第006食:大収穫祭と三人の料理人
一人の知恵は、一本の矢。
一人の商才は、一枚の金貨。
一人の食欲は、一つの空腹。
だが、それらが束ねられた時、奇跡は初めてその姿を現す。
これは、バラバラな三つの才能が、村の伝説を救った、友情と満腹の物語。
一行がたどり着いたのは、山間の豊かな恵みに満ちた大きな村、「実地」だった。村は年に一度の収穫祭の準備で、活気と喜びに満ち溢れていた。
「すごい賑わいですわ! これは大きな商いの匂いがします!」
アヤは目を輝かせ、シンの心配そうな視線をものともせずに人混みへと乗り込んでいく。クウガはといえば、村のあちこちから漂ってくるご馳走の匂いに、すでに幸せそうに目を細めていた。
祭りの目玉は、村の総力を挙げて行われる「大饗宴」。山の主とも呼ばれる、家ほどもある巨大な幻の獣「岩穿ち(いわうがち)」を村人全員で食す、古くからの儀式だという。
しかし、一行が村の中心の広場にたどり着いた時、そこに広がっていたのは、祝祭の熱気ではなく、重苦しい沈黙だった。
広場の中心には、山のように巨大な「岩穿ち」が横たわっている。だが、その周りを取り囲む村人たちの顔は、誰もが絶望の色に染まっていた。
「ダメだ…今年も、ダメだった…」
村長らしき老人が、がっくりと膝を折る。
話を聞くと、ここ数年、捕らえた「岩穿ち」の肉が、まるで岩のように硬く、どんな刃物も通さず、どんな火で炙っても柔らかくならないのだという。このままでは、村の結束を象徴する祭りの儀式が、今年も失敗に終わってしまう。
その言葉を聞き、クウガがおもむろに巨大な獣に近づくと、ぺろり、とその硬い皮を舐めた。
「うーん…硬い! それに、なんだかものすごく頑固で、一人ぼっちな味がするぞ、これ」
クウガは、肉そのものではなく、肉に宿ったゴーストの「味」を感じ取っていた。
アヤはすぐさま情報収集に駆け回り、シンは巨大な獣の亡骸を、まるで罠を仕掛けるかのように鋭い目で観察し始めた。
やがて、三人は顔を突き合わせる。
「この獣には、土地の古いゴーストが宿っているようですわ。普通のやり方では、まず調理は不可能です」とアヤ。
「ああ。だが、ただのゴーストじゃない。全身を鎧のように守っているが、流れの中心…核のようなものが一箇所だけあるはずだ。そこを叩けば…」とシン。
そしてクウガが、自信満々に胸を叩いた。
「二人がその『頑固』をなんとかしてくれれば、味付けは俺に任せろ! 絶対に、最高の味にしてやる!」
三人の意見が、初めて一つの目標に向かって一致した瞬間だった。食いしん坊の『味覚』、気弱な少年の『観察眼』、抜け目のない商人の『交渉術』。バラバラだった三つの才能が、今、奇跡を起こすための刃となって束ねられたのだ。
作戦はこうだ。まず、シンの罠師としての目で、ゴーストの力の核となる「急所」を見つけ出す。次に、アヤの交渉術で、核を和らげる効果を持つという秘伝の香辛料を手に入れる。そして最後に、クウガの「絶対味覚」とラミエルの力で、ゴーストの味を浄化し、最高の料理を完成させる。
シンは、巨大な獣の周りを何度も歩き回り、筋肉の流れ、骨格の歪み、そして微かな気の淀みを読み解いていく。それは獲物を狩る目ではなく、複雑な自然の仕掛けを解き明かす職人の目だった。やがて彼は、分厚い肩甲骨の下にある、一点を指さした。
「ここだ! 全ての『硬さ』は、ここから始まってる!」
その間、アヤは村の薬師から「どんな頑固者も心を拓く」という幻の香辛料『和解の香木』の情報を聞き出し、それを管理する山奥の気難しい老人の元へと向かっていた。老人は法外な値段をふっかけてくるが、アヤは臆さない。
「これは、百年に一度の伝説の獣と、あなたの香木が出会う、またとない機会。この歴史的な料理の噂が広まれば、あなたの名は西日本中に轟くことになりましょう。この商談、決して損はさせませんわ」
老人はアヤの口車に乗せられ、満足げに最高の香木を差し出した。
全ての準備が整った。村人たちが固唾を飲んで見守る中、三人の饗宴が始まる。
まず、シンが特定した「急所」に、村一番の力自慢が巨大な鉄杭を打ち込んだ。次に、その隙間から、アヤが手に入れた『和解の香木』を、粉にして丁寧に擦り込んでいく。
そして、仕上げはクウガだった。
『契約者よ、面白い趣向だ! 全ての魂は、腹を満たしてこそ救われる! 我輩が、お前の料理に、天上の祝福を与えよう!』
「おう! やってやるぜ、ラミエル!」
クウガは巨大な獣の亡骸に登ると、玄蔵の醤を惜しげもなく振りかけた。そして、天に向かって叫ぶ。
「山の主よ! お前のその頑固な魂ごと、俺が最高の味で満たしてやる! だから、うまい肉になれーっ!」
クウガの純粋な食欲に応え、ラミエルの力が黄金の光となって獣を包み込む。すると、まるで分厚い氷が解けるかのように、岩のようだった肉が、ぶるりと震え、見る見るうちに柔らかさを取り戻していった。頑固で孤独だったゴーストの味が、豊潤で深い大地の旨味へと変わっていく。
その夜、村では史上最高の大饗宴が開かれた。
誰もが、口に入れた瞬間に溶けてしまうような、奇跡の肉の味に涙した。村人たちは肩を組み、歌い、踊り、三人の英雄の名を讃えた。
その輪の中心で、クウガは誰よりも多くの肉を頬張り、シンは安堵の涙を浮かべ、そしてアヤは、村長から渡された分厚い礼金の袋を、満足げに懐にしまい込んでいた。
三人は、それぞれのやり方で、村に笑顔を取り戻したのだ。
ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。
今回は、一行のチームワークが見事に花開きました。シンの知恵、アヤの商才、そしてクウガの食欲。一つ一つはただの個性ですが、合わさることで、村の運命さえも変える大きな力を生み出したのです。
彼らの友情は、最高の料理のように、様々な味が混ざり合うことで、より深い味わいへと熟成していきます。
さて、大きな仕事を成し遂げた一行の名声は、良くも悪くも、少しずつ世界に広まり始めているかもしれません。
次に彼らを待ち受けるのは、どんな騒動なのでしょうか。
私は、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。
もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。
また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。




