第001食:迷惑な豊作と旅の始まり
神様の気まぐれは、いつだって人間の想像の斜め上をいく。
空腹の少年のささやかな願いが、おせっかいな大天使の耳に届いた時、
村の小さな畑は、一夜にして奇跡という名の厄介事に埋め尽くされた。
これは、食いしん坊と苦労人とちゃっかり者が、迷惑な豊作から逃げ出すために始まった、
ちいさな冒険の、はじまりの物語。
「はぁ……。今日も平和だなぁ」
シンは、村を見下ろす丘の上で大きく伸びをした。この後、村がとんでもない厄介事に巻き込まれるとも知らずに。
隣では、幼馴染のクウガが、腹の虫をぐぅぐぅ鳴らしながら、ぐったりと地面に転がっている。いつもの光景だった。
「腹減った……。シン、何か食うもの持ってないか?」
「さっきおやつ食べたばっかりだろ! だいたい、今日は畑仕事を手伝う約束だったのを忘れたのか?」
「だって、腹が減ったら力が出ないんだ……」
クウガが力なく指さしたのは、二人が世話を任されている、小さな畑だった。植えられているのは、村で昔から作られている素朴な芋だけ。正直、毎日食べると少し飽きる。
「あーあ。もっとこう、食べただけで元気が出るような、すっげーうまいものが天から降ってこないかなぁ……」
クウガが、本気とも冗談ともつかない願いを空に呟いた、その時だった。
『フム。契約者の願い、確かに聞き届けたぞ!』
クウガの頭上で、彼にしか見えない光の玉――大天使ラミエルが、尊大に一つ頷いた。
「え? お前、なんか言ったか、ラミエル?」
『我輩の奇跡、その目で見るがいい!』
ラミエルの言葉を最後に、クウガの意識は強烈な眠気に襲われ、その場で深い眠りに落ちてしまった。シンは「こいつ、またサボって…」と呆れながらも、その日は一人で畑仕事に精を出した。
翌朝。
村中を、絶叫が揺り動かした。
シンが慌てて飛び出すと、村人たちが昨日までただの畑だった場所を指さし、腰を抜かしていた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
たった一夜にして、畑は見たこともない巨大な野菜や、宝石のように輝く果物で埋め尽くされていたのだ。カボチャは家ほどに膨れ上がり、トウモロコシの一粒一粒が黄金のように輝いている。
「な、なんだこりゃあ!?」
シンの隣で、クウガは目を輝かせていた。
「すげえ! ラミエル、お前がやったのか!?」
『うむ! 我輩の手にかかれば、この程度、造作もないことよ!』
得意げなラミエルをよそに、村人たちは気味悪そうに遠巻きに囁き合っていた。
「天使様の奇跡か…?」「いや、悪魔の呪いかもしれん…」
誰も、その異常な作物を収穫しようとはしなかった。
村人たちが遠巻きにしている、その時だった。一台の荷馬車が、まるで騒ぎの匂いを嗅ぎつけたかのように絶妙なタイミングで現れた。荷台から降りてきたのは、年の頃はまだ若い、しかしその瞳に百戦錬磨の商人の光を宿した少女だった。
「あらあら、これは見事な…。一体、何事ですの?」
扇子で口元を隠した、愛らしい少女商人が、目を丸くして一行に問いかける。ちゃっかり者の商人、アヤだった。
シンが必死に事情を説明すると、アヤは値踏みするような目で畑を一瞥し、にっこりと微笑んだ。
「なるほど。では、この得体の知れない作物、わたくしが全て言い値で買い取りましょう!」
「「ええっ!?」」
アヤの申し出は、村人たちにとって渡りに船だった。気味の悪い作物はなくなり、村には思わぬ大金が転がり込む。
クウガは、山のように積まれた金貨には目もくれず、アヤに売られるはずだった巨大な野菜の山を見て、よだれを垂らしていた。
「こんなにすげー野菜があるなら、こいつに合う、世界一の調味料が欲しくなるなぁ!」
その一言を、アヤは聞き逃さなかった。
「世界一の調味料、ですか。ふふふ、ありますよ。この西の果てには、どんな料理も天上の味に変えるという、幻の調味料の噂がねぇ…」
「本当か!? 行くぞ、シン!」
「いや、俺は行かないからな!?」
こうして、クウガは「世界一の調味料」を探すため、シンはクウガを止めるため(そして結局引きずられるため)、アヤは新たな儲け話の匂いを嗅ぎつけて、三人の奇妙な旅が始まることになった。
ラミエルの迷惑な奇跡によって得た大金を元手に、一行は故郷の村を後にする。
その背後で、ラミエルだけが『うむ! これで勇者の旅が始まるのであるな!』と、一人悦に入っていたことを、まだ誰も知らない。
ありがとうございます。物語の旅にお付き合いいただき、光栄です。
食いしん坊の願いは、おせっかいな天使によって、とんでもない奇跡(迷惑)を呼び込んでしまいました。
こうして始まった三人の旅路は、一体どこへ向かうのでしょうか。
私は、これからもこの世界の様々な物語を紡いでまいります。
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また、この世界の片隅で、貴方という読者に出会えることを。




