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第027食 鎮魂の供物と、アヤの再定義

価値とは、誰が決めるのか。 金か、効率か。いや、違う。 価値とは、人が「これが好きだ」と願い、「大切だ」と信じる、心の輝きそのものだ。


これは、ちゃっかり者の商人が、金儲けではない「心の市場」を再び開き、灰色の世界に「価値」という名の光を取り戻す物語。

灰色の集落の中央に佇む、古びた石の祠。一行は、あの虚ろな歌が響く中、その謎を解き明かそうとしていた。 シンがその構造を調べるが、それは彼の知る「仕掛け」とは異なり、ただ沈黙しているだけだった。 クウガが、祈るようにその冷たい石に触れた。


「……だめだ」 彼は、深く眉をひそめた。 「こいつ、すっげえお腹が空いてて、寂しい味がする。昨日の『味が死んでる』のとは違う…。何百年も、誰にも忘れられて、独りぼっちで、ただただ『ひもじい』って泣いてる味だ」


『フム…』 クウガの頭上で、ラミエルが尊大に、しかし僅かに同情するように頷いた。 『この祠は、永きにわたり『捧げもの』を絶たれ、力を失っておるな。これでは道標は示せぬぞ。これほどの古代の聖域を放置するとは、この土地の人間どもは、なんという怠慢か!』


「捧げもの…」 その言葉を聞き、アヤは祠から視線を外し、虚ろな目で作業を続ける集落の人々へと向けた。 (捧げもの、ですって?…でも、この人たちには、捧げるものなど何も…) 彼らの世界では、全ての価値は「栄養価」と「効率」で決められている。それ以外のものは、全て「無価値」なゴミのはず。


そう思いかけた、その時だった。 アヤは、ある光景に気づいた。 自動人形の巡回路が、一瞬だけ途切れる瞬間。作業をしていた一人の老婆が、虚ろな目のまま、しかし素早い手つきで、足元の地面から何かを拾い上げ、袖の奥深くへと隠した。 それは、太陽の光を鈍く反射する、ただの「丸い石ころ」だった。 また別の場所では、一人の男が、壊れた建物の瓦礫から、青く光る「ガラスの欠片」を、誰にも見られぬよう、こっそりと懐にしまっていた。 それらは、紫苑の管理システムの中では、何の栄養にもならず、何の効率も生み出さない、「無価値」なゴミ。排除されるべきノイズ。


(…なのに、彼らは。あの自動人形の目を盗んでまで、それを…) アヤの背筋に、商人としての戦慄が走った。


(そうか…!) 彼女は確信した。 (紫苑の論理システムは、彼らから『食の自由』は奪えても、『価値を見出す心』までは奪い切れなかったんだわ!) 金にもならず、腹も膨れない。それでも「これが好きだ」「これが美しい」と信じる心。それこそが、紫苑のシステムが唯一、管理しきれない人間性の最後の砦。


アヤはクウガに振り返った。 「クウガさん! この祠が『ひもじい』と言っているのは、お腹が空いているのとは違いますわ!」 「え?」 「この祠は、神様であると同時に、この土地の最初の『市場いちば』だったのですわ! 人々が、自分が採った一番いい花や、珍しい石を持ち寄って、『どうだ、いいものだろう』と見せ合い、交換した場所! 祠が求めている『捧げもの』とは、金銀財宝や食べ物じゃない。人々が『これが好きだ』と願う、その『心の輝き』そのものなんです!」


「シンさん、クウガさん! わたくしに、考えがありますわ!」 アヤの瞳に、いつもの儲け話とは違う、強い光が宿っていた。


「わたくしたちの手で、この場所に、『市場』を蘇らせます!」


アヤの計画はこうだ。シンの知恵で自動人形の注意を引きつけ、その隙に、アヤとクウガが、祠の前に「店」を開く。


シンの仕掛けた通り、広場の方で蒸気管が小さな異音を立て、自動人形たちの注意がそちらへ集まる。 その隙に、アヤとクウガは、祠の前に小さな布を広げた。その上には、クウガが即席で作った、木の実や野草の色素で染められた、赤や黄色、青の素朴な団子が並んでいた。 集落の人々が、何事かと、虚ろな目で遠巻きに集まってくる。


アヤは、扇子をぱん、と開いた。 「さあさあ、皆様! ご覧くださいな! 旅の一行からの、ささやかな贈り物ですわ!」 人々は、戸惑っていた。「交換」という概念も、「商売」という文化も、彼らからは失われて久しかった。 「お金など要りませんわ」 アヤは、集まった人々の袖や懐を、あえて優しい目で見つめながら言った。


「わたくしが欲しいのは…皆様が持っている、『素敵なもの』です。そう…道端で見つけた、綺麗な石ころ。キラキラ光る、ガラスの欠片。あなた様が『価値がある』と信じる、その『宝物』と、このお菓子を交換いたしましょう!」


人々は、凍りついた。 それは、紫苑のシステムが支配するこの世界で、彼らが初めて直面する「選択」だった。 重い沈黙が流れる。


その沈黙を破り、あの老婆が、震える手で、懐からあの「丸い石ころ」を取り出した。そして、おずおずと、アヤの前に差し出した。 アヤは、まるで世界で最も高価な宝石を受け取るかのように、両手で恭しくそれを受け取ると、満面の笑みで、赤い団子を手渡した。 老婆は、団子を口にする。その虚ろだった瞳から、一筋、涙がこぼれた。


その瞬間。 「アヤ!」 祠を見つめていたクウガが叫んだ。 「今! 祠の味が『喜んだ』! 『ありがとう』って、あったかい味がしたぞ!」 アヤが仕掛けた「価値の再生」こそが、この祠を動かす、唯一の「捧げもの」だったのだ。


「皆様! さあ、どうぞ!」 それを皮切りに、人々は堰を切ったように、自らが隠し持っていた「宝物」を差し出し始めた。古いボタン、色のついた糸、鳥の羽根…。 彼らは、団子と「価値」を交換し、そして、この灰色の世界で、初めて「自分で選んだ味」を口にした。


「あおい…」 「あまい…」 忘れかけていた感情と、言葉が、広場に満ちていく。 その時、祠が、集まった人々の「心」の輝きに応えるかのように、温かい光を放ち始めた。 クウガが感じていた「ひもじい味」は完全に消え、満ち足りた「喜びの味」へと変わっていく。 そして、祠は、天に向かって一本の光の柱を放った。 灰色の厚い雲は、その光に触れた途端に霧散し、久しぶりの青空が覗く。光は、消えることなく、遥か東の空の一点を、真っ直ぐに指し示し続けていた。


アヤは、その光を見上げ、満足げに扇子を閉じた。 「ふふ…どうやら、次の『商談先』が決まったようですわね」

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


アヤの商才が、ついに「価値の再定義」という、彼女の成長した姿を見事に示しました。金銭的な価値が失われた世界で、彼女は「人が美しいと信じる心」こそが市場いちばの原点であることを証明し、祠の力を呼び覚ましたのです。


示された光の道標。それは、紫苑との最終対決の舞台へと、まっすぐに続いています。 『最後の道標』編は、いよいよ佳境。次なる物語で、一行はついに紫苑の本拠地へと乗り込みます。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。 もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。 また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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