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第一章 愛犬 1

 此花隆志(このはなたかし)は指定された事務所のドアをノックした。


「どうぞ~」


 若い女性の許可。こほんと喉を鳴らしてからドアノブを回す。


「失礼しま──」

「せめて交通費ぐらいもらってきてくれませんか」


 狭い事務所の中には机がひとつしかない。そこを占有している老人がパソコンを前にしてぼやいている。


「そんなこといってもさあ、幽霊じゃなかったんだからお祓いできないし」


 後ろのソファにだらしなく伸びているのは虎柄のワンピースを着た女の子。

 老人と女の子……経営者とその孫だろうか。


「黙っていたらわからないじゃないですか。塩と酒でも撒いて『除霊終わりました』と言えば喜ばれますよ。あ、依頼のかた? そこに座って」

「はい……」


 指定された丸椅子は不安定に揺れる。ビスでも緩んでいるのか、両足を開いて座り、バランスを取る。


「そういう演技は得意だよね、仙師(せんし)

「お客さん来たから、双葉(ふたば)師匠はもうだまって。はい、えーと、此花隆志さん、でしたよね。除霊のご依頼っと」

「は、はい」


 この老人は見覚えがある。

『どんなしつこい悪霊もプロのお祓い師におまかせください!』

 そんなキャッチコピーと並んで陰陽師の格好をしてサイトの載っていた虚洞仙師(こどうせんし)だ。白髪白髯が神々しい。七十の坂は優に超えているだろう。

 だが枯れた老人というよりも旧約聖書のモーゼのような迫力を、初めてサイトの画面を見たときに感じたのだ。頼もしいと思った。

 だから虚洞仙師に除霊を依頼したくて来たのだ。だが目の前の仙師は──


「なんじゃ、なにをじろじろ見ておる」

「Tシャツ、ポケモンですね」

「ポケモン、可愛かろ」


 さすがに普段着が陰陽師の装束のわけがないか、とそこは納得するしかない。

 いや、考えようによってはふさわしいかもしれない。だって、モンスターは調伏対象のはずだから。


「で、どした?」

「呪いって本当にあるんでしょうか」

「なにがあったんだね。自覚症状があるなら教えてくれたまえ」


 仙師は顎を突き出して促してくる。ちょっと戸惑った。というのも、呪われているのはぼくではなくて……。


「犬? 君んちの犬が呪われてるって?」

「……はあ」



 犬の名前はザビエル。子犬のとき頭頂部の毛が薄かったのが名前の由来だ。犬種はチワプー。チワワとトイプードルのミックス。

 飼い主の贔屓目(ひいきめ)ではあるがザビエルは賢くて社交的でとにかく可愛い。おとなしくてモフモフしていてとにかく可愛い。何度でも言う、とにかく可愛い。

 それがここ二週間ほどようすがおかしい。虚空に向かって吠えているかと思ったら、隅にうずくまって怯えていたり、大好きな散歩に出たがらなくなるし、一日中ぐったりと寝ていることもある。


「病院につれていったらどうです?」

「もちろんつれていきましたよ。異常なしでした」

「失礼だが、老犬なのかな。わしのような……?」

「二歳ですよ。チワプーは比較的新しい犬種ですけど、寿命は十年以上あると言われています」

「自宅で飼ってるのかな」

「ええ、賃貸のマンションです。もちろんペット可のところです」

「となると」仙師は少女を振り返った。「見に行くしかないよねえ」

「え、やだ。わたしはパス!」


 少女は顔をしかめた。


「ちょっと待ってください。うちに来るんですか? お札とかでなんとかなりません?」


 仙師は、物わかりの悪い子供を見るような目でぼくを見た。


「ワンちゃんが心配でしょ。善は急げっていうし。いますぐこれからダッシュで伺いますね」

「え、きゅ、急ですね」


 こちらの都合は考えてくれないらしい。


「急だと困ることでも?」

「……ちなみに費用はいかほど……」


 金額を聞いてから「金欠なので今回は辞退します……」と帰っちゃえばいい。

 ザビエルのことは心配だが、どうにも胡散臭い。なにしろ、塩と酒でも撒いてお祓いしたことにすればいいって耳にしちゃったあとだからなおさらだ。ポケモンTシャツ着てるし。

 さっきまでは気にならなかったことが妙に気になってくる。インチキかもしれない。本当にお祓いなんかできるのかな。不安がむくむくとわいてきた。

 断る気満々でかまえていると、


「ただでいいよ」


 と少女が言い放った。

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