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序章 家 3

「はあ? 座敷童子?」

「ヤスさんが、あ、ほら畑の向こうにある家、ヤスさんっておばさん、覚えてる?」

「ああ、いたなあ」

「ヤスさんがね、この家の窓とかに子供の姿を見たことがあるんだって」


 うっかりと盗み聞きする形になってしまったが、ヤスさんがそんなことを言うなんて信じられない。座敷童子など見たことも聞いたこともない。ヤスさんの口から聞くのも初めてだ。

 長年のつきあいだが、裏表のない穏やかな人だと思っていた。久しぶりに戻ってきた子供には怖い話を聞かせてやることがサービスだとでも勘違いしているのだろうか。わたしにはなんと言い訳する気だろう。

 きゃっきゃとはしゃぐ穂乃果は、狙いどおりに喜んでいるようだ。

 ところが幸太郎は、


「やっぱ東京にいたほうがよかったんじゃないかな……?」


 怯えたようすで、きょろきょろとあたりに視線を飛ばしている。


「座敷童子ならいいじゃない。見たら幸運が舞い込むとか、金持ちになれるとか聞くし」

「い、いや、(もの)()だろ、見たくないよ」幸太郎はぶるぶると身体を震わせている。「もしかしたら子供の幽霊かも知れないじゃないか」

「……でもこの家で子供が死んだことはないでしょ。幽霊とかじゃないと思うんだよね。あ、浮遊霊ならありうるのかな」

「ひ、よせよ……!」


 幸太郎は怖い話が苦手だ。年相応の落ち着きがない。笑い飛ばすのはかんたんだが、本人はいたって真剣だ。


「あっれ、兄さん、そんなに怪談嫌いだったっけ。まあ、でもさ、ヤスさんも老眼で見間違えたのかもしれないよね」


 空気を読んだのか、穂乃果が強引に話を終わらせた。


「なあ、やっぱりなんかいる気配がするんだ……東京に戻……」


 幸太郎が言い出す前に、いま通りかかったふうを装って、明るく声をかけた。


「若いくせに(じじ)むさく縮こまってなにしてんだい、幸太郎。ほら、立ち上がって、スキップでもしてごらんよ」


 穂乃果が腕組みをして動かない幸太郎を見下ろす。


「あせらず静養しろって主治医の先生もおっしゃってたじゃない、兄さん。絶好の場所だよ、ここは」


 穂乃果の声に苛立ちが滲む。


「それにマンションの契約、解除しちゃったし。戻るとこ、もうないよ」

「探せばいい。ネットでも見つかる」

「かんたんに言うけどさあ、探すのはいいけど、費用はどうすんの」

「どうすんのって、おまえ……」

「おばあちゃんちなら家賃タダじゃん。ちょっと古いけど、広いんだから、文句言わないでよ。いまは贅沢言っていられないことくらいわかってるでしょ」


 幸太郎は言葉に詰まって、目を伏せた。


「……おまえはいいよ。場所を選ばない仕事だし、霊感がないんだから」

「幸太郎は幽霊を見ちゃうほど繊細だったかしら」


 わたしは小さく嘆息をついた。言い訳にしても呆れるほど幼い。


「絶対いるよ、ここ」

「霊感なんて兄さんもなかったじゃない。病気になると視えるようになるの? そんなのきいたことないよ」

「ちぇ」

「東京に戻りたいという兄さんの気持ちもわからなくはないけど、わたしも引き払って来たんだよ。なにも一生ここで暮らせと言ってるわけじゃないし」

「そうよ。元気な体になるまでは我慢しなさいね」

「わたしたちには金銭的余裕がないんだから。手始めにルンバでも売る?」


 二人がかりでせめられて、幸太郎はしゅんとなった。

 ルンバとは幸太郎がお気に入りのロボット掃除機というものらしい。処分する勇気が出なかったと携えてきたのだ。

 口論は小さな頃からいつも穂乃果が勝つ。思いつきのわがままを振りかざす兄と、何事にも慎重で現実的な妹。

 穂乃果はまだ言い足りないようだ。


「古い家だからお化けとか座敷童子とかいてもおかしくないけど、だとしても、別にいいじゃん。わたしとちがって、兄さんは誰とでもすぐ仲よくなれる特技があるんだもん。お金ももったいないし。わたしは零細個人事業主だし、兄さんは無職だし」

「ぐ」


 わたしは苦笑をこらえた。


「ヤスさんに野菜もらったよ。これから仲よくしてさ、畑手伝いにいこうよ。静養するってのは寝て過ごせってことじゃないんだからね。無理のないていどに身体を動かそう。余計なこと考えると落ち込むだけだよ」


 職も貯金も健康も失った兄に比べて、頼りになる妹だ。


「おまえがいてくれて……よかったよ」


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