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二人のローズ1

場内にどよめきが起こった。

場を鎮めたのはリヒャルト・ブラバントだった。

彼はまず発言の許可を議長に求めた。


「レグニッツ国憲法審査会に関する規程17条4項に基づき、緊急時の重要参考人を1人追加した。申請はすでに済ませており、追加資料は先ほど入室時に議長に提出したものだ。エヴァ・ジヴェルニーはこちらへ来るように」


根回しまで済ませていたのか。ローズは唇を噛み締めながら柵の前まで進む。柵の一部が開いて、傍聴席から内側へと入る。フランソワーズは未だ呆然としてローズを見ていた。せっかくの美しい目元が真っ赤になっている。


続いてリヒャルトは書記官に尋ねた。書記官を務めるのはルドルフだった。


「先ほどのフランソワーズ・ルックナーの発言を一言一句正しく確認したい。『あの方がローズ様です』と発言したと記憶しているが、正しいだろうか?」

「正しい」


ルドルフは極めて冷静に即答する。

ローズの耳にも確かに同じ言葉が聞こえた。


「言葉が曖昧だったので改めて質問したい。あの方とはどの方なのか?今この部屋には二人のローズと名乗る人物が存在している。具体的にどちらを指すのかを尋ねたい」


ルドルフは反論した。


「曖昧かどうかは、君と法務局側では見解が分かれるのではないか?先ほど法務局員はフランソワーズ・ルックナーに対し『あなたと同じ場所に立っていた人物』をローズであるのかと指定して質問した。この場合、後から来たエヴァ・ジヴェルニーは除外される」 

「質問に対しての返答が曖昧だと指摘しているのだ。その質問に対して、彼女は直接的に肯定しているように思えないので改めて回答するように伝えている」


議長はリヒャルトの発言を認めて、改めて聞き直した。


「フランソワーズ・ルックナー、答えてください」

「……私は……」


フランソワーズの声は震えていた。先ほどの威勢の良さは欠片も見られない。

ローズにはフランソワーズの気持ちが痛いほど分かった。直接的に肯定したくないけれど、偽ローズをローズであると認める必要はあった。無理やり絞り出した答えがきっと、曖昧な回答だったのだろう。


「あの方は……ローズ様ではありません……あの方は……」


フランソワーズは酷く混乱していた。ローズのためを思って嘘をつこうとしたのに、本物のローズが出てくるだなんて。


「あの方とは、どちらのローズを指すのですか?はっきり言うように」


フランソワーズは本物のローズをじっと見つめた。ローズはゆっくりと顔を縦に振った。フランソワーズはもはや何が正解なのかも分からず首を横に振った。本物のローズを認めれば主は自由ではいられなくなるだろうし、偽物だと言えば主は捕らえられてしまうかもしれない。


フランソワーズの混乱は誰の目から見ても明らかだった。彼女を追い詰めるような質問をするだなんて。ローズはいっそうリヒャルトを憎らしく思ったが、自分もまたその原因であると自覚していたのでただ黙るしかない。


痺れを切らしたのはもう1人のローズだった。


「フランソワーズ!なぜ早く私がローズだと認めないの!?」


彼女は激しくフランソワーズを責め立てた。けれどフランソワーズはそちらに振り向くことなく、黙って思い詰めたままだ。


「フランソワーズ・ルックナーはひどく混乱しているように見える。公聴会に立つ精神状態でないことは明らかであり、彼女の発言を正式な証言とすることは難しいのではないか?」


リヒャルトは議長に向かって投げかけた。議長は一呼吸を置き、それを認めた。すなわち、フランソワーズ・ルックナーをこのまま重要参考人とすることは難しいと。


リヒャルトはフランソワーズを元の席へと下がらせると、自らが中央の台へと立った。


「次の重要参考人の質疑は私が務める。公平性を期すため、二人のローズ双方に同じ質問を投げかけたい」


要望は認められ、ローズはもう1人のローズとともに中央に並んだ。


「では、改めて質問する。それぞれの本当の名前を教えてほしい」


ローズ・マシェルバだと2人とも答えた。


「ウエスト塔にはいつごろから住んでいたのか?」


子どもの頃からだと2人とも答えた。


先ほどと同じ質問がいくつも繰り返された。どちらのローズも同じような内容を話した。ローズがウエスト塔で暮らしていた経緯はマシェルバ崩壊後にマクシミリアン・ルソーによって公となり、レグニッツにも伝わっている。誰だって知り得る事実だ。


「ウエスト塔で私と恋仲であったという報道が出ているが、それは事実か?」

「はい」


淀みなく1人のローズが答えた。

もう1人のローズはリヒャルトをキッと睨みつけた。


「事実な訳ないでしょう。冗談を言うのもいい加減にしなさい」


意見が初めて分かれた。

傍聴席は新たに現れたローズの発言に再びどよめいた。みな熱愛説を信じていたらしい。


リヒャルトは楽しそうに笑った。かつてローズをおちょくっていた時と同じように。





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