二人のローズ2
「ではどういう関係だったか詳しく説明できるか?」
リヒャルトはローズのそばまで近づくと、彼女を挑戦的な眼差しで見つめた。もう1人のローズの存在などまるで気にしていない態度だ。ローズは彼に目を向けることなく、議長と思しき人物をまっすぐと見て答える。
「彼はウエスト塔で捕らえられていました。私は塔の責任者として、旧国の王から尋問をするように指示されていました。ただそれだけの関係です」
すべてを知る人たちにとって当たり前の内容だが、レグニッツの人々にとっては信じられない内容だ。英雄と名高いリヒャルト・ブラバントが、恋人と噂されていた姫に尋問されていただなんて。
「尋問内容は?」
「捕虜を引き受けた目的について、何かしらの狙いがあるだろうから、それを引き出すことが私の役割でした」
「尋問は具体的にはどのように行われたのか?旧国の王の指示内容を明確に答えてほしい」
「リヒャルト・ブラバントの体を拘束し、精神状態を悪くするような言葉を吐いて追い詰め、本音を引き出すように言われました」
「君はそれを実行した?」
「はい」
「拘束方法は?」
「手足に錠をかけ、視界を塞いで……」
傍聴席からどよめきとは違う声がいくつか上がった。それは困惑だとローズは認識したけれど、実際は違う。リヒャルトが拘束され、目隠しをされている景色を思い浮かべて興奮を隠しきれない女性たちの心の声が漏れたのだ。また、リヒャルトを言葉攻めする容姿の整った妙齢の女性の姿を想像し、何かしらの癖に目覚めてしまった男性も複数人いたという。
傍聴席の騒ぎを抑えたのは議長だった。彼は辺りを鎮めたあと、リヒャルトへと質問を投げかけた。
「リヒャルト・ブラバント卿に尋ねる。二人のローズの回答が分かれたことに関して、君の回答も伺いたい。君とローズは恋仲にあったのですか?」
この場にいる誰もがリヒャルトの回答を知りたがった。彼はすぐさま事も無げに返事をした。
「恋仲ではなかった」
「では、ローズ・マシェルバから愛の言葉を伝えられたことは?」
「愛の言葉がどういった類いのものなのか判断しかねるが、私の認識ではそういったものはない」
「彼女を優しい眼差しで見つめたことは?」
「捕虜となっていた間、ローズの顔を見たことはない。視界を布で覆われていたからな」
「それでは熱い抱擁を交わしたというのは…」
「無論、ない」
議長は黙り込んでもう1人のローズへ視線を投げ、もう一度リヒャルトへ向き直ると質問を再開した。
「公聴会が開かれる直前まで、ローズ・マシェルバが滞在する部屋に足繁く通っていたのではないですか?その……この場合のローズ・マシェルバは今日名乗り出た方ではなく……以前からの名乗り出ている方を指すこととします」
「自身を『ローズ・マシェルバである』と強く主張する者の元へは、状況確認のため訪れていた」
「今日も『自分が思っていることを包み隠さず話して良い』と後押ししたのでは?」
「公聴会の参考人に『包み隠さず真実を話せ』と伝えるのは当たり前では?」
「しかし君はローズ・マシェルバ……以前からの名乗り出ていた方のローズ・マシェルバとの熱愛が報じられた際、否定をしなかった」
「誰も聞きに来なかった。来ていれば否定した」
とぼけた返答をするリヒャルトに勘弁ならなかったのはルドルフだった。彼は発言の許可を議長に取って、席から立ち上がる。
「まず、状況を整理するためにそれぞれをレグニッツ国内で登録された名前で呼ぶこととする。以前からの名乗り出ているローズ・マシェルバはジャンヌ、本日新たに名乗り出たローズ・マシェルバはエヴァと呼ぶ。リヒャルト・ブラバントに質問する。君はジャンヌが偽のローズであると知った上で公聴会を開いたのか?」
「いかにも」
白状するリヒャルトにルドルフはあっけにとられた。彼は、こいつは何を言ってるんだという顔を浮かべたあと、険しい表情を浮かべてリヒャルトを責め立てた。
「偽物であると認識した上で、その人物をローズ・マシェルバ本人確定の公聴会にかけるなど、法に対する冒涜極まりないではないか!」
「私が本人確定の公聴会にかけたかった人物はジャンヌではない。近衛師団が提出した書類を改めて読み上げようか?」
リヒャルトは部下に指示し、近衛師団が広報部を通して発表した資料を読み上げさせた。
「去る13日、近衛師団はローズ・マシェルバとされる人物の無事を確認した。ローズ・マシェルバは、旧マシェルバ王国第15代国王フィリップ・マシェルバの第2子で、同国最後の王ルイ・マシェルバの異母兄妹とされる。彼女は旧マシェルバが滅んだ際に行方不明となっており、王命を受けて近衛師団が捜索にあたっていたが、先日尋問会に現れ、自らがローズ・マシェルバであることを認めた。この尋問会には彼女と謁見したことのある近衛師団団長も同席しており、団長は『本人である可能性が極めて高い』と話している」
「近衛師団がこれ以外に発表したものはない。同時期に関係者を名乗る者から各報道機関に対して、ジャンヌがローズであるという真実ではないタレコミが入り、この件は同時期に調査をしていた。我々は陛下の許諾を得て、この件の重要参考人・ジャンヌを王宮内の来賓室で隔離し、監視していた。本公聴会でジャンヌとその関係者が内乱罪に当たるかの是非を問うために」
「戯言を!世間が偽の情報に躍らされているのを利用するため、ジャンヌとの噂を否定しなかったのは君であろう!エヴァをおびき寄せるために!内乱罪の可能性があるのは君のほうではないか!」
「そんなことはしていない。ルドルフ、君の想像にすぎない」
激しく感情を表に出すルドルフと異なり、リヒャルトは終始冷静だった。こうなることが分かっているかのような淡々とした態度はルドルフの頭にさらに血を上らせた。
ローズはふだんの穏やかなルドルフがここまで怒りを露わにすることが信じられなかった。そっとジャンヌと呼ばれる少女のほうに目をやると、ジャンヌは現実から目を背けているかのようにただぼんやりとリヒャルトを見ていた。
議長によって落ち着くようにと諭されたルドルフが、声のトーンをもとに戻して再びリヒャルトに尋ねた。
「偽物の存在がなければ、エヴァ・ジヴェルニーがこの公聴会に来ることはなかった。君はエヴァを嵌めたのだ。フランソワーズを利用してね。フランソワーズが偽の証言をするのを阻止するためにエヴァがやってきたのは、状況的にこの場にいる誰の目から見ても明らかだ!」
「フランソワーズを招へいしたのは法務局であり、近衛師団ではない」
「公聴会が開かれるならば、フランソワーズは当然招へいされる。君なら分かるはずだ」
「それも君の想像にすぎない」
激しいやりとりの応酬が続く。ルドルフはひたすらリヒャルトを追及し続けたが、リヒャルトはまるでダメージを受けていないかのように振る舞った。
「私はエヴァ・ジヴェルニーを個人的に知っている。彼女からローズ・マシェルバであると打ち明けられたことはない。そんな彼女が尋問会に姿を現し、自らがローズ・マシェルバであると認めることは極めて考えにくい。認めた証拠はあるのか?」
「尋問会に参加する者は、尋問室に入った時点でローズ・マシェルバである可能性を認めることとする。捜索開始に当たり配布された掲示物にはその但し書きをつけている。尋問室の控室にも、その掲示物は貼り出されていた。法務局に務める君なら当然知っているはずだろう?」
そうだったのか。ローズは自分を捜索する掲示物から極力目を遠ざけていたため、そんなこと知らなかった。知っていればあのとき全力で逃げたのに……。彼女のためにあれやこれやと考えてくれるルドルフに対し、ただ申し訳なかった。
リヒャルトはローズが誰を見ているかに気づいたらしい。彼女とルドルフを繋ぐ視線を自らの体で遮ると、ローズを見つめ、彼女へ告げた。
「私はただ、君がここへ来るのを待っていた。来てくれると信じていた」