⑫
拍子抜けするほど日常は変わらない。きっと村の人間はリヒトが尾和座家へ通いつめていることを知っている。村のコミュニティとはそういうものだ。
それでも誰もリヒトを咎めたり、遠巻きにしたりはしなかった。表面上は何事もなく過ごしている。ただ、毎日リヒトが中へ会いに行くことだけが、日常に一つ追加されただけだ。
「須藤さぁ、まじで大丈夫なん?」
「何が?」
何となく最近では猛と一緒に昼食をとるようになったのだが、彼はどこか胡乱気な表情でストローを咥えてこちらを見ている。
きょとんとしたリヒトの表情に、猛が大きなため息を吐く。
「お前毎日あの家に行ってんだろ」
「あぁ、うん、まぁ」
「うん、まあって、お前ね。俺上手くやれって言ったじゃんよ」
「……成り行きで椿姫本人から許可貰ったんだよ、話しただろ。それに、村の奴らも特に態度変わらないから平気でしょ」
「聞いたけど、何でそうなったのかまじでわからん」
頭を抱えるようにげんなりとした顔をする猛越しに窓を眺める。十一月も終わりに近づいて、外はめっきり寒くなった。木枯らしが強く吹いて空き教室の窓を強く嬲る様を見つめていると、猛が肩を竦めた。
「態度変わんねぇの、逆に俺は怖いわ。工藤みたいに存在をなかったみたいにされるかと思ったけどそれもないし」
「俺は別に椿姫のお気に入りじゃないからね」
「だからこそだっつうの。お前は村の外の人間じゃん。ただでさえ皆が気にしてるのに、あえて表面上は気にしてないふりしてる。まじで何か気持ち悪い」
「お前は俺が村八分にされるのが見たいわけ?」
ジトッとした目で猛は鼻に皺を寄せた。
素直な彼がそういう人間ではないことなど最早わかっているので、言葉のない否定の態度に思わず失笑が洩れた。
猛の言いたいことはわかっている。村の象徴とされている存在相手にしきたりも何もかも無視して、普通なら敬遠されるだろう。外から来た、村の者ですらない人間なら余計に。
何がどうなっているのかは知らないが──椿姫の鶴の一声なのか、村の人間たちは何もなかったかのように振る舞っている。見ないふり、気づかないふりをしている。
「野薔薇さんにも何か言われたんじゃねぇの?」
「何も言われてないよ。……たぶんめちゃくちゃキレてるんだろうけど」
祖母だって何も知らない訳がないのだ。だが特に小言を言われたりはしなかった。忠告を無視した孫を、どうしようもない幼児を見るような目で睨んだだけだ。
逆にナナは呆れたような、困ったような、慈しみすら滲むような顔で笑っていた。
「姉ちゃんも笑ってたぜ。お馬鹿だなって」
「お馬鹿扱いは初めてだな。逆に新鮮かも」
「うるせぇわ」
軽く肩を小突いた後、猛は頬杖をついた。
「お前が困ってたら助けようかなって思ってたけど、もう知らん」
「もう助けられてるよ。……中村とあんまり二人きりにならないようにしてくれてるだろ」
過保護だなと思わないでもなかったが、猛が防波堤になってくれているので、あの熱に魘されたような男からベタベタされずにすんでいる。
「気づいてんなら、あんま優しいふりして良い顔すんな。お前本当は優しくないんだから」
「……この村で俺のこと一番理解しているのは、お前かもな」
柔和な表情や優しい態度はある意味盾であり、矛だ。無機質で他人に興味のない、冷ややかな内面を真綿で包むように隠すための武器だ。
「やっと友達認定してくれた?」
「はいはい」
リヒトのおざなりな態度に、猛はわざとらしく拗ねたように鼻を鳴らした。




