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ローズ、時の人となる

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社説

ローズ・マシェルバの正体とは


旧マシェルバ王家の生き残り、ローズ・マシェルバを巡る情報が錯綜している。

レグニッツ国王付近衛師団広報部によるローズ生存の報は、多くの国民の関心を集めた。そんな状況を如実に表すように各種メディアによる報道合戦は激しさを増し、今や大手新聞の一面でローズの名前を見ない日はない。

かくいう本紙もローズが2年に渡り隠れ暮らしていたベッソンに複数の記者を送り込み、ローズがこの2年で過ごした日々の軌跡を辿ろうと試みた。しかし探れば探るほど、ローズという女性はベールに包まれていく。


現状を整理してみよう。

ローズ・マシェルバはレグニッツ暦1456年にマシェルバからレグニッツのベッソン村へ逃げ延びた。この脱出をほう助した人物として複数の候補が挙がっている。


有力な候補は2名で、1人目は現ニューカント共和国の第一執政を務めるマクシミリアン・ルソー。マクシミリアン執政は旧王家の殲滅に関与したとされるが、他の王族と異なり政治に一切関わらず、寧ろ長年幽閉されていた王女を気の毒に思い王女の逃亡を助けたと噂されている。しかし、脱出に当たり何らかの取引があったとする見方も多く、何の力も持たない王女を解放することで、過激共産主義と見られがちな自身の印象の緩和を図ったのではないかと言われている。


2人目の有力候補は本国の英雄と名高いリヒャルト・ブラバントだ。彼はマシェルバが滅びる直前まで同国の人質として捕らえられていたことは言わずと知れた話で、彼が捕らえられていた場所とローズ・マシェルバが幽閉されていた塔が同じであることはリヒャルト本人も認めている。塔で出会った2人は次第に惹かれ合うようになったという。ウエスト塔の暴動時、2人はともにレグニッツへの逃亡を試みたもののクーデターの渦中に離ればなれとなり、以降リヒャルトはずっとローズ姫を探し続けていた。国を越えた2人のラブロマンスはドラマ性も相まって多くの国民が支持する説であるーーーー。


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ラブロマンス!?

天地がひっくり返ってもありえない説を目にし、エヴァは新聞を読む手に力を込めた。紙にクシャっとシワが寄る。自分の知らない間に王都ではいろいろな情報が流れているらしい。彼女は頭を抱えて机に肘をついた。

リヒャルトが何をしたいのか、エヴァには見当もつかない。けれどエヴァに向けて仕掛けられた罠であることは間違いなさそうだ。だとすれば、彼女にとって最良の選択は相手にしないことかもしれない。しかしこのまま無視しているだけで本当にいいのだろうか。リヒャルトはエヴァの住んでいるところを知っている。身分証の内容をしっかり覚えている可能性もある。ある日いきなり押しかけてきて彼女を捕らえることなど、彼にとっては造作もないのだ。


エヴァの心はがんじがらめだった。ここから逃げなければいけないだろうか。行くあてもないのに、こんなに暮らし心地の良い街に別れを告げる必要はあるのか。マシェルバからレグニッツへ逃げ延びた日々のことを思い出した。あんな思いはもう二度としたくない。


クシャクシャになったものとは別の新聞には、エヴァの知らないローズの経歴が載っていた。レグニッツの親切な人々に助けられながら旅をして、ベッソンに辿り着いたローズは、縁あって高級レストランの給仕をするに至ったという。陽気で愛嬌があり、誰にでも優しい人柄で多くのお客さんから愛されていた。彼女に求婚する若者が後を絶たなかったが、そんな中でもローズ姫はリヒャルトを想い続けていたーー。


そこにはローズとリヒャルトのラブロマンスがまるで真実であるかのように綴られている。


エヴァは立ち上がって大きく深呼吸をした。こんな鬱屈とした気持ちを抱えていても、仕事には行かなければならない。生活があるのだ。

気合を入れて、自分のアパートのドアを開ける。階段を降りて路面に出た。ミュシェさんのお店はこじんまりとしたエヴァのアパートから歩いて10分もかからない。それなのに、その僅かな距離を移動する間でさえローズとリヒャルトの話題が耳に入ってくる。


噂話から逃げるようにミュシェさんの店へと駆け込んだ。肩で息をするエヴァにミュシェさんが気づく。


「そんなに慌てなくても仕事が始まるまでまだ時間はあるよ」

「寝過ごしちゃって間に合わないかと思いました……」


とっさに口からでまかせが出たエヴァがミュシェさんの方を向くと、彼女の後ろに誰かが座っていることに気づいた。お客様かもしれない。エヴァは手ぐして髪の毛を整え、挨拶をしようとそちらへ向かう。

ミュシェさんはエヴァのようすに気づくと、嬉しそうに言った。


「エヴァを訪ねてきたんだよ」


ミュシェさんの向こうにはルドルフがいた。彼は椅子から立ち上がると、人好きのする笑みを浮かべてエヴァに挨拶をする。


「やぁ、君のことが忘れられなくて来てしまった」


胡散臭さを感じとったが、ミュシェさんはそうは思わなかったらしい。言葉のままに受け取ったミュシェさんは「エヴァとふたりきりで話がしたい」というルドルフのお願いを二つ返事で了承すると、商談室へルドルフを案内し、そこにエヴァを押し込めた。


「なにか飲み物を持ってくるわね。ゆっくりしていってちょうだい」


ニヤニヤしながら去った彼女は、5分後紅茶を持ってきてくれた。ニヤニヤしながら。

何かを大幅に勘違いしているだろう。そもそもミュシェさんに勘違いをさせるような言葉を意図的に発していたルドルフが問題だ。エヴァはお盆ごと紅茶を受け取ってミュシェさんを追い出すと、ルドルフをキッと睨みつけながら紅茶を淹れてやった。


「どういうつもりですか」

「ふたりきりで話しがしたかったのは本当さ」


彼は優雅に一口紅茶を味わうと、それまでのにこやかな顔から一変、表情を引き締めてエヴァを見据えた。


「君に警告しに来たんだ。絶対に王都に来てはならない」

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