

「こんなレゴリスだらけの氷を口に入れるって考えただけで、口の中が気持ち悪いぜ」

 宇宙服を着ているというのに、騒がしい奴らだ。


「リアルダンジョンなんだっけ? この先の氷床は……」

 女の同業者は少ないからか、ピンクの宇宙服を着た女が話しかけてきた。リアルダンジョンってなんだよ。

「そうなの?」

「らしいよ。50年前から採掘しているけど、穴凹だらけで全然採掘が進んでいないって。過去に採掘業者も何人も死んでいるみたい」

 オカルトが好きな人達いるよなぁ。

「わかった。気をつけるわ」

「あなた武器持ってる?」

 武器!?

「いや持ってないけど……」

「もしかしたら、微生物が死体に取り憑いて動き出すかも知れないからさ。私はいつもテーザー銃を持ってきてるけど、レンタルする?」

 そっち系のアレかぁ。それでゾンビがどうにかなるのかよ。むしろ大声で話して同業者のヤバいやつに襲われないようにしているのか。

「いや、大丈夫。一人仕事だけど、AIが見張っててくれるからね」

「本当に?」

「うん」

 私はそっと彼女から離れた。面倒。普通に仕事をしてくれ。


「私は遠くの地区の細かい裂け目を埋めるわ」

 話し合いをしていた大手の業者に仕事をする現場の画像を送って、とっとと仕事に向かう。こういう性格だからか一匹狼とか愛想のない業者と思われるらしいが、仕事前のどうでもいい話に付き合っていられない。思い込みで事故ることもある。


 AIに過去の事故履歴を探してもらっている間に、現場にバギーで直行。トンネル内に裂け目ができていた。他にも小さな穴が無数に空いている。

 リアルダンジョンなどではないが、なにかおかしい。振り返ると真っ暗で誰もいない。


「過去の事故、出た?」

「出たよ。50年前、30年前、10年前から毎年、複数死者が出てるけど、どれも採掘中の事故とか補修中の事故ということになっている。ただし、あのピンクの人が言っていた動く死体が出て来ることはないと思うよ。遺体は全部回収済みだから。氷床の氷がレゴリスと岩と混在しているから、奥の方は本当にダンジョンみたいになっているってことなんだと思う」

「これ、トンネルにある氷の含有量を間違えてるんじゃない? だから、最適な微生物群の割合を間違えて、こんな穴だらけになってるんじゃないかな」

「それ、あり得るね、観測ドローンを飛ばして、周辺の氷の含有量を測っておく」

「うん。私は同業にメールしておくよ」


 おそらく場所によっても割合は違うのだろう。その場所に最適な微生物が変わると価格も多少変わってくる。


「今のままだと薄い殻を張り付けているだけだから、ちゃんと追跡型の建材(微生物)を使ったほうがいい…と」

 同業他社にメールを送って共有しておく。


「ただ、工期が伸びても依頼人が払ってくれるかどうかだよな。ここでケチると事故が起きるんだけど……。あ、どうだった?」

 観測ドローンが帰ってきて、AIが分析を始めた。

「ここは永久影だから、氷が動くというのは稀だ。でも、採掘作業の熱で変わることもあるし、上に乗っているレゴリスの重みで変形することは考えられる。この地図も50年前から変わっていない。AIによる微生物群の最適解もね。本当は定期的に調査してから採掘したほうがいいんだよ」

 オカルト趣味の輩も度々この氷床トンネルから配信していた記録もあり、困ったものだとAIが言っていた。

「なるほど、今いる微生物でここの穴くらいは埋められる?」

「まぁ、この範囲くらいなら大丈夫だよ。揃えてはいるから。でも、専門的に培養はしないと、この氷床を採掘できないってことじゃないか」

 その日は一旦、二割ぐらいの穴を埋めて、大手の業者がまとめ、依頼人に報告してくれることになった。


 後日、観測分析代と報酬が支払われることになったが、大規模補修ということで私のような個人事業主は現場から離れることになる。

 2ヶ月分くらいの生活費にはなっただろうか。報酬を受け取って、どうせ暇なサトウキビ農家に絡みに行った。微妙な仕事の愚痴を聞いてもらえる知人がいて助かる。


「でも、稼げたんだろ?」

 サトウキビ農家はのん気に青いジュースを作っていた。

「多少だ。また現場を探さないと。ところで何をやってんだ?」

「かき氷のシロップづくりさ。意外と利益率が良さそうでね」

「君、かき氷を食べたの?」

「ああ、冷凍庫に入っているけど、ほしいのか?」

「当たり前だ!」


 私は地球で市販されているというかき氷を食べた。シロップ色に染まったスライスされた氷が光にあたって、屑ガラスのようだった。

 スプーンで掬って口に入れると、甘い氷が口の中で溶けた。


「美味いな!」

「これに白玉とか、あんこを添えることもあるそうだ」

「あんこ? 和菓子の国のものだな?」

「そう」

「地球文化は深い」


 ワンッ!


 ペスがかき氷を舐めて吠えていた。


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― 新着の感想 ―
続編ありがとうございます。 シリーズにしていただけると助かります。 農家や土木業者の周辺の人たちのお話を楽しみにしております。
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