復讐~娘が断頭台の露と消えた母の場合~
作者としても、初めての挑戦で、少しダークであまり後味の良くない話です。そういった話が苦手な方(実は作者もそうだったりします)は注意願います。
※※ 【お詫び】(2026.5.10)先ほどせっかく下さった感想に返信しようとして返信をいろいろ直していたら感想そのものを消してしまいました。下さった方申し訳ありません。
曇天の中、シャルロットは刑場に引き出された。英雄広場には多くの見物人が集まっている。今か今かと見物人が見守る中、後ろ手を縛られたシャルロットが刑場に引き出されてきた。
執行人の一人が、ぐいっと金髪を引っ張って持ち上げたシャルロットの顔は、当然のようにやつれている。それでも、よく見れば、創生の女神イリスでさえ嫉妬すると噂された美貌の面影を見ることができるかもしれない。湿った空気のせいか、それともここ数週間の牢獄暮らしのせいなのか、シャルロットの美しかった金髪はツヤを失い、シャルロット本人と同じように全く生気がない。
その時、辺りが一瞬明るくなり、少し遅れて雷鳴が轟いた。
ポツリポツリと雨が降り始める。英雄広場にある多くの歴史上の英雄の像のうち刑場の最も近くで気取ったポーズを取っている勇者マルスの像が涙を流しているように見える。
執行人がシャルロットの罪状を読み上げる。シャルロットが学園でいとこのアビゲイルに対して行った虐めの数々である。アビゲイルはシャルロットの母であるクラネスの妹のヴィオレッタの娘で公爵令嬢である。
馬鹿馬鹿しい話だ。
だが、公爵令嬢であるアビゲイルには多くの取り巻きがいた。それに対して田舎者の辺境伯令嬢であまり社交的ではないシャルロットに味方は少なかった。おそらく、あれはアビゲイルというよりその母のヴィオレッタが裏で手をまわしていたのではないかと想像している。
今も目を瞑れば「なんて、陰湿な人なの!」「アビゲイル様の大切にしていた本をこんなにボロボロにするなんて酷い!」などと口々にシャルロットを糾弾する声が頭の中にこだまする。
とにかくシャルロットがいくら身に覚えがないと言っても無駄だった。実際、アビゲイル本人ではなく、取り巻きの誰かが仕組んだことすらあったのではないか? シャルロットはそう想像している。叔母のヴィオレッタがシャルロットと母のクラネスに向ける悪意の籠った目は尋常なものではない。シャルロットは幼い頃からそう感じていた。
シャルロットは思う。私がアルバート殿下の婚約者にさえ選ばれなかったら、こんなことにはならなかったのに…。それは、シャルロットが10才の時だった。大方の予想を裏切りアルバート王太子の婚約者に、公爵令嬢のアビゲイルではなく、辺境伯令嬢のシャルロットが選ばれたのだ。母譲りの美貌のせいなのか、それとも美しい金髪が気に入られたのか…。
本当のところは容姿なんて大して重要ではない。
アビゲイルだって金髪碧眼の父ヘデル公爵によく似た美人なのだから…。もしかしたら、ほんの少しだけシャルロットのほうが美人だったのも多少は影響したのかもしれない。それでも、一番の理由は、王家がその軍事力に定評があるベリエイル辺境伯家との関係を強化したいと思ったとか、そんなところだ。そして…二番目の理由は、母のクラネスと父のベリエイル辺境伯がシャルロットが王太子の婚約者に選ばれるよう奔走してくれたことだ。そして二人は、その努力が実った時、心から喜んでくれた。特に母のクラネスの喜びようは尋常ではないくらいだった。母は、これで妹のヴィオレッタを見返せると思ったのかもしれない…。だが、それは、かえって不幸を呼び込んでしまった。
シャルロットの罪状を読み上げる執行官が徐々に早口になる。きっと雨が強くなってきたからだ。
「極悪人シャルロットは、いとこであるアビゲイルを毒殺しようとした。アビゲイルが自らの婚約者であるアルバート王太子殿下に色目を使っていると勘違いしたのが、その動機である」
馬鹿な…。私は毒に対する知識なんて全く無いのに…。シャルロットはそれを他人事のように聞いていた。
シャルロットの部屋から、アビゲイルの寝室に置かれた水差しに仕込まれていたのと同じ毒薬が発見されたのが決定的だった。シャルロットには不思議だった。こんなことで自分は命まで失うのだ。この件がなければここまでの罪にはならなかっただろう…。
そもそも、なぜアビゲイルは水差しに仕込まれた毒を飲まなかったのか? アビゲイル自身は不吉な予感がしたとか、そんな曖昧な証言をしている。
シャルロットの母であるクラネスと年の離れた夫であるブレイゲル・ベリエイル辺境伯は、娘のシャルロットを助けようと奔走した。ブレイゲル辺境伯に至ってはベリエイル辺境伯家の武力をちらつかせさえしたのだ。だが、これがまずかった。ベリエイル辺境伯家の長男であるカニサス・ベリエイルは王家と公爵家側に寝返っていたのだ。カニサスはブレイゲルの最初の妻の息子だ。シャルロットは、この年の離れた兄が自分を可愛がってくれていると思っていたのだが、むしろ王太子の婚約者になりベリエイル辺境伯家の中で存在感を増しているシャルロットとその母のクラネスをあまりよく思っていなかったのだ。
シャルロットはそんな事実に自分の死が決まってから気がついたのだ。シャルロットの父であるブレイゲルは既に当主の座をカニサスに譲って引退している。そして、この場にも来ていない。カニサスに裏切られたことに加えて寄る年波もあり、すっかり気力を失っていると聞く。
だが、母であるクラネスはこの場の少し高くなった貴族用の見物席に座って、少し離れた向いの見物席にいるヴィオレッタを睨みつけるように見ている。こんな場だというのにシャルロットと同じ美しい金髪をしたクラネスは目立っている。クラネスの視線に全く臆することなく不敵な笑みさえ浮かべて睨み返しているヴィオレッタは黒髪だ。
クラネスは娘のシャルロットに実家のスレイン伯爵家にいる時はヴィオレッタから酷い虐めを受けていたと、ことあるごとに話していた。早くに病死したシャルロットの祖母、すなわちクラネスの母の後釜として入ってきたのがヴィオレッタの母だ。その義母とヴィオレッタの二人からクラネスは徹底的に虐められていたのだ。そして、年の離れた辺境伯家に娘をと請われた時、「おじいちゃんのところにお嫁に行くなんて嫌!」といかにも頭の悪そうな駄々をこねたヴィオレッタに代わって、クラネスが嫁いだのだと聞いている。
それでも、クラネスは娘のシャルロットに対して、貴方が生まれてきてくれたから、今はとても幸せだといつも話していた。シャルロットが生まれたのと同じ頃、ヘデル公爵家に嫁いだヴィオレッタが生んだのがアビゲイルだ。ヘデル公爵はブレイゲル・ベリエイル辺境伯と違って若く金髪碧眼でいかにもヴィオレッタが好みそうな男だった。
クラネスは実家のスレイン伯爵家でずいぶん辛い目にあっていたようだ。それなのに…。また、こんなことに。シャルロットは自らの死以上に母であるクラネスを悲しませることを恐れていた。両親の愛を受けて育ったシャルロットはとても優しい子だ。
シャルロットのいとこのアビゲイルは母のヴィオレッタより父のヘデル公爵に似た美しい少女に育った。だが、シャルロットのほうがより美しく、その上、アルバート王太子の婚約者に選ばれた。それが、ヴィオレッタ、アビゲイル母娘の嫉妬と怒りを買ったのだ。
シャルロットは促されるまま、抵抗することもなく首を差し出した。一瞬にして見物客のざわめきが静まり、雨の音だけになった。
既に運命に逆らおうとする気力はシャルロットには残っていなかった…。
★★★
ギロチンの刃が落ちシャルロットの命は尽きた…。見物人の歓声が上がる。
あっけない…。クラネスはそう思った。
斬り落とされたシャルロットの首が呪いの言葉を叫ぶことはなかった。劇的なことは何も起こらない。ただ、恐怖の表情を張り付かせたシャルロットの首がガラス玉のような目で宙を睨んでいるだけだ…。
「ハハハハハ!」
突然、その場に不似合いな笑い声が響いた。ヴィオレッタだ。
「いい気味だわ。アビゲイルを毒殺しようとするなんて、母親そっくりな悪女ね」
ヴィオレッタの横では、不安そうな目をしたアビゲイルがヴィオレッタを見ている。
ああー、可愛いシャルロット…。
クラネスが目を瞑ると、シャルロットの愛らしい姿が目に浮かんでくる。小さなシャルロット、成長してどんどん美しくなるシャルロット、アルバート殿下との婚約パーティーの時のシャルロットは普段にもまして愛らしく、そして美しかった…。
そういえば、あの時は…。
クラネスは自分のデピュタントの時のことを思い出した。あの頃は既に古びた離れで暮らしていた。伯爵令嬢だというのに身の回りの世話をしてくれるのはアンナだけという生活だった。流行のドレスに身を包んでデピュタントに参加したヴィオレッタに対してクラネスは3年も前に仕立てたドレスを着た。流行から後れているだけでなく、サイズが合っていなかった。ただ、それよりも、もっと許せないのはクラネスが着けていた母の形見のブローチ…母がさらにその母から受け継いだものだ…をヴィオレッタに取り上げられたことだ。母の思い出の品はもうあれくらいしか残ってなかったのに…。あの時はさすがに抵抗した。でも、結局、ブローチを取り上げられただけでなく、ヴィオレッタに暴力を振るったと言われて義母から酷く叱られたのはクラネスのほうだったのだ。
ああー、いちいちヴィオレッタと義母から受けた虐めを思い出していたらきりがない…。
シャルロット、神様、なぜこんなことに…。
★★★
「お嬢様、ご指示通りにした上、ヘデル公爵家での職を辞してきました」
ベリエイル辺境伯家の領地の屋敷まで訪ねてきたアンナは、クラネスに頭を下げてそう言った。あの離れでたった一人でクラネスの世話をしていたアンナは、クラネスがベリエイル辺境伯家に嫁いだ後は、ヴィオレッタについてヘデル公爵家でヴィオレッタ付きの侍女をしていた。アンナはとても優秀で気が利くから当然の人選だった。
「そう、迷惑をかけたわね」
クラネスの言葉に黙って頭を下げたアンナの髪には白髪が目立つ。アンナがクラネスの母付きの侍女になった時には、スレイン伯爵家の侍女の中でも一番若かったのに…。
「いえ、もう私もいい年ですから」
「それで、アビゲイルは?」
「はい。予想通り、アビゲイル様がアルバート殿下の婚約者に選ばれました」
「そう。まあ、そうなるでしょうね」
もともと、アビゲイルは公爵令嬢なのだ。しかも、とても美しい。
「でも、あなたには嫌な役目ばかりしてもらって申し訳ないわ」
「私は、奥様にはとても良くしてもらいましたから」
アンナが奥様と呼んだのはクラネスの母のことだ。アンナはクラネスの母の時代から忠実に仕えてくれた。
アンナにとってあれは簡単なことだった。
生まれたばかりのシャルロットとアビゲイルを入れ替えることは…。
そう、あれは、生まれたばかりのシャルロットを抱いてクラネスが実家のスレイン伯爵家を訪ねた時のことだ。同じ時、ヴィオレッタもアビゲイルを連れて実家に帰っていた。もともとアビゲイルは自分で赤ん坊の身の回りの世話するような女ではなかった。だから、アンナにとってそれはとても簡単なことだったのだ。幸いシャルロットはクラネスに似て、そしてアビゲイルはヘデル公爵に似て金髪だった。あの時も、アンナはクラネスの指示を忠実に守って行動してくれた。
その後、クラネスは娘のシャルロット…本当はアビゲイルだ…がアルバート王太子の婚約者に選ばれるように奔走した。夫のベリエイル辺境伯の影響力も存分に利用させてもらった。そして、努力の甲斐あって、シャルロットは王太子の婚約者に選ばれた。
あの時は天にも昇る気分だった!
こうなれば、ヴィオレッタの性格なら、何をしてくるかなど手にとるようにクラネスにはわかっていた。案の定、学園に入学したシャルロットに対してあの母娘は酷い嫌がらせをしてきた。
ああー、クラネス自身がヴィオレッタにされた嫌がらせの数々を思い出す。
あの時と違ったのは、アビゲイルがシャルロットに嫌がらせをされたと言ってシャルロットを糾弾してきたことである。恐らく主犯はヴィオレッタのほうだろう。公爵夫人であるヴィオレッタにとって、そのくらいの影響力を行使するのは簡単なことだ。
ただし…。
最後の毒殺の件はクラネスの仕込みだ。水差しが怪しいとアンナを通じてそれとなくアビゲイルに警告したのはクラネスだ。アビゲイルは本当はクラネスの娘なのだから、しかも、将来のこの国の王妃だ。
いい気味だわ。
「クラネス、手紙の件は?」
「はい。それも指示通りに。あの手紙をヴィオレッタ様が読むことは間違いありません」
薄気味の悪い笑みを浮かべているクラネスに対してアンナは表情を変えることなく答えた。
「そう」
アンナが残した手紙からヴィオレッタはそれを知ることになる。その時、ヴィオレッタはどんな顔をするのだろう? 自分の目でそれを見ることができないのが残念だ。
ヴィオレッタが自分の娘の首が斬り落とされたのを見て、哄笑したと知ったら…。
ごめんなさいね、美しく優しかったシャルロット…。貴方の罪は…貴方がヴィオレッタの娘として生まれてきた、それだけなのよ…。
読んで頂きありがとうございました。
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