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「中村君、ちょっといい?」
リヒトの行動は早かった。何かするのだろうなとは思っていたが、その日の放課後に行動に移すとは流石に驚きを禁じえなかった。最初こそ椿姫に仇なす敵を見る目でいた中村だったが、リヒトのホストも真っ青な手際の良さで一緒に帰る流れに持ち込まれていた。
猛はそれを横目で見ながら、あれは確かに異性ならあっという間にコロッといってしまうだろうなと思う。
リヒトがその気なら簡単に身ぐるみを剥がされて、無一文にされてしまいそうだ。
中村など最早乙女のような表情をしている。いや、それよりももっと浅ましい、熱のある目だ。
(まじで大丈夫かね)
ハトコのナナも最初は夢中になりかけていたみたいだが、いつの間にか不出来な弟枠にシフトチェンジしたようだ。そもそも代わりになどならないと気づいたのだろう。ナナには昔から想っている男がいるのだから、虚しくなったのかもしれない。
初めてリヒトを見た時、あまりの人間味のない美貌に戦慄すら覚えたものだ。
血が通っていないような青みを感じる白い肌に、均整のとれた体躯。外国の血が入っているせいもあるだろうが、同世代とは思えないほど大人びた容姿をしている。
不思議な色合いの瞳は湖の底のようで、ずっと見つめていると深く沈められそうな恐怖を感じる。高く通った鼻や薄い唇は酷薄さすら滲ませるというのに、少しだけ垂れた眦が柔和さを見せる。
真顔でいる時が一番美しく、恐ろしい男だ。
魔物的というよりも、命のない彫刻のような冷たい美しさである。
(ま、話せば案外抜けてるっつうか、単に他人に興味ないだけだったんだけど)
柔和な笑顔で擬態しているだけで、彼は厭世的なところのある男だった。
言葉にこそしないが、他人を信用していないのは何となく察している。
上手く生きているように見えて、危ういところがある。それに気づいたから、ナナも態度が変わったのだろう。彼は本人が思っているよりも、それほど器用ではない気がする。
今回のこともどうするのかはわからないが、本人が上手くやると言っているのだからクラスメイトとしては見守るしかない。友人の立ち位置に昇格できない内は、猛が何をしても彼はこちらに手を伸ばさない。
「助けてって言えるようになったら助けるか」
「うん? 何か言った?」
「いや、何でもない。帰るべ」
クラスの友人の問いに曖昧に笑って、猛は廊下に消えて行った二人を見送った。




