村長のはかりごと
国が終わる。ローズにはそれがよく分からない。今まで読んでいた書物の中には滅んだ国について書かれたものがたくさんあったが、現実に起こるとなるといまいちピンとこない。彼女には国が滅ぶ概念などないに等しい。
ルイスはローズの返事を待っていたが、ローズは混乱しており質問を返すことが難しかった。なぜ?という言葉すら出てこない。彼女のようすを察したルイスは自分の知っていることを喋り始めた。
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王が死に新たな王が即位したとき、人々は少しだけ期待した。見るからに威厳があり絶対王政を忠実に遂行してきた前王と比べて、新たな王は若く現代的な雰囲気をまとっており、もしかしたら国民を縛りつけているさまざまな制約が少しは緩むのではないかと考えた。
結論から言えばそれはまったくの間違いだった。新たな王は前王よりもさらにきつい制約を国民に課し、前王が見逃していた娯楽をも禁じた。国民の不満は募る一方だった。
最初に動いたのはマシェルバとレグニッツの国境に位置する小さな村の村長だ。その村は豊かな自然を用いた観光産業で外貨を稼いでいた。集客のメインターゲットはバカンスを過ごすレグニッツの人々で、今の村長が就任してからは宿泊宿や外国人向けの郷土料理を提供する食堂などを作り村全体が潤うような改革を実行した。
しかし、新たな王は1年前から外国人の長期に渡る観光を禁じ、つい数か月前、鎖国に踏み切った。観光産業で栄えた村はみるみるうちに貧しくなっていく。村長の願いはただひとつ、村が豊かになることだ。その願いのためなら国などどうでもよかった。村は都心から遠く離れており、どちらかというとレグニッツの首都のほうが近いくらいだ。中央から派遣されてくる役人は使えない人材ばかりだし、王に要望しているインフラ整備も進んだ形跡はちっとも見られない。村の領主である子爵に至っては、彼が村長に就任した15年の間に1度も村を訪れてきたことなどなかった。
このままでは貧困で死ぬ村民が出てしまう。村長はどうにかしようと会合を開いた。始めのうちは沈黙の時間が過ぎたが、酒が入るに連れてぽつりぽつりと本音をこぼす者も出てきた。
ある若者が言った。
「こんなことならいっそのこと、レグニッツにマシェルバを滅ぼしてほしいくらいだ。そうすればうちの村はレグニッツのものになる」
若者は笑った。冗談のつもりだった。つられて笑った者もいたが、村長は笑えなかった。その日の会合が終わり、ベッドの上で掛け布団を被ろうとしたそのとき、若者の声が脳内で響いた。
いっそのこと、レグニッツにマシェルバを滅ぼしてほしいくらいだ。
この上ないアイデアだと思えた。
村長は次の日、若者を自分の執務室へと呼んだ。若者は酒の席で自分が喋ったことを覚えており、自分はこれから反逆罪で処されるのだと悟った。
覚悟を決めて執務室へと入ると、真剣な顔の村長が若者を出迎えた。
「昨日の夜に話した内容を覚えているか?」
若者は瞼をぎゅっと閉じ、覚悟を決めて頷く。それを見て今度は村長が頷いた。村長もまた覚悟を決めたのだ。
「目を開けろ」
若者はそっと瞼を開いた。いつも朗らかな村長の顔が強張っている。自分はとんでもないことを言ってしまったのだ。責任を取らなければならない。自分が罪人になると家族はどうなるのだろう。結婚の約束をした恋人は?あの場にいて、自分の発言をジョークに変えるために笑ってくれた友人はどうなってしまうのだろう。若者の脳にさまざまな思いがうかび、彼は泣きたくなった。
「君の考えに賛同する」
若者の耳に届いたのは思いもよらない一言だった。
若者は村長に問いかけた。彼は村長を尊敬していた。
「ご自分が何を言ったのか、お分かりですか?」
村長は頷いた。強い眼差しと目が合い、若者はようやく村長の真意に気づいたのだ。
2人は計画を立てた。
どうすればレグニッツはマシェルバを滅ぼしてくれるか。マシェルバが滅びたとして、村はどうやって生き延びれば良いのか。形ばかりの領主はどうするべきか。
さまざまな案が出たが、どれも現実的ではなかった。2人が知りうるレグニッツの情報は今や限られていて、まして政治の話など知るよしもない。
2人に必要なのは、レグニッツに詳しい者の存在だった。
「そういえば、俺の幼馴染がやってる宿にずっと住みついているやつがいるんです。そいつが独り言でぶつぶつ喋っていたのがレグニッツの言葉だった。変なやつがいるなと思ってよく覚えていたんです」
「そいつはいつごろから住みついているんだ?」
「1年くらいかな?長期観光客の受け入れが禁止されたじゃないですか。でもそいつはなぜかスルーされて、役人から追い出されることもなかった。幼馴染曰く、どこで稼いでいるかは知らないけれどちゃんと金は払ってくれているらしいです」
怪しい香りがする。
そいつに協力を仰ぐ前に事情を聞かなければならない。村長は若者に、できるだけはやくその人物と会う場を設けてくれと頼んだ。
面会の機会は3日後にやってきた。
若者の幼馴染が営む宿はかつての賑わいが嘘のように静まり返っていて、その大きな原因は王が鎖国をしたことにあるとその場にいた全員が察した。
村長は宿の2階にある食堂へと案内された。奥の席では見るからに粗暴で体格の良い男が新聞を読んでいるところだった。
若者は怯んだが、村長は彼につかつかと近づき、男の目の前の席に勢いよく座った。男は鋭い目つきで村長を一瞥し、再び新聞を読み始める。
村長は冷や汗が止まらなかった。男の右手の甲に特徴的な入れ墨が入っていたのに気づいたからだ。村長はその入れ墨の意味を知っていた。それはゲズライト民族の戦闘員の証だった。




