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魔性のこ  作者: 柚希
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 朝になっても、何故か中のことが頭から離れなかった。たぶん彼は学校には来ないだろう。椿姫がそうそう許可するとも思えなかったが、もしかしたらリヒトの言葉に彼自身が何かを思って来てくれるかもしれない。

 そんな一縷の淡い期待を抱きながら教室へ向かえば、こんな奇跡もあるのだなと、信じてもいない神に額を擦り付けたくなった。

 はたして彼はそこにいた。

 リヒトの隣の席に、ちんまりと座っていた。


「お早う」


 隣に座って挨拶すると、ゆっくりと子供のような無垢な目がこちらに向いた。


「おはよう」


 教室の空気が変わったのを肌で感じたが気にも留めない。挨拶を返してくれたことがこんなにも嬉しいだなんて、今までこんな気持ちになったことなど一度もなかった。


「来てくれたんだね」

「うん。椿ちゃんがいいって」

「そっか」


 顔も知らない椿姫に感謝の気持ちを抱くはずが、妙にモヤモヤとした。それはきっと、彼の行動原理や決定権を全て彼女が握って支配しているからだ。

 他人はそれを嫉妬と呼ぶが、この時のリヒトには自分の気持ちが何なのかよくわからなかった。


「ちょっ……須藤!」


 後ろから見ていたのだろう。猛が慌てたようにリヒトの腕を引っ張った。それを他人事のように見やりながら、微笑みを浮かべる。


「何?」


 それは拒絶の壁である。聡い猛はすぐに気づいたようだが、逆に下手くそな微笑みを返された。


「昼飯強制な」

「は?」

「貸しあるだろ」

「お前には払っただろ」

「姉ちゃんの分だよ。払う気なさそうだから、代わりに俺が貰うわ」


 暫く沈黙した後、仕方なく頷いた。


「……わかった」


 リヒトの了承に納得したのか、猛は自分の席へと戻っていく。

 そうして昼休みがくるまで、授業中以外は中と積極的に交流を図っていった。


「中はお昼どうするの」

「今日はもう帰るよ」


 約束の昼休みになり教科書を片付けながら中に問えば、彼はあっさりとそう言った。


「え、帰るの?」

「うん」

「……じゃあ、玄関まで見送る──」

「おい、須藤」


 邪魔者が割って入ってきた。彼の口元は微笑んでいるが、その声には圧が滲み出ている。


「──はぁ、わかってる。……中、またね」

「うん、ばいばい」


 微塵の未練もなくさっさと帰る中の背中を見つめていると、肩に強めの衝撃がやってきた。


「行くぞ」


 先頭を歩く派手な頭を苦々しい気持ちで睨んでいると、ふいに猛が振り向いた。


「お前さぁ、敵を見る目で俺を見んな。たっく、助け船出したのに、勘弁しろよ」


 ジトッとした目でリヒトを睨んだ彼は、面倒臭そうに頭を搔きながら空き教室に入って行く。リヒトもそのまま空き教室に入ると、彼は最早弁当を広げていた。


「早くこっち来いよ」

「用事があるんでしょ? 何?」

「飯食いながらでもいいだろ、ん」


 顎で座るように促され、渋々言われた通りにする。仕方なく弁当を広げるが、猛は食べるだけで何も言わない。


「話は?」

「……お前さ、俺は敵か何かなん?」

「別に」

「べーつーに? はっ、昔流行った女優かお前は」


 馬鹿にした様子で鼻を鳴らす猛に苛立っていると、ふいに彼は真剣な表情を浮かべた。


「お前上手く溶け込んでたじゃん。何で今更放り投げてんの」


 見透かすような目に、やはりこの男はどこか喰えないなと舌を打つ。


「都会よりもさ、田舎ってコミュニティが狭いのよ。狭くて濃密な訳。短い間でもそれは身に染みてるだろ。特に椿姫関連は特殊じゃん。お前が思ってるより、厄介なんだよ」

「だから搔き乱すなって?」

「……お前ね、俺はお前が心配なんだよ」


 その言葉は意外だった。虚をつかれたリヒトに、彼は続ける。


「お前が何であいつに興味持ったのかは知らんけど、関わりたいなら上手くやれよ。今までみたいに」

「……関わるなって忠告したかったんじゃないの?」

「いや、お前言っても聞く気ないだろ。バレなきゃいーんじゃねぇの? 赤ん坊じゃないんだから、そこまで制限する権利も過保護になる理由もないわ」


 冷や水を浴びせられた気分だった。妙に前のめりになっていた気持ちが落ち着いていく。


「……ごめん」

「別に?」

「おい」


 先刻の自分の真似に気づいて肩を小突けば、猛は楽しそうに笑った。


「ていうかさっきの、まじで恋する乙女並みに猪突猛進だったな。中村目ひん剥いてたぜ。んで、その後お前のことガン見」

「……あぁ、あいつね」

「モテすぎると受動的になりすぎて距離感バグるん?」

「そういう訳じゃないけど」

「他人に興味ないツケが今回ってんな。ま、工藤は特殊な立ち位置だし、仲良くなりたいならうまーくやれよ。得意だろ?」

「まあね」


 ニヒルに嗤ってみせれば、猛もニヤリと笑った。


「とりあえず、邪魔になりそうなのは支配下に置けばいいってことでしょ」

「穏便にな。あんま怖いことすんなよ」

「しないしない。ちょっとお話するだけ」


 高みの見物を楽しむ表情で肩を竦める仕草をする彼に、リヒトも玉子焼きを食べながらわざとしれっとした澄まし顔をした。

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