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エヴァ、王宮で窮地

ミュシェさんにお願いされた買い物は順調に進んだ。ルドルフは顔が広いらしく、行く先々で声をかけられている。ご丁寧にその都度をエヴァを紹介しようとするものだから、被ってた帽子をより深く被り直してペコペコと頭を下げた。


残りの仕事はエヴァが直した刺繍入りのドレスを届けるのみとなった。


依頼人の屋敷は王宮のほど近くにあった。ルドルフから聞いた話では、レグニッツで侍女というのは高給取りの職業のひとつで、王妃付きの侍女ともなればそれなりに優れた人材が投入されるのだという。


「つまり、依頼人は超エリートってことですか?」

「そうだ。案外、知ってる人かもしれない」


ルドルフはスタスタと屋敷へ入っていき、エヴァも恐る恐るそれに続いた。

最初に対応してくれたのは執事だ。彼は二人を応接室に通しお茶を出してくれる。


「ただいま奥様は、急な用事で王宮に行っております。今しばらくお待ちいただけますか?」

「お届けをしに伺っただけなので、これでお暇したく…」

「奥様に仕上がりを直接確認して頂かないと、私の判断でお引き取りすることができないのです」

「……かしこまりました」



長く待った。

けれど彼女は帰って来ない。このままルドルフを拘束し続けることに罪悪感を抱いたエヴァがどうしたものかと考えあぐねていると、ルドルフのほうから提案してきた。


「よかったら、今から王宮へ行かないか?」


エヴァは驚いて紅茶を飲む手を止める。


「実は俺は法務局で働いていて、職場は王宮内にあるんだ。俺を通せばそのドレスを渡すことも可能だと思うよ」


提案を受け、エヴァは迷った。王宮へ行くということは近衛兵に会う可能性も極めて高くなるのではないか。

彼女の心配などルドルフにはお見通しのようだ。彼は安心しろと言わんばかりにエヴァに向かって微笑む。



「俺と一緒に行くんだもの。恋人のフリをしていれば近衛兵だってむやみに連れていこうとは思わないさ」

「それでも取り調べを受けそうになったら?」

「逃げればいい。王宮は今、金髪女性で溢れている。君ひとり混じったり逃げたりしたところで誰も気にしないさ。木を隠すなら森の中って言うだろう?」


悔しいことにエヴァは妙に納得してしまった。彼女の表情を読み取ったルドルフは、早速執事に話しかけて了承をもらっている。そのスピード感、恐るべしである。



「せっかく王都へ来たんだ。クロワッサンの店は無理でも、さっさとお使いを済ませて、君の行きたいところへ行こう。馬車もあるんだし」


再び馬車に乗り込む際にルドルフはそう言ってウインクを決めた。レグニッツの貴族の男は、やはりどこかキザったらしくて苦手だ。紳士なところもエヴァには慣れない。



■■


王宮へ入る最初の門は馬車ごとの入場を許可された。次の門も、その次の門も馬車ごとの通過が認められる。ただ王宮で働いているだけで、あの頑丈そうな警備をなんなく突破していけるものなのだろうか。多くの馬車が最初か次の門で止められ、中に入っていた貴族と思しき人たちはそこから下車して移動しているところを見たけれど、ルドルフは王宮の内部まで馬車移動を認められるのはなぜ?

エヴァはここで初めて気づく。ルドルフは自己紹介のとき、自分の身分を話してくれていない。ルドルフ・ツヴァイクは、モンティ伯爵夫人の甥であることしか説明を受けていない。


彼女は頭をフル回転させる。昔読んだレグニッツの歴史書をなんとか思い出す。レグニッツの三代前の王の時代、数々の功績を立てた王弟の名がツヴァイク大公という名前だと気づいた彼女は、青ざめた顔でルドルフの方を見た。


「どうかした?」


ルドルフは陽気な笑顔でエヴァを見てくる。正体を問い詰めようとも考えたが、その気持ちをぐっとこらえた。彼はあえて身分を説明しなかった。説明したくない気持ちなら、エヴァにだってよく分かる。


「……なんでもないです」


そういえば先ほど、王宮には恋人のフリをして入るとルドルフが言っていなかったか。彼女は絶句し、ルドルフを二度見した。


「どうかした?」


ルドルフは相変らず陽気に尋ねてくる。


「宮殿内に入るとき、恋人という設定は止めてほしいのです」

「なぜ?その方が近衛兵からはあれこれ言われないと思うけど?」


その代償として、また新たな厄介ごとに巻き込まれる可能性があるのはゴメンだ。ルドルフのフランクさや紳士さ、ちょっと話しただけでも十分に伝わる人の良さ。間違いなく貴族のご令嬢に人気のパターンのやつに違いない。


「遠い知り合いとか、恩がある人の娘とか、そういう遠い感じの人にしてもらえるとありがたいです。あなた…その…人気ありそうだから」


ルドルフはそれを聞いて少し黙ったあと、エヴァの言葉に頷いた。人気がある自覚はあるらしかった。



二人は王宮の奥に続く門の前までやってくると、そこでようやく馬車を降りた。


宮殿の中に入る。エヴァは金髪をひとつにまとめて目立たないようにセットした。


王妃様の侍女に面会を求めるために、王宮の管理部へ向かう。レグニッツでは王宮で働く部門が規律正しく存在しているらしかった。マシェルバでは考えられないことだ。


ルドルフは勝手知ったように管理部のドアを開け、誰かを呼び出すと紙に自分の名前を書いた。エヴァも書く必要があるのかと思いきや、代表者の名前だけで良いらしい。その場で少しだけ待つと、許可が取れたらしく王妃がいる棟の応接室へ行くよう案内された。


ルドルフが対応してくれた人にお礼を言って歩き始める。エヴァも慌ててお礼を言い、ルドルフのあとへついていく。彼は王宮の内部を把握しているらしく、迷うことなく目的の場所へと進んでいる。道すがら、ここでもやはりいろんな人が声をかけてきた。中には明らかにルドルフへ好意を向けている令嬢からの声掛けもあったが、彼は軽やかに受け流した。



応接室の扉が見えてきたそのときだ。一人の男性が慌てたようすでルドルフに声をかけてきた。


「ちょうどいいところにいた。実はツヴァイク家まで君を呼びに行く遣いを出したところだったんだ」

「何かあったのか?」

「君が受け持っている河川事業の詐欺の件で」


そこまで言うと、男性はエヴァの存在に気づいた。お辞儀をすると、彼はエヴァからルドルフへと視線を戻して黙る。どうやらエヴァの前で話すのは難しい機密案件のようだ。ルドルフも同じように察したらしく、気まずそうにエヴァを見た。


「あの、私先に応接室で待っています。すぐそこの、あのドアでしょう?」


気を使ってエヴァから提案した。ドアは50メートルほど先にあった。目的地まで迷いようもない。


「すまないな。すぐに戻ってくる」

「お嬢さん、デート中に申し訳ない。少しだけルドルフを借りていく。すぐに返すからね」

「デートではないので、ごゆっくり話してきてください!」


ムキになって返事をすると、2人はエヴァに向かってほほえみ、すぐにきびすを返した。駆け足気味に去っていく後ろ姿を見るに、それなりに大変な事件を抱えているらしい。

エヴァは先に応接室に入るため再び歩き出した。そして1歩踏み出してから気づく。ドレス入りの荷物はルドルフに持ってもらっていたのだ。慌てて振り返ったけれど、彼の姿はとっくに見えなくなっている。


仕方ない。先に部屋に入っておくことにしよう。ドレスの依頼主がルドルフよりも先に来てしまったら事情を説明して一緒に待ってもらおう。


そう思い、応接室へと歩き出したときだ。ものすごい勢いで若い近衛兵が現れた。



「お嬢さん、困るんですよ!勝手にあちこち歩き回られちゃ。リヒャルト・ブラバント団長に会いたいなら、控室で大人しくしていること。最初にそう説明を受けたでしょう?」


近衛兵は力強くエヴァの腕を掴むと、グイグイと引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。エヴァは必死に抵抗した。


「人違いです!私は近衛兵の方に連れてこられたんじゃなくて、人に会う約束があってここに来たんです」


近衛兵は手の力を弱めてエヴァを上から下までじろりと見て、また力を強めた。


「どこからどう見ても町娘のあなたが、王妃様の棟になんの用事ですか?嘘をついて我々を出し抜き、抜け駆けして先に団長の元へ行こうという魂胆なのはバレバレですよ」


誰がそんな恐ろしいことを思うか!

エヴァは心の中で全力で否定した。けれどそんなこと、近衛兵には当然届かない。


「本当なんです。王妃様の侍女を務める方にドレスのお直しを依頼されて、届けに来ただけなんです!」

「…では、そのドレスはどこに?」

「ここまで連れてきてくださった方が持っていってしまって、その人、用事があるからって先ほどどこかへ……」

「それを信じろと言われても、なかなか難しい話ですね」


近衛兵は「抜け駆けしようと企む人が多くて本当に困る」と文句を言いながらエヴァを連れ、来た道とは別の通路へと進みだした。応接室がどんどん遠のいていく。


ここ2年のうちでもっとも絶望的な気分だ。どうしてこんなことに。エヴァは叫びだしたくて仕方なかった。



近衛兵に連れて来られた部屋には、たくさんの鏡と化粧道具が並んでいた。鏡の前では年ごろの娘たちが入念に化粧を施したり、髪の毛をブラッシングしたりしている。共通しているのは、どの娘も金髪だということだ。


『王都ではマシェルバからやってきた、お姫様と同い年くらいの金髪の子を順番に集めて確認しているそうよ』


『最近は金髪の妙齢な女性がいたら国籍問わずに取り調べが始まるんだ。君があの兵に見つかると、おそらく近衛の詰め所に連れて行かれるだろう』


ミュシェさんやルドルフが言っていた言葉を思いだす。冷や汗が溢れ出た。心臓が尋常ではない拍数を刻んでいる。目の前の娘たちも、エヴァとは違う意味で気分が高揚しているようだ。

支度が終わったと思われる女性たちが次々とひとつのドアの前へと並ぶ。入ったドアとは別のドアだった。



「君、準備はもういいのか?」


現実を受け止めきれないエヴァに近衛兵から声がかかる。


「準備?」

「いいなら、身分証を出して。終わったら返すから」

「身分証?」


あたりを見渡すと、女性たちは当然のように身分証を近衛兵に預けている。ここで変な真似をすると、間違いなく怪しまれるだろう。


エルサから教わったことを思い出す。驚いたり逃げたりしてはいけない。いつもと同じようすで、当たり前に過ごせばいい。



エヴァは大人しく身分証を渡して列に並んだ。木を隠すなら森の中作戦である。エヴァのあとに、入念な準備を終えた金髪の娘が数人並んだ。


全員が並び終わると、上官と思われる人物が入ってきた。彼は一列に並んだ女性を数える。


「22人か……。報告では21人と聞いていたが、誰か報告を怠ったな」



上官はひとりごとを言ったあとで全員に聞えるように声を張った。


「いいか、まもなく団長が隣の部屋にお見えになる。団長が席に着いたあと、一列に並んで入室してもらう。取り調べ中は団長の質問に簡潔に返答するように。不用意に質問をしたり、会話を長引かせるための姑息な手段を使ったり、手紙やプレゼントを渡す行為は一切禁止する 」


おそらくそういった前例があったのだろう。モテる男は大変だ。しかし大変なのはこちらも同じ。絶対絶命なのはむしろエヴァのほうである。


隣の部屋へと続くドアが開いた。中に入るように指示が出る。21人の娘に混じって、エヴァも隣の部屋へと入った。


リヒャルト・ブラバンドが、中央の椅子に座っていた。



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