69話 前園琴音の独白その3
琴音は憤慨していた。
まさか康太の学力があそこまで絶望的だとは予測していなかった。
あれでは小学生と同レベルだ。
いや、琴音が小学生の頃はもっと賢かった。
何故あそこまで馬鹿なのだ、理解しがたい。
あれでは人として絶望的…いやそれどころではない。
徹底した教育方針の見直しが必要だ。
あれでは琴音が明姉様に並ぶ為の道具としての役目もこなせないではないか…。
せめてそのレベルには持っていかないと使い物にならない。
琴音は完璧な存在だ。
そんな琴音にとって姉は不完全な存在だ。
しかし不完全だからこそ姉は魅力的に輝く。
美しいお姉様に並ぶには琴音自身も不完全にならなければならない。
琴音が不完全になるために必要はファクター…。
それこそが康太兄様だった。
そう思っていたのだがあそこまでレベルが低いと不完全どころの話では無くなって来る。
琴音の完璧さを持ってしてもアレをカバーするのは容易ではないと再認識させられた。
アレはそのレベルだ。
しかし琴音にとっての不幸はさらに続く。
康太と明の仲が以前にもまして進展し出したのだ。
意味が分からない。琴音の見立てではかなり軋轢が生まれていたように見えていたのに。
勿論琴音がそうなるように仕向けていたが康太がいつかのようにまた琴音を避け始めたのだ。
こうならないために距離を少しずつ詰めていたのに今までの苦労が水の泡だ。
何がいけなかったのかと彼女は真面目に考える。
普通あれだけこき下ろして相手への配慮の欠片もない態度を取っていれば避けられるのは当然、当たり前の事なのだが彼女に配慮なんて文字はなく悪い事をしたなんて風にも思っていない。
目的はともあれ康太に対して学力の向上を願っていた点は本当なのだ。彼女は本気で勉強を康太に教えていた。
だからこそ感謝こそされても避けられるとかそんなの発想になかったのだ。
琴音の中では恩を仇で返された気分で康太の評価は氷点下まで下がっていた。
ここまで康太の評価をさげてなお琴音は自らが不完全になるためのファクターは康太を置いて他にないと確信していた。
それは何故か…
正直なところ琴音にもそれは分からない。
しかし感情から来ているのは明らかだろう。
琴音は知らぬ内に康太に対して理解不能の独占欲を持つようになっていた。
琴音にとって姉は太陽の様な存在だ。
全てにおいて琴音は姉を凌駕していると自負しているがそれでも姉には勝てないと自覚している所がある。
姉にあって琴音に無いもの…。
それを言葉にするのは難しい。
魅力、カリスマ、明るさ、どれも近いようでしっくりこない。
しかしどれも琴音には無い物だ。
実のところ琴音が生徒会長など注目を集める役職をやりたがるのは親の言い付けがあるからだけではない。
注目を集め皆から頼られるカリスマ溢れる存在になるためもっとも効率がいいからやっているだけだ。
姉の魅力、あの太陽のような輝きに近づく為にやっているだけだ。
しかし届かない。
姉はいつもキラキラしている。
そんな姉の周りにはいつも人が寄ってくる。
別に姉はそれを狙ってやっているワケではないのはあの姉の煩わしそうな態度を見ればわかる。
姉は1人でいる事を好む。
だから誰かに頼られたり信頼されたりするのが好きではないのだ。
だから計算ではやっていないのだろう。
もはやあのカリスマは天性のそれ、才能だ。
姉の才能はそういう物だからそうなのだと納得しようともした。
しかしそれで納得出来たらここまで悩んでいない。
琴音なりに理由を考えた。
その内の答えの一つが姉は琴音に比べて不完全な事だ。
姉は基本的には何でも出来る。
勉強も琴音程ではないが出来るし料理も掃除もちゃんとすればできる。
頭の回転も早いし効率良く動く事も出来る。
しかし運動だけはからっきしだ。
走ればすぐに体力が尽きるし球技なんかをすれば手と体と目の動きがバラバラで動けなくなる。
おそらく天性の運動音痴なのだ。
コレを欠陥と言わずなんと呼ぶ。
姉が不完全な証拠だ。
それを見つけた時は世紀の大発見をした気分だった。
姉の魅力は不完全からくるアンバランスがもたらしているんだとおもった。
そして同時に絶望した。
琴音は完璧だから不完全になれないと。
だったら外的要素を取り入れて不完全な存在になればいいと。
そこで琴音が注目したのが康太だ。
康太はあの姉が唯一心を開いている人間だ。
明は基本誰に対しても一定の距離を取る。
それは家族に対しても同じ。
いや、下手すると一番酷いかも知れない。
しかし康太に対してだけ距離感がなくなる。
まだ幼い子供の頃の話だ。
琴音は康太に当初興味など無かった。
有象無象の1人でしかなかった。
ただ楽しいお話をいつもしてくれるお姉ちゃんと仲良くしている年上の男の子という印象しかなかった。
お姉ちゃんは基本的に笑わない
でも康太お兄さんの前でだけ笑った。
お母さんにもお父さんにも
そして琴音にも向けたことのない笑顔を康太お兄さんにだけ向けていた。
そんなの興味を持つなと言う方が無理な話だ。
実際話してみれば楽しいと感じたのは本当だ。
お母さんともお父さんともこんなに話していて楽しいと思ったことは無かった。
ただ康太お兄さんは琴音が話しかけるといつも困った顔をしていた。
それが何故かは今もわからないままだけど。
兎にも角にも多分琴音は羨ましかったのだ。
楽しいお話をしてくれる康太お兄様と一緒にいるお姉様が、そんなお姉様の笑顔を独占できる康太兄様が…。
だから不完全な自分になるためのファクターは康太でなければならないと琴音は無自覚に思い込んでいたのかもしれない。
これは一種の自己暗示のようなモノなのかもしれない。
結局琴音も自分の事すら満足に理解出来て無いのだ。
それで完璧な人間を自称しているのだから。
結局は琴音も所詮は不完全な人間でしかないのだが、彼女はそれには気づかない。
気付く事もない。
テスト返却の翌日
琴音はわかっていたものの康太のテスト結果が散々な事に言葉を失っていた。
こうなる事は予想していたがだからといって受け入れられるかといえばそうではない。
自分が…完璧な自分が教えたのにこの結果なのだ。
「この様な結果で康太兄様は恥ずかしいと思わないのですか?嘆かわしい!琴音なら恥ずかしくて学校に来れないですよ、こんな結果」
琴音にそういわれ康太は縮こまるしか無い
なお追撃の手を緩めまいと琴音が次の言葉を放とうとした時明はそれに被せるように言った。
「自分の失敗を他人に擦り付けるな、琴音」
「琴音のせい?康太兄様のこの見るも無惨な結果は琴音のせいだと言いたいのですか?」
「違う、康太と琴音の責任だ。」
「はあ?違うでしょ?琴音の教え方は完璧です、その教え方を解さない康太兄様の愚鈍さが原因ではないですか!」
「他人に勉強を教えるというのはそれだけ責任ある行為だ、自分の欲を満たす行為じゃない。」
「そんな事はわかっています!だから琴音は完璧な方法で!」
明はやれやれと言いながら副生徒会長席に腰をおろし琴音に視線を向けながら言う。
「人には人のペースがある、私にもお前にもペースがある、また人には得意不得意がある、私はお前程ではないが大抵のことは卒なくこなせるが運動は苦手だ。」
「今はそんな話をしているわけでは!」
「それを無視してペース配分も考えず他人の得意不得意を無視してゴリ押しても結果なんて伴うはずがない」
「琴音は!」
「琴音のやり方は琴音だけのやり方だ。琴音がよくてもそのやり方が全ての人に適応するワケ無いだろ、だから私は人に勉強なんかを教える時はその人のレベルに即して教える、他者にモノを教える基本だぞ?」
「でも琴音は…」
「お前は天才だ、それは紛れもない事実だ。では天才とはなんだ?人より頭が良いから、頭の回転が早いから、人より優れているから、突出した技術、才能、知能、運動神経、人は自分にはない突出した才能を見せつけられたときその人に天才という評価を下す。」
「……?」
「天才の発想は凡人にはない。天才の閃きは凡人にはない。天才の柔軟な思考は凡人にはない、だから人より秀でた才能を持つ者を人は天才と称賛する、そしてお前は天才だ、その事を理解した上でお前は日々を送っているはずだ。天才と凡人では考え方も価値観も違う、お前の見てる世界は他の人には理解しがたいものなんだ。康太は天才じゃない、凡人だ、お前の見てる世界なんて理解出来ないしお前も康太の見てる世界なんて分からない、でもお前は康太に勉強を教えると…そういったんだ。」
「何が……言いたいんですか?」
「天才のお前なら私の言わんとしてる事くらいわかるだろ?要は康太の世界にお前が合わせるんだよ。」
「そ…っ、そんなの!非効率ではないですか!?」
「アホか、他人にモノを教えるというのはそういう事だろ?自分のやり方を他人に強要しても教えられる側からすれば意味を理解出来ないだけだ、まぁお前の場合それだけが問題じゃないけどな。」
「まだ………あるんですか…?」
「お前は基本自分が天才なのにかこつけて他者をコケにして煽る悪癖がある、他人を馬鹿にして優越感に浸る悪癖があるんだよ。」
「はあ!?琴音にそんな悪癖なんてありません!」
「あるんだよ!何年お前の姉やってると思ってんだ!無自覚とか最悪だなまったく、まぁ…いい、兎に角おまえは他人を見下し、それをダイレクトに感情に乗せて他人を口撃する、勉強を教わっている側からすれば言われてる言葉がどんなに酷い物でも正論だからなにかしら反論してもそんなん言い訳にしか思われない、情けないヤツだって思われるだけなんだよ。」
「それは康太兄様が馬鹿だから!」
「ほら、そうやって他人を馬鹿にしてる、勉強を教えるってのは相互理解なんだよ、自分の知識をひけらかして悦に浸る事じゃないんだよ。」
「琴音はぁ…琴音は悪く無い!……琴音は悪くないもん!うぅぐぅ…うわぁ!!」
いきなり泣きじゃくり琴音は生徒会室から飛び出していった、あんな琴音ちゃん
は初めてみるなと康太はそんな事を思っていた。
「大丈夫なのかな…」
「アイツはメンタルオバケだ、あんなんでまいったりしない。それに琴音の奴には言いたい事が他にもわんさかある!まだ半分しか言えてないから家で追撃してやらなあかん!」
「何故関西弁…でもあんなに取り乱してる琴音ちゃんは初めて見るよ。」
「あいつは何かに挫折したり挫けたり失敗した事がないんだよ、多分前世のあいつもな。何故だと思う?」
「え…?えーと…わからない…」
「いつも自分1人だからだよ。」
「え?」
「アイツは天才だ、大抵の場合アイツは他人を頼らない、全部1人で完結させようとする、誰かに頼むより自分でやったほうが早いからな、あいつにとって他人は足枷なんだよ。」
「なんか…琴音ちゃんらしいね…」
「でもあいつ自身はそれじゃマズイって多分無意識に思ってるんだろうな…だから私の所に来たり、お前に勉強教えるとか…面倒くさい建前を作って改善しようとしてんだろうな。」
「なんだかんだ琴音ちゃんの事に関して詳しいよねアキラ君」
「まぁ…私もアイツの姉だからな…。」
明程琴音を理解している人間はいないだろう
だが、
実際明の琴音への解釈は近いようで遠い。
明が思っているより琴音は子供で『不完全』なのだから。
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