78話 運命の日
大学受験日のテストはそれなりに緊張した。
1度経験しているとはいえあの独特の空間が生み出す空気は慣れない。
皆が黙って机上の用紙を血眼になって凝視しシャーペンやら鉛筆を叩きつける音が空間全域に響き渡るのだ。
ハッキリいって異常な空間といって差し支えないだろう。
ここにいる皆、1年間、2年間、もしかしたらそれよりもっと長い年月積み重ねて来た成果を今日の一日に賭けてるだろうし中にはこの大学を滑り止めなんかにしている奴だっているだろう。
僕にとってはここが本命中の本命、大本命となる。
アキラ君とのキャンパスライフを送るため、そして決定された死から逃れる為に他の大学への受験予定はない。
この近くの大学だとあの殺人鬼が現れた所しかなくそれ以外となると地元を離れないといけなくなる。
もともと大学に進学した後はアキラ君と同棲する事になっているのだから遠い大学を受けるのも有りなのだがアキラ君いわく
「滑り止めは考えない様にしよう!あえてそんな
逃げ道に頼らない姿勢を持つんだ!」
とのことだ。
僕の性格を熟知仕切った見事な選択だ。
滑り止めを設ける事で落ちても大丈夫なんて油断が生まれて落ちる可能性は十分にある、だから彼女はそんな安易な退路をあえて絶ち僕に危機感を感じて欲しいのだろう。
結局アキラ君とのキャンパスライフは僕にかかっているのだ、この大学のレベルならアキラ君は余裕だろうが僕ではギリギリだろうし…。
2年間頑張って来たけどそれでもドジな僕は気を張りすぎるくらいが丁度良いのだ。
幸いにもテストにはそれなりの手応え…自信があった。
大きなヘマ、それこそ漫画やアニメとかでよく見るような回答を一つずらして書くなんて事をやらかして無ければだが…
まぁあの手の間違いはマークシート方式のテストで起こりがちだ。
今回のテストは全て記入方式なのでその心配はない。
あとは名前の書き忘れか?
そんなポカするほどドジでは無いつもりだ。
大丈夫だろう。
大丈夫だよね?
「康太、テストどうだった?ちゃんと名前の書き忘れとか答えの書き間違えとか1段ずらして書いたりしてないよな?」
互いにテストを無事に済ませここが間違ってなかったとかここがあってたのか二人で採点している時にアキラ君にこんな事を言われた。
大変遺憾である。
僕がそんな初歩的ミスをおかすと思っているのかアキラ君は…。
「いや、お前なら普通にありそうだ。」
「いや…流石にないよ、そんなの…」
「お前がドジなのは私が一番知ってるからな!」
「酷い…。そういうアキラ君こそ凡ミスしてないよねぇ?」
「あ?私がそんなそんなヘマすっかよ!」
「どうかな?アキラ君はここぞって時にドジしちゃうトコあるからねぇ?」
「あんだとテメェ!……そんな事いったら…わたしだって……不安になるだろうがょぉあぉ〜。」
「え〜…不安になっちゃうのかよぉ…」
あはははと二人で笑い合う
本当に色々あった。
再会した小学校時代は彼女を女と知らずに沢山遊んだ。
人生が2週目している事に少なからず恐怖心を感じていた当時は彼の存在に助けられた。
失ったと思っていた男友達と再会出来てなんでも出来るような気持ちになった。
しかし前みたいに一緒にトイレについて来てくれなくなったり着替えを別にしたり違和感はずっとあった。
その原因は意外とはやくに解けることになった。
発育のいい彼女を男と違うとかんじたのは小学生にして凹凸のはっきりしたスタイルが浮き彫りになってあれで男だと言い張るのは無理があった。
厨二病を拗らせた中学時代。
世界がようやく私に追いついたんだ!とかこれこそが私に相応しい真のルートだ!とかアキラ君が現実にそくした恥ずかしい厨二ワードをペラペラと語り両手を高らかに掲げ私は無敵の力を手に入れたのだ〜ってどっかのナメクジ星人みたいな事を言い出した時代。
彼女の大言壮語は今にして思えば不安を押し込めるための強がりだったのだと理解する。
そして高校時代。
近所に住む巨乳の清楚系黒髪優等生美少女として親衛隊を引き連れる程の人気者となった彼女。
誰もが彼女に憧れ女なら友達に男なら恋人にしたいと思われる人間性を彼女は作り上げた。
彼女がそこまでしたのはニガイ思い出のある高校時代を変えたいと思った事が原因だろう。
僕は変わっていく彼女に苦手意識を持ち1度は彼女から距離をとった。
住む世界、場所、空間、何もかもが違う、女になって彼女は変わったと思った時期があった。
それでも彼女はそんな僕に愛想をつかす事もなく一緒に…ずっと一緒にいてくれた。
これからもずっと一緒にいたいと言ってくれたのだ。
そして今日とうとうその為の第一歩を踏み出せたのだ。
だから全力を出した。
全力を出せたのだ。
僕には彼女が必要だから…
彼女がいない世界なんて考えられないから…。
だから……。
「何でだよ!おかしいだろうがよぉぉ!!!」
突然大声が大学の講堂内に木霊した。
当然アキラも康太もその他の受験生もあんな周囲に配慮のない声を出したりはしない。
ただ1人だけが周目の面前でも気にすること無く大声を張り上げる。
「俺が!俺が俺が!!俺が受けてやってるのに何なんだよコレは!!巫山戯んな巫山戯んな!!」
彼もおそらくは康太達と同じ受験生なのだろう、この大学に来年から通う為に試験を受けに来たのだろう。
しかしその結果が思わしく無かったのか、彼はとち狂ったかのように顔を真っ赤にして尚叫び続ける。
「こんな筈じゃなかった!俺がこんな……こんなぁ!!」
男の慟哭など康太やアキラ、その他の受験生には関係ないし知ったことではない。
それでも一部の者はそんな男の凶行を面白がってスマホで撮影を始める。
男の哀れな姿を仲間内で見せ合って笑い者にするためか、ネットにあげてやはり晒し上げる為か、どちらにしてもあの男を陥れるための行動だという事には変わりない。
男の方もそんな事はスマホのカメラを向けられた時点だ容易に想像がつく。
「あぁ!?テメェ?何撮ってんだよ!?見せ物じゃねーんだぞゴルァ!!?」
「はぁ~?こんな所で大声出してるお前の自業自得だろ?逆に撮って欲しいのかと思ったわw w」
「何だと!テメェ!!!」
「うわぁ!?ちょ!ヤメテやめてぇww」
「テメェ!!」
男を挑発するもう一人の男の受験生。
何が面白いのか怒りで顔を真っ赤にした男をケラケラとせせら笑っている。
スマホで撮影するのも忘れていない。
そんな態度に更に怒りを募らせる男。
(ヤバいなこれ……)
「アキラ君、あっちに行こう、ヤバいよあいつら。」
「あ……ぁ…あ…」
「アキラ君…?」
あの男達の近くにいると最悪巻き込まれかねないと感じた僕はアキラ君にここから離れることを提案するがアキラ君はまるで僕の声が届いてないのか、うわ言のようにあぁ…と声をもらして二人の言い合いを見ている。
「どうしたのさアキラ君!はやくしないと!」
「アイツ……、そうだ…。アイツだ!」
「アキラ君?」
アキラに気を取られていたからかそれとも男達の言い争いから逃げたくて無自覚に視界に入れないようにしていたせいか、康太は次の瞬間に起きる出来事に脳がついていかなかった。
「きゃーー!!?」
悲鳴や怒声が耳に届く。
康太の目には先程まで男を挑発していたもう一人の男が赤く染まった状態で地面にうずくまっている様に見えた。
「はっ!?」
理解が追いつかないとは正にこんな時に使う言葉だろうと思う。
何せ目の前には腹から血をどくどく流している男と手にナイフを持った男がケラケラと楽しそうに笑っているのだから…。
そこである映像がフラッシュバックする。
今から18年以上前、というより今の自分が生まれるより前。
時間にすれば未来に起きる出来事。
腹にナイフを刺されてうずくまる自分。
それはきしくも眼の前の惨状と同じだった。
「あれれぇ〜、よくみたら君ぃぃ!すげぇ〜可愛いいじゃぁぁん!!」
「ひっ!?」
「綺麗な黒髪!人形みたいに整った顔立ち!馬鹿みたいにデカい胸!ムチムチの太もも!何処とっても最高じゃァァ〜ん!正に俺に相応しいよきみぃぃぃ〜!!」
両手を血に染めた男はゲスった醜悪な笑顔をアキラに向ける。
アキラは男の視線に完全に威圧され身動きが取れないでいた。
まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。
「ひひっ!なになにぃ?縮こまっちゃってかわいいねぇ!ほんと!女はやっぱ大人しくないとな!そうだよそうだよ!やっぱ女はこうでないと!これが普通なんだよなぁ!なぁ!!?」
「ひぃ!?触らないで!!」
理由の分からない御託を並べてアキラに言い寄る男の剣幕に完全に萎縮してしまっているアキラだがそのあまりにも強い険悪感からか血に濡れた男の手がアキラの肩に触れようとしたのを手で弾いていた。
ばちいぃん!
と音が反響する。
まるで大きく反響したように聞こえたのは手を叩かれると思っていなかった男だけか、
それともその険悪感から無自覚に手が出たことに驚いているアキラだからか、
まるで無音になったような錯覚を感じる
しかし周囲の謙遜がそれを錯覚だと証明してくれている何より…。
「!!?テメェ……てめえ!!クソ女!!」
自分の手を叩かれた事に逆上した男が大声を立てた事が無音などあり得ないと証明してくれている。
アキラの長い黒髪を乱暴に掴み自分の方に強引に引っ張りアキラの体をいやらしい手付きで触る男
怒りと興奮とがないまぜになった男の表情は醜悪の一言に尽きる。
普段なら異性にモテそうな美丈夫なのだろうがそんな印象など何処かに置き忘れて来たかのように今は自らを貶め続けている。
「ヤメて!いや!気持ち悪い!助けて!助けて!康太!」
「黙れよクソ女が!女は黙って俺の言いなりになってりゃいいんだよ!!へへへ!」
険悪感と不感感が限界に達したのかアキラは男の顔をグーで殴り付ける。
か細いアキラの腕では相手をふっとばす事等は出来ないがそれでも2、3歩男を後退させる事には成功した。
しかしそれは男の逆鱗を更に刺激するのと同義だった。
「お前……クソ女がぁ!!クソがクソがクソがぁぁだぁあぁぁ!!!」
「ひぃ!!?」
怒りで頭の中が満たされた男はアキラに向かって駆け出す。
ナイフを右手にしっかりと持って。
ようやくこの騒動を聞きつけてやってきた警備員が二人の存在に気づくが間に合う距離ではなかった。
赤い液体がポツポツと滴り落ちる。
アキラの手は赤く染まっている。
「何で……?」
「良かった……アキラ…君……」
アキラの前には康太がいた。
その体は赤く染まっていた。




