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第026食 灰色の荒野と、虚ろな歌

完璧な管理システムが行き着く先。 そこは、飢えも争いもない代わりに、生命いのちの輝きそのものが失われた、灰色の世界。 歌は意味を失い、雨はただの水滴となる。


食いしん坊の少年は、その究極の「まずさ」に、自らが向かうべき場所を知る。 これは、敵の理想の果てにある虚無と、そこに差し込む一筋の光を探す物語。

紫苑の故郷に別れを告げ、一行はさらに東へと進んでいた。 クウガがかの地で捧げた「鎮魂のスープ」は、彼の迷いを振り払い、新たな決意をその瞳に灯した。「あいつが捨てちまった『心』ごと、食で救ってやる」と。シンとアヤもまた、紫苑の歪んだ理想の根源を知り、それぞれの覚悟を胸に、馬の手綱を握りしめていた。


だが、進めば進むほど、世界はその色彩いろどりを失っていった。 空は常に薄曇りで、太陽の温もりを感じられない。大地は硬く締め固められ、雑草一本生えていない。川はコンクリートで護岸され、魚影はおろか、水面に波紋一つ立たなかった。 かつて森であったであろう場所は、全て同じ高さ、同じ太さの金属製の柱のような木(?)が、等間隔に植えられているだけだった。


「……ひどい」 シンが、息を呑んだ。 「まるで…生きているものが、何一つないみたいだ」 彼の「仕組み」を読み解く目が、この土地全体が、人の手によって徹底的に「作り替えられた」ものであることを理解していた。自然の複雑さ、予測不可能性という「非効率」を、完全に排除しようという意志の表れだった。


「あらあら…ここまで徹底的とは」 アヤもまた、扇子で口元を覆いながら、その無機質な風景に眉をひそめていた。 「土の価値も、水の価値も、風の価値さえも、全て『管理』の名の下に均一化されている。これでは、どんな『目利き』も意味をなしませんわ。…なんと、つまらない世界でしょう」 彼女の価値観が、金銭的な豊かさとは全く異なる次元で、このシステムの「貧しさ」を断じていた。


その時、クウガが馬車を止めさせた。 「……聞こえるか?」 耳を澄ますと、遠くから微かに、単調な歌のようなものが聞こえてくる。


一行は音のする方へと向かった。そこには、小さな集落があった。人々は皆、揃いの灰色の衣服をまとい、虚ろな目で、畑…とも呼べぬ、区画整理された地面で、金属の棒のようなものを黙々と土に突き刺していた。 歌っていたのは、作業を監督する自動人形だった。それは、かつて豊穣を祝ったであろう古い労働歌の旋律を、ただ正確な音程とリズムで、感情なく再生しているだけだった。


クウガは、集落の配給所で配られていた、灰色のペースト状の食事をもらい、一口、口にした。そして、静かに、深く、顔を歪ませた。 以前立ち寄った実験都市の食事よりも、さらに「無」に近い味。いや、味ですらないのかもしれない。


「……まずい」 それは、怒りでも、悲しみでもない、ただ、どうしようもない虚無感から絞り出されたような呟きだった。 (味がしない、んじゃない。味が『死んでる』んだ。食べても、腹が膨れるだけ。心が、空っぽのまま…いや、空っぽに『させられる』。あいつ(紫苑)が目指してる世界の果ては、これなのか…?) 彼の舌が、この完璧な管理の行き着く先にある、「魂の飢餓」の味を、はっきりと感じ取っていた。


クウガは、虚ろな目で作業を続ける村人の一人に近づき、声をかけた。 「なあ、あんた、楽しいか?」 村人は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には何の光もなく、ただ自動人形が歌う旋律を反芻するように、かすかに唇が動いただけだった。


その時だった。 村人の一人が、ふらつき、地面に倒れた。だが、誰も駆け寄ろうとしない。自動人形は、倒れた人間を「非効率な障害物」と認識したのか、無機質なアームで掴み上げ、集落の外れにある「処理場」のような建物へと運んでいく。人々は、その光景を、何の感情も見せずにただ見送るだけだった。


「……!」 シンが息を呑む。彼がかつて別の街で防いだはずの悲劇が、ここでは日常として、より冷徹な形で繰り返されていた。「助けなきゃ!」と駆け寄ろうとするシンの腕を、アヤが強く掴んで制止した。 「お待ちになって、シンさん! 下手に手を出せば、わたくしたちも『障害物』として処理されかねませんわ!」アヤの顔は青ざめていたが、その瞳は冷静に状況を分析していた。


「もうたくさんだ!」 クウガが叫び、荷馬車から駆け出した。彼は、自動人形が歌う偽りの歌をかき消すように、自らの故郷の、豊穣を祝う力強い歌を、腹の底から歌い始めた。それは、紫苑の故郷で魂を鎮めた、あの温かい祈りの歌。 だが、歌声は虚しく響くだけだった。村人たちの虚ろな瞳は、変わらない。


絶望が、クウガの心を再び覆いかけた、その瞬間。 『契約者よ、諦めるな! その歌声、その魂の叫びこそが、奴らの冷たい論理システムを打ち破る鍵となる!』 ラミエルの声が、クウガの頭の中に直接響いた。 『よく聞け! この土地には、奴らの管理の網から逃れた、古い『音』の記憶が眠っている! それを呼び覚ますのだ!』


ラミエルの言葉に導かれるように、クウガは歌いながら、集落の中央にある、古びて使われなくなった石のほこらへと駆け寄った。彼が祠の石に手を触れた瞬間、彼の「味覚」を超えた感覚が、大地深くに眠る、微かな「響き」を感じ取った。 それは、かつてこの土地の人々が、自然と共に奏でたであろう、生命力に満ちた「祈りの音色」の残滓ざんしだった。


「…ここだ!」 クウガは確信する。ここが、紫苑の完璧な管理に抵抗する、最後の「砦」なのだと。そして、こここそが、彼を紫苑本人の元へと導く、「最後の道標」になるのだと。

ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。


ついに、『最後の道標』編が始まりました。紫苑の理想の果てにある、生命の輝きさえ失われた灰色の世界。その虚無の中で、一行は、かろうじて残されたいにしえの「響き」に、次なる道を見出しました。


この祠に眠る「音」の記憶とは何なのか。そして、それはどのようにして、一行を紫苑との最終対決の舞台へと導くのでしょうか。 次なる物語で、その謎が解き明かされます。


わたくしは、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。 もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。 また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。

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