第014食:格付けされる食卓と、アヤの啖呵
食材には、値が付く。 だが、共に食卓を囲む温もりに、値段は付けられない。 人の価値を歪んだ天秤で量り、食の喜びさえも差別する傲慢さがまかり通る時、 一人の商人の魂が、静かに、しかし烈火の如く燃え上がる。
これは、金勘定ではない、誇りを懸けた大勝負の物語。
一行が次にたどり着いたのは、高い城壁に囲まれた、厳格な階級制度が敷かれている城下町だった。 町は整然としているが、人々の間には見えない壁があり、上級市民が歩く道と、下級市民が俯いて歩く道とでは、流れる空気の色がまるで違っていた。
そして、その差別は「食」という最も根源的な営みにおいて、最も残酷な形で現れていた。
町の配給所では、紫苑の組織が領主と結託して導入したという「貢献度評価システム」によって、人々が受け取る食事が決定されていた。 上級市民には彩り豊かな温かい料理が、そして、労働者や下級市民には、ただの栄養を補給するためだけの、灰色の粥が配られる。
「ひどい…」 シンが絶句する。 その光景を見ていたアヤの顔から、いつもの笑顔が消えていた。彼女の瞳には、冷たい怒りの光が宿っていた。
クウガは、両方の料理を一口ずつもらうと、顔をしかめて吐き出した。 「なんだこれ…どっちもまずい!」
「え? こちらの肉料理は、町一番の料理人が作っていると評判ですが…」 アヤが問う。
「違うんだよ! こっちの金持ちの皿からは、人を見下す、嫌な『優越感の味』がする。で、こっちの粥からは、『なんで俺だけ』っていう、しょっぱい『妬みの味』がするんだ!」 「同じ釜の飯を食ってるはずなのに、どっちも心がまずくなってる! こんなの、飯じゃねえ!」
その言葉が、アヤの心に火をつけた。 彼女は、ぴしゃりと扇子を閉じると、静かに、しかし震えるほどの怒りを込めて言った。
「…食で人を分け、格付けですって? 人が生きるための糧を、誇りを傷つけるための道具にするなど…!」 「これは商売ではございません! 断じて! ただの、人間に対する侮辱ですわ!」
彼女は振り返り、仲間たちに宣言した。 「わたくしの全財産と、これまでの旅で築いた全ての信用を懸けて、このふざけた制度を、根底から叩き潰します!」
アヤの作戦は、奇襲だった。 その夜、領主が紫苑の組織の代理人を招いて開くという、城の晩餐会に乗り込むのだ。
シンは罠師の知識で城の警備の抜け道を探り出し、アヤは商人として培った人脈と情報網で、晩餐会の献立と進行の情報を完璧に掴んでいた。 そしてクウガは、この大一番の主役となる、たった一皿の料理を任された。
晩餐会が始まり、上級市民たちが美食に舌鼓を打つ中、突如、会場の扉が開け放たれた。 現れたのは、クウガが押す一台の屋台と、その後ろに立つアヤとシンだった。
「な、何者だ!」 衛兵たちが剣を抜くが、アヤは臆さず、凛とした声で言い放った。
「わたくしは、ただの旅の商人。本日は皆様に、身分も、階級も、金のあるなしも関係なく、全ての人間が等しく味わうことのできる、『本物の美食』をご用意いたしました!」
彼女の堂々たる啖呵に、会場は水を打ったように静まり返る。 クウガが屋台から配り始めたのは、何の変哲もない、湯気の立つ一杯のスープだった。だが、そのスープに使われていたのは、この城下町で採れたありふれた野菜と、たった一握りの**『海神の涙塩』**。
「さあ、お食べなさいな! それが、わたくしたちからの答えです!」
領主も、下級市民も、そして紫苑の代理人も、訝しげにそのスープを口にする。 その瞬間。 会場にいる全ての人間が、等しく、目を見開いた。
『海神の涙塩』が、野菜たちの持つ素朴な「喜びの味」を最大限に引き出し、人々の心の奥底に眠る、温かい記憶を呼び覚ましたのだ。
それは、かつて家族と笑いながら囲んだ食卓の味。故郷の祭りで、隣人と分け合った一杯の汁の味。富も、地位も関係なかった頃の、ただ「美味しいね」と笑い合えた、純粋な幸福の味だった。
「う…うまい…」 最初に呟いたのは、みすぼらしい身なりの下級市民だった。
「おお…!なんという滋味深さだ…!」 次に感嘆の声を上げたのは、肥え太った領主だった。
一人、また一人と、身分の壁を越えて、同じ感動の言葉が会場に満ちていく。 「優越感の味」も「妬みの味」も、そこにはなかった。ただ、温かい「共感の味」だけが、全ての人々の心を一つにしていた。
紫苑の代理人は、自らの舌が感じている「感動」という非合理的なデータを信じられないというように、顔を青ざめさせていた。 その男に向かって、アヤは言い放った。
「お分かりになりましたか? 食の価値とは、食材の値段や食べる人間の身分で決まるものではない! 誰と、どんな心で食べるか、ただそれだけ!」 「あなた方のやっていることは、商売ですらない、ただの冒涜! この町の食文化を、人々を、これ以上侮辱することは、このわたくしが許しません!」
その気迫に、代理人は何も言えず、ただ後ずさるだけだった。 アヤの啖呵は、食で人を分断しようとした傲慢な思想に対する、見事な勝利宣言となった。
ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。
今回は、アヤの商人としての誇りが、歪んだ価値観に支配された町を見事に救いました。彼女の戦いは、腕力や奇跡ではなく、揺ぎない信念と言葉、そして仲間との絆でした。ちゃっかり者だけではない、彼女の持つ高潔な魂が垣間見えた物語でした。
紫苑の組織の支配は、ますます多様化し、人々の心の隙間を突いてきます。 次なる町で、一行はどのような「悪意の味」と対峙するのでしょうか。
私は、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。 もし、貴方がこの記録の続きを望んでくださるのなら、ブックマークや評価という形で、そのお心を示していただければ幸いです。
また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。




