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第一章 愛犬 3

「そうですねえ。ワンコに直接取り憑いてる感じではないですね。部屋に居るのかな」


 仙師はきょろきょろと辺りを見回す。


「もしや悪霊とか見えてます?」

「なんかいそうな気はするなあ。ちょっとすみませんね」


 仙師は車のトランクから持ってきたボストンバッグを引き寄せた。ずっしりと重量感があるそれになにが入っているのか、すごく気になる。


「双葉師匠は霊感が鋭くて肉眼で見えるんだけど、わしは道具を使わないと駄目なんでね。あ、言っとくけど、だからといってわしのほうが劣っているという意味ではない。感受性の問題。視力が悪いと眼鏡かけるでしょ、それと一緒。祓い方は人それぞれ。あ、ワンコを隔離してくれるかな。危険だから」


 遊びたがるザビエルをケージにしまった。


「さあ、いっちょ始めますか」


 仙師は塩の袋と日本酒の一升瓶をバッグから出した。

 心霊現象対策には定番のアイテムだが、なんで盛塩をしたり酒を供えたりするのか、ぼくは知らなかった。

 通の酒飲みは塩を舐めながらポン酒を飲むとか聞いたことがあるが、下戸(げこ)の幽霊にとっては嫌がらせにならないのだろうか。ちなみにぼくは下戸だ。それとも、あれか。消毒用アルコールとか腐敗防止の塩とかの意味合いなのか。

 もともと知識がないうえに、そんな不謹慎じみたことを考えてしまったのにはわけがある。

 仙師が手にしているのは業務用スーパーで売ってる大容量で安い塩なのだ。

 下戸のぼくには日本酒の銘柄はわからないが、そちらも()して知るべしという感じがする。


 仙師は一升瓶を逆さにすると豪快に口に含んでから霧状にして酒を吐き出した。

 おお、見事だ。と思うほどお人好しではない。ここはぼくのマンション、しかも賃貸だ。


「な、なにするんですか」


 部屋中にアルコール臭が充満する。


「これからだよ」


 ついで仙師は塩を鷲掴みにして撒いた。四方八方に。

 ザビエルが誤って舐めたら腎臓病になってしまう。ザビエルのケージをキッチンに避難させたが観葉植物は間に合わなかった。


「あああああーパキラがあああ」


 葉に塩が降りかかって霜がおりたようになっている。


「なにするんです、枯れたらどうしてくれ──」

「しっ。静かに」


 仙師の顔がいままでになく真剣だった。視線を追うと、部屋の隅のなにもない空間に一瞬だけ人影が浮かんだ。見間違いかと目をこする。

 

「い、いま人影みたいなのが……」


 人影が見えたのはほんの一瞬だった。

 仙師が撒いた塩がたまたま人の形になっただけかもしれない。

 だがもし透明人間がそこにいて、もし塩をぶつけたら、ああいう形に浮かびあがるのではないか。


「透明人間……!?」


 なにも見えない空間を凝視した。床を見ると、春の雪がうっすらつもったような塩がある。透明人間がいるのなら、塩の上に足跡がつくだろう。

 自分で想像してぞっとしたが、怖くなるようなことは起こらなかった。


「うーん、威力が足りないかな。やっぱこっちか」


 ボストンバッグの中から仙師はあらたな瓶を掴みだした。ラベルには『ウォッカ』の文字とアルコール度数48%──

 あたまがくらくらしてきた。

 仙師は口いっぱいにウォッカを含むと、ポケットからなにかを取り出してカチッと……。


「なにするんですかー!!」


 電光石火の早業でライターを叩き落とした。ごくんと喉を鳴らす音。


「それはこっちの台詞じゃい。飲んじまったじゃないか」

「いま、火を吹こうとしましたよね。なに考えてるんですか」

「幽霊をあぶりだすんじゃよ。火炎放射の中に幽霊の姿が浮かびあがるんじゃ」

「室内でやったら火事になるでしょうが」


 怯えたザビエルがケージの中できゃんきゃんと吠えた。


「ううむ、しかたない」


 仙師は尻ポケットからタバコを取り出して十本ほど一度に口にくわえて火をつけた。


「うち、禁煙なんですけど」


 ケージごとベランダに出ていろと身振り手振りで指示してきた。まったく自分勝手なやつだ。

 ベランダからガラス越しに中を覗く。

 たばこの煙の中に、見えた。人影が浮かびあがったのだ。


 ぼんやりとしかわからなかったが、あまり背が高くない人物のようだ。その人物の足下にもぼんやりとした塊があった。子供……だろうか。だとしたら親子の霊だろうか。

 親子で悪霊やってるって、怖いな。

 だが子供のほうは輪郭がぼやけていた。人間の子供というよりはスーツケースとか登山用リュックみたいな。

 いや、ますます怖くなってきた。スーツケースの霊ってなんだよ。


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