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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夜の踏切にはご注意を。

作者: 蒼井宇宙

初めての投稿となります。

そろそろ夏も終わるということで「踏切」をテーマに短編で怪談を書いてみました。

楽しんでいただけたら、幸いです。。


(今日もこの時間か……) 

 スマホの画面に目をやると、あと数分で日を跨ごうかという時間だった。

(家に着くのは明日だな。)とため息まじりに半笑いになるのも日課になってしまった。


 新卒で入社し今年は2年目。これまで実家暮らしでのうのうと学生だった所から始まった一人暮らしだが、1年経つと慣れるものである。

 近年よく取り上げられる、生活に困っている若者と比べるとマシなのだろうなと生きる日々だった。

土日はしっかり休みがある職場で給料もそれなりにもらっていた。

明らかに多い残業と結婚相手が見つからないことを除けばになるが。。

(やっと土曜日か。よく頑張った)自分に言い聞かせながら自宅に向かい歩いていた。

 

 自宅までは歩いて20分程度。会社の周辺は畑だらけ。ひたすら畑の中の一本道を歩かなければならない。15分ほど歩くと家が増え始め、自宅のある住宅街を形成する。このまま一本道は県道へ繋がっていくが、住宅街を避けるように大回りするため、自分はいつも住宅街の中をくねくねと近道として使っていた。

どちらの道も結局のところ、自宅前の踏切を通らなければならない。

同じ場所に終着するのであれば近い方がいいのは言うまでもない。


 しかしながらその踏切が通勤路で唯一、僕が嫌な場所だった。

ダラダラと続く一本道やいつ通っても吠えてくる犬がいる家の前より何倍もだ。

 

 理由は簡単。そこは度々『人身事故が起きる』踏切だからである。

田舎によくありがちな昔からあるタイプのこの踏切は住宅街を南北に二分する沿線なのだが、夜はもちろん昼間でも薄気味悪いところでネットでも話題になったりする有名スポットだった。


 それでも渡らないと自宅へは着かない。嫌なら他の踏切を使えばと思われるだろうが、この近所は踏切の間隔が広く、他の踏切を通るには15分ほど遠回りしなければならなかった。

 一刻も早く帰りたい人にとってそんな選択肢はない。日々嫌々ながらも使っていた。


 嫌な場所とはいえ、今まで何か自分の身に起きたことはなかったために半信半疑であった。

実際、僕が越してきてから人身事故が起きたことはなかったのだ。心霊現象の類いにも遭遇したこともない僕にとっては「意外とそんなものなのだろう。」という心境であった。

 

 そうこうするうちに今日も噂の踏切に近づいていた。


 住宅街の細い道を抜け、角を曲がった先に踏切はあった。この角にもアパートが建っている。建設当初は住民が居たのだが、人身事故の多発が次第に人を寄せ付けなくなり、今ではフェンスが貼られ大家さんですら放置している実質的には廃墟のようなものだった。


 いつも通り、廃墟を横目に角を曲がり踏切が視界に入った時、普段と様子がおかしいのは明らかだった。

 終電はとうに終わっているこの時間に警告音が鳴り、遮断器が降りているのだ。

信号機の赤い点滅と「チンチンチン……」という古い鐘の音は見慣れたはずの景色を一変させており、道を間違えたかと錯覚させるほどであった。


(逃げろっ!)


 謎の声が僕の脳内を駆け巡った。こんなことは初めてだ。背筋が凍るような寒気と恐怖が僕を襲った。 

目の前の光景がおかしいことには気づいているし、逃げ出したいほどの恐怖に襲われていることも認識している。

 しかし、足は不気味な光景が広がる踏切の前へと進んだ。線路脇にはいくつもの花束が置いてあるのにも気づいていた。


 目の前まで来た以上、この不可解な現状の原因を突き止めたいと思ってしまった僕は、目の前の信号機やここからは見えない左右の駅の方角へ首を振り目を細め、情報を得ようとしていた。

 最初は気のせいかと思った。

 何度か首を右に左に振っていると視界の端に何かいるのが視えた。繰り返し繰り返しそれは視えた。それでも気にしないふりをして辺りをキョロキョロとしていた。

 額には汗が滲み背中では冷たい汗が走り、恐怖で体は強張った。心臓の拍動は早まっていく。

『何かいる』線路を直視することはできなかった。

街灯も少なく、踏切の点滅だけが頼りのため、視界はあまりよくない。


(幻覚を見るほど疲れてるのか?)

目頭を押さえ、コリをほぐすように揉む。確かに残業続きで疲弊していたことは事実である。ただ、これまでも同じように疲れていることは何度かあった。

 全く理解できない(理解したくない)現象は恐怖をさらに駆り立てた。

目の端で捉えた何かは線路の上でうずくまっているようであった。

 必死に意識を違う所に向けようとしても脳内に焼き付く強烈なあの光景に意識が向いてしまう。


 十分に揉みほぐすと、恐怖の中思い切って線路に目を向けた。

「見えないでくれ!」という淡い期待とは裏腹に、目を開くと目の前の線路に『女の子』がいた。はっきりと見えた。僕に背を向けた状態でうずくまっている。肩が揺れ、泣いているようにも見えた。


(ーー自分は思っている以上に疲れていたのだ)もはや、そう解釈するしかない。

 残業続きの脳みそは置かれた現状に対して思考するだけの余力をもう残してはいないのだと。僕の思考回路はそこで活動が止まった。


『助けて』

 SOSが聞こえたわけじゃない。ただ、明確にあの子の元にいかなければいけないと感じた。それは一種の、命令のような感覚でもあった。そして「本能」という人間が受け継いできた防衛能力はこの奇異な光景を前に意味をなさなかった。


 僕は感じるままに動いた。遮断機をくぐり抜け、一歩一歩ゆっくりと近づいていく。強張った体はあまり言う事を聞かなかった。

 動かない体がさらなる恐怖を煽り、心臓の鼓動音が耳を支配し外の音をかき消す。近づくほど『彼女』には視界を支配され、どんどんと視野は狭まっていく。

 釘付けにさせられていく視界の端で光が迫って来るのを捉えた。


「えっ、こんな時間に?」

 この時間に電車が走っているなんて聞いたことがない。

(そんなはずはない。)と思いながらも目の前に起きている現状が事実だと思うほかない。僕はますます焦った。どんどんと迫り大きくなる光を横目に女の子の元に急ぐ。

 けれども体が思うように動かない。

いくら急いでいるつもりであっても腰の抜けた人の歩速などたかが知れていた。


(逃げろっ!)声をかけようとするが、声が出ない。

度が過ぎた恐怖を感じると、人は声で出なくなると本で読んだことがあったが体験する機会がまさかあるとは思わなかった。

やっとの思いで触れられるほどに近づくと『彼女』はようやくこちらを向いた。


「捕まえた……」


 振り向いた『ソレ』は明らかに人間ではなかった。

穴が空いたように真っ黒な眼窩、口は裂け、青白く所々破け剥がれた肌。首は折れて傾いており、内臓は垂れ出て背中側の内側まで覗けそうであった。僕はとうとう恐怖に全権を奪われた。その場に力なく座り込んでしまった。

 

 その時悟った。あぁ、僕もこいつの餌食になるんだと。

肩が揺れていたのは、泣いていたのではなく笑いを堪えていたのだと。初めから僕をここへ誘う罠だったのだと。

 ニタニタと笑い、今にも僕が欲しくて襲いかかってきそうだった。

「パァーーン。」

 鼓膜が破れそうなほどの電車の警笛が聞こえ、前照灯が見える全てを覆い尽くした。


 パッと目を覚ますと白い天井が眩しかった。僕は病院のベットの上だった。

医者の話によれば、二日前の早朝に運ばれたとのこと。過労で倒れた俺は、帰宅途中に線路の上で倒れたらしい。

そのまま、線路上で倒れてた所をたまたま始発の時間より前に通りかかったサラリーマンのお陰で運び込まれたのだった。

 そのサラリーマンが通っていなかった事を考えると……考えるだけでも恐ろしかった。

 

 その後程なくして、俺は会社を辞め、隣町へ引っ越した。 

 後から聞いた話だが、その人身事故にあっている人のほとんどは、踏切周辺の住民で夜中に外出していた次の日の始発電車に……という事らしい。


  僕が”生きている”限り、

あの踏切で「事故が起きることはない」と断言しようーー

読んでいただきありがとうございました。下にあります星マークにてご評価いただけたらと思います。

ご評価、コメントが励みになります。

よろしくお願いいたします。

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