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魔性のこ  作者: 柚希
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 あの後教室に戻ってすぐに教師がやってきたが、椿姫とその一行を目にした瞬間何事もなかったかのように出欠を取り始めた。椿姫の隣に控えるように立っている男はおろか、その隣で絵を描き続けている少年の名前を呼ぶこともしなかった。

 そして椿姫に席を奪われた坊主の少年は、何事もなかったかのように後ろで立って授業を受けていた。

 全てが異様である。

 流れで昼ご飯を一緒に食べながら朝のことを思い出していると、リヒトの弁当を覗き込んでいる猛に気づいて、仕方なく卵焼きを一つ譲った。


「須藤の弁当うまっ。誰作ってんの?」

「野薔薇さん……祖母が作ってる。旨いよね」


 祖母は18時には夕飯をとるので、基本的には一緒に食べることはない。まあ、リヒトが避けがちだというのが本当のところではあるが、今のところ祖母から夜遅くに帰宅しても──と言っても21時には帰るのだが、小言を貰ったことはない。

 朝は食べないリヒトのために、昼はきちんと手作りの弁当を渡してくれるし、自由にさせてもらっている。


「婆ちゃんのこと名前で呼んでんの?」

「まあね。あの人お婆ちゃんって呼ぶ感じじゃないし、それに初めて会ったの二ヶ月前だよ。いきなりお婆ちゃん呼びはハードル高い」

「へー。ま、あの人厳しそうな感じはあるよな。でもめちゃくちゃ美人だし、流石尾和座家(おわすけ)の出って感じよな」

「野薔薇さんのこと知ってんの? ていうか尾和座家って?」


 エノキの肉巻きを狙ってくる猛の手を叩き落としながら訊ねると、小さな弁当を広げていたナナが代わりに答えた。


「野薔薇さんは尾和座家の出身だよ。椿姫様が君臨している一族、尾和座家。尾和座椿が椿姫様の名前。野薔薇さんは結婚して家を出てからあまり一族に関わってないって聞いたけど、リヒトくん本当に何も聞いてないんだね」

「母方の祖母がいるって知ったのもついこの間だからね。あんまり野薔薇さんと話すこともないし」

「たぶんリヒトくんが引っ越してきた時、椿姫様に挨拶しに行ったと思うけど」

「いや、してな……あ」


 あんな格好をした人間に挨拶しに行ったら流石に覚えている、と言いかけ、ふと思い出す。


「そういえば引っ越してきた時、野薔薇さんどこかに出かけてたな。少し出かけるから荷解き終わらせておきなさいって言われた記憶がある」

「どうしてリヒトくんを連れて行かなかったんだろう」


 伝統を重んじる家系によくある外国の血が混じった子供を認めたくなかったのか、それとも単に交流のなかった孫をわざわざ連れて行くまでもないと思ったのか、それはわからない。


「じゃあ俺って椿姫の親戚ってこと?」

「だな。ぶっちゃけ須藤が来た時、田舎だからすぐ野薔薇さんの孫だって話が駆け抜けたんだよ。んで、教室に入ってきたお前見た時、うわ、血って怖ぇって思ったわ。まじ美形。なんならあの美形一族の中でもトップオブトップだわ」

「美形一族……」

「なんか知んないけどあの一族は皆顔が良いんだよな。つか、その髪って地毛だよな?」

「うん、地毛。父親がドイツ人なんだ」

「あーね。ま、そんなわけで椿姫様はその一族の中でもとびっきりの美人だって話だぜ。顔を直接見たらダメってのも、魅入られて魂とられるからだって」

「ちょっと、妖怪みたいに言わないで。不敬すぎる」


 呆れたようにナナがため息を吐いた。


「実際のところはわからないけど、基本的に村の人間は小さい頃から椿姫様の顔を見たらダメって親たちから言われるの。この村では椿姫様が絶対で、ちょっと神格化されてることもあって中には過激な人もいるから、椿姫様については絶対ルールを守って」


 道で会ったら頭を下げて脇に寄る。

 顔を直接見たり、話しかけてはならない。

 確かにこの文脈だけ聞けば怪異譚の導入の文言のようだ。


「中村とかな。あいつはガチ信奉者」

「中村?」


 最早覚えていないことを隠しもしないリヒトに、猛は半笑いで答えた。


「今日椿姫様に席とられてた奴。あいつ自分の席とられてたのに感動してたじゃん。キモくて笑ったわ」

「リヒトくん覚えてない? 坊主頭のコ。前教室で迫られてたでしょ」

「え、まじ? 同性にも有効なん? 顔面レベチだと大変だな」


 ひいひい笑う猛を無視してぼんやりと思い出す。そう言われてみたらいたな。


「あのコの家は神社の家系なんだけど、村人の中でも格別に椿姫様を神聖視してるからね」

「この村って大晦日に新年を祝って集まる風習があるんだけど、そこで使われる神社の集会所を管理してるのが中村ん家」

「え、それって強制?」

「集まり? いや、まあ大人たちは基本参加してるけど子供は行ったり行かなかったりだな。俺も去年行ってないし」

「私も中学を卒業してから行ってないよ。……でね、話を戻すけど、いつも人前に姿を現さない椿姫様がそこで挨拶するの。基本的に椿姫様って自分の一族以外とは関わらないから、中村くんの家は少し村の中でも特別っていうか。本人たちも椿姫様のこと神様みたいに思ってて、自分たちはその神に仕えているって思っているみたい」


 正直言うと納得したというか、腑に落ちた。基本的にリヒトは外見のせいで他人が寄ってきやすい。個人差はあれど、酷い人間だと理性も何もかもかなぐり捨ててこちらに手を伸ばし、奪ってこようとする。

 この村ではそれが起こりにくいというか、勿論異性は寄ってくるが、最悪な状況になりにくい感じなのだ。あくまで芸能人や有名人を見るかのような小さな熱で、外の人間のように苛烈で己の身を滅ぼすようなそれではないというか。

 ただ、中村は少し違う。あれは見慣れた色を宿した熱だ。陶酔し、耽溺している。


「今年挨拶一緒に見に行く? 基本椿姫様って代理人様通してしか喋んないけど、その日は直接話すぜ」

「代理人様?」

「いたじゃん、椿姫様の隣にスーツ着た奴。尾和座当麻(とうま)。俺らの……何個上だっけ?」

「四つ上。……あの人は椿姫様の代理人。椿姫様の代わりに動く実行役みたいな存在かな。村の外の偉い人と話す時も基本的に先輩……当麻様がやってる」


 話によると代々椿姫は女性だけに生まれ、当代が死ぬ数年前に次代の椿姫が生まれるとされているらしい。何をもって椿姫とされているのかと聞けば、必ず椿姫は身体のどこかに証である痣が現れるというのだ。そして痣のある娘は必ず名前に椿をつける。初代当主がその痣を持って生まれたらしいのだが、代々尾和座家ではその証を持って生まれた者は富と幸福をもたらす象徴として一族の長を務める決まりなのだそうだ。

 ただし神聖を闇雲に振りまくことはよしとしていないらしく、代わりに表には違う人間を代理として立てて一族や村を盛り立ててきたらしい。

 だから椿姫が生まれると、一族の中で最も優秀で見目の良い男子が護衛も兼ねて代理人として付き従う。先程隣に立っていた彼、当麻がその代理人だ。


「あの人は椿姫様の実兄だよ。ずっと影みたいに傍に付き従ってる」


 いつの間にか食事を終えていたナナは、フェンスの傍に寄ると校庭を見下ろした。


「優秀なのも考えものだよね」


 無表情に眺める視線の先には、車に乗り込む椿姫と代理人である当麻がいた。緩やかに発進する車を眺めながら、ふいに初対面の時を思い出す。


「あれ? 椿姫には直接話しかけたらダメなんだよね? じゃあこの間見た奴は? 身長的に代理人の人じゃなかった気がするけど」

「あれは工藤くんだね。椿姫様の唯一のお気に入り。確か今日は一緒に来てると思うよ」

「隣に小さいのいたじゃん。ずっとスケッチブックに何か描いてた奴」


 猛の言葉に丸い後頭部を思い出す。


工藤中(くどうなか)、あいつだけはなんか例外らしい。椿姫様の特別だからいつも傍にいるし、学校も気分でしか来ないけど出席扱いになってる」

「元々この学校も先代の椿姫様が建てたからね。色々優遇っていうか、融通が利くみたい」

「昔からお気に入りなんだっけ? 俺は小学生からしか知らないけど、姉ちゃんあいつと保育園一緒だろ?」

「あんまり覚えてないけど、たぶん保育園の時はお気に入りじゃなかったと思う。ただちょっと変わったコだった気がするけど、お気に入りになってからは基本的に学校にも来ないし、関わりがないからわからない」

「お気に入りだから誰もあいつに話しかけないの?」


 小柄で頼りない姿が脳裏を過る。


「……須藤って案外見てるんだな」

「流石に気づくでしょ」


 そこまでいい加減には生きていない。回避したい感情や人間から身を守るには、他人に興味がなくともその表情や空気の流れにある程度敏感でないといけないのだ。


「……まぁ、話しかけたらダメってわけじゃないけど、あいつもある意味特別枠だからな」


 似合わない猛の微苦笑に、彼の言い分も最もだと胸中で同意した。

 村の中で一番の権力者である女。いや、当麻が実兄ということはまだ年端もいかない、リヒトと年齢がそう変わらない少女なのだろう。権力者で神格化された特別な存在である娘のお気に入りなど、どう考えても地雷臭しかしない。


「ま、俺には関係ないしね。関わるつもりもないよ」


 言外に話しかけたりしないと示せば、あからさまに二人の空気に安堵が滲んだ。

 何やら特殊な村に来てしまったが、関わるつもりがないので大した問題ではないだろう。

 どうせ高校生の間しか、この村にはいないのだから。

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