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第三章 方向指示器 1

 その奇妙な女の子を見たのはバイトからの帰り道だった。


 バイト先は友人が経営するカラオケ店。おれは単なる手伝いだ。

 シフトの都合がつかなくて、その友人も店に出られないタイミングのときだけ手伝いに行く。月に数回程度だが、曜日も時間もまちまちだ。

 だからその日その時間に橋を歩いたのは偶然だった。


「ふう、重いな」


 バイト先でパクってきた炒飯とからあげが手提げ袋に入っている。今日納入された分を冷凍庫におさめようとしたらはみ出したので、古いのを引っ張り出して入れ替えたのだ。

 冷凍庫の奥には保冷剤のかたまりが新聞紙にくるまれて詰められている。それを廃棄すりゃおさまるんだが、勝手なことをするとベテランアルバイターに怒られるので、邪魔だなあとは思っても口には出さないし、手も触れないように気をつけていた。

 どこの集団にも面倒くさいやつはいる。逆らうのは無駄だ。おれは無断欠勤したベテランの代打にすぎない。けして炒飯をパクるための言い訳ではない。


 おれのねぐらが見えてきた。橋の向こう、左側にあるベルサイユの森荘というたいそうな名前のボロアパートである。


「ああ、しかし肩がこったなあ」


 今日は忙しかった。

 愛想笑いのせいで顔の筋肉が痛い。

 ドリンク作りで腕を使いすぎて肩がだる重い。

 

 なんとはなしに護岸と川の境をぼんやりと眺めていたら、どこかから声がきこえてきた。

 十年前まではホームレスが雨露をしのいでいた橋の下。行政が妙に張り切りだしてからは誰もいなくなったはずだが。

 いや、いた。高校生くらいの女の子が一人、何もない空間に向かってしゃべっている。別におかしな光景ではない。

 役者の卵が発声練習をしていたりダンサーが振り付けをしていたりミュージシャンが歌っていたりすることがよくあるからだ。だがその女の子は役者の卵でもダンサーでもミュージシャンでもなさそうに見えた。なぜそう感じたのかはよくわからない。


 あえて言えば、雰囲気、だろうか。そのまま行き過ぎようとしたところ、


「右足はみつかったでしょ」


 などと耳に飛び込んできたので思わず足が止まった。

 欄干からそうっと眺め下ろす。オーバーサイズのジャンパースカート姿が幼く映った。女の子は壁に向かって立っていた。なにか考え事をしているようでこちらに気づく気配はない。


「内臓は我慢してよ。ミンチにして下水に流したんだから」


 なんの話だ。下水管が詰まるから生ごみは流すな。

 きっと芝居の台詞かなにかだ。おれは関心を切り離して、踵を返した。快適な穴倉に帰ろう。


 アパートの階段をあがると部屋の扉に男が寄りかかっていた。


「よお、太郎」

「なにしてんだ」

「太郎が帰ってくるのを待ってたんだよ。今日はありがとな。おかげでデート楽しめたわ」


 おれに続いて当然のように部屋に上がりこむ男は友人にしてバイトの雇い主、オカチン。高校の同級生で、二十年来のつきあいだ。


「首尾は上々か、オカチン」


 興味はないが聞いてやる。


「よくぞ聞いてくれた。舌先と指先で彼女の上半身の弱点を攻略してやった。あと一押しだ。次のデートで突入してやるぞ。あ、言っておくが、今日攻めあぐねたのはおれの失敗じゃないぜ。なんか知らんが上から呼び出されたとかで時間がなくなったんだ」

「……そんな詳しく話さなくていいよ」

「へへへ、おまえには刺激が強すぎると思ってジェラートに包んだんだけどな。なんたって婦警さんだからなあ、想像したら鼻血吹いちゃうだろ」


 ジェラートじゃなくてオブラートだろ、という突っ込みはやめておく。今は婦警ではない、という言葉も言い換えておくにとどめる。


「すごいな、オカチンは。女性警察官をよく口説き落とせたよなあ」

「可愛い顔してるのにかたい職業ってとこがぐっとくるだろ。癖なのか、ときどき眉間にしわ寄せるんだけど、その顔だけは怖くて苦手だけどね。警察はやっぱいろいろ苦労あるみたいでさ」

「交通課、だっけ」

「ああ、交通課だったんだけど……て、太郎、これ、店のじゃないか」


 冷蔵庫の冷凍スペースに投げ入れた炒飯とからあげをオカチンは見逃さなかった。


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