68話 テスト
これは僕がテストの解答用紙を教師から返却される一ヶ月前の事だ。
テスト期間が近づいてくるこの時期は兎に角憂鬱になる、親が家にいないため他の生徒みたいにテスト結果を親に見せろだとか言われないのはいいが後日結果を親にラインで送らなければならずその結果の感想を文で送ってくる。
最近はアキラくんのおかげで僕にしては高得点を取れているが僕個人の学力は押して図るレベルでアキラくんに教えてもらえないとなんとも心許ない。
だからいつも通り彼女に教えて貰えばいいと考えていたのだが…。
「康太兄様のテスト勉強は琴音が見ます。」
「え?でも琴音は1年でしょ?それに康太の勉強は私がこれまで見てきましたし教える範囲やコツなど色々とありますから私が見るわ、だから琴音は気にする事はないわ。」
「お気遣いありがとうございますお姉様、しかし琴音も生徒会長として上級生の勉学のレベルを知っておきたいですしこれから誰かに勉学を教える機会がめぐって来ると思うんです、康太兄様には勉学を誰かに教える練習に付き合って貰えたらなぁと。」
「貴方ねぇ、言いたい事はわかるけどそれって康太を練習台にしようって事でしょ?それに琴音が誰かに勉強を教えるのは向いてないと私は思うわ、貴方は誰かにモノを教えるならその前にもっと他者を思いやる心を育む事から始めたほうが…」
「お言葉ですがお姉様、人にモノを教えるなど自分の知識を開示するだけの極めて簡単な作業ですよ?失礼ですがお姉様はいささか難しく考え過ぎなのでは?」
「…いい?琴音?人には向き不向きがあるわ、誰もが貴方のようには出来ないのよ?教えるというのは段階を踏む必要がある、貴方はそれを理解する必要があるわ。」
「はぁ…お姉様にとってはそれが最善の方法なのでしょうね?でも琴音ならもっと完結に効率良く物事を順序立てて教えれますよ?」
生徒会室にて前園姉妹の熱いバトルが勃発する。
議題が僕に勉強を教える事なので気分はちよっとしたハーレム主人公だ。
もっともそんな甘っちょろい事を言っていられる程の余裕はこの空間にはない。
二人の空気は目に見えて悪くなっていくばかりでまさに一触即発と言った具合だった、だからこれは助け舟を出したとかそんな感じだったのだ。
「そこまでいうなら今回は琴音ちゃんに教えてもらおうかな?」
「本当ですか?康太兄様!」
「ちょ!?本気でいってるのか?康太?」
「琴音ちゃんがここまで必死に言ってるんだ、ここは年長者として彼女の御厚意に預かるのも年上の礼儀かなと思ってさ…。」
「何いってんの?お前…、御厚意に預かるって年下に勉強教えて貰うとか礼儀以前の問題だぞ?」
「まぁちょっと恥ずかしいけど琴音ちゃんの為にもなるってんなら受けてみようかなって」
「そうかよ…なら勝手にしろよ、お前等が勉強会開くなら今回私はお前の勉強を一切見ない、琴音もそれでいいな?」
「はい、なんの問題もありませんよ?お姉様」
「え……えと……あっ……うん。」
この時の僕はそんな感じの会話をしていたのだと思う。
今にして思えばアキラ君の言葉をもっとちゃんと聞いておくべきだったのだ。
いや、そもそもにおいてアキラ君の言葉を聞く以前に琴音ちゃんとはどういう人間かをもっとマジメに考えて発言するべきだったのだ。
そもそもにおいてアキラ君は琴音ちゃんが嫌いなのだ。
僕の発言はアキラ君より琴音ちゃんを優先したとも取れるのだから彼女を怒らせるのは至極当然の話だ。
嫉妬させているという自覚は正直あった。
でも琴音ちゃんが混じり気のない純粋な理想の女の子に見えていたこの時の僕は舞い上がっていて何故か彼女を前世の彼女と同一だと紐づけていなかった。
だからアキラ君より無意識に彼女を優先していたのだと思う。
その結果僕はアキラ君から愛想をつかされたのだ。
勉強会期間中アキラ君は本当に僕に干渉してこなかった。
舞園さんやその彼氏の笹木君、ほかにも一群レベルの美少女美男子を中心としたカーストトップグループと遊びにいったり独自に勉強会を開いていた。
僕に勉強を教える事を理由に僕の家に琴音ちゃんが来る様になってからは僕の家にも来なくなっていた。
代わりに琴音ちゃんがくる。
一つ歳下の綺麗で聡明な後輩女子が部屋に来る。
モテない陰キャ男子なら一度は憧れるシチュエーションだろ?仕方ないじゃないか……。
しかしその代償は高く付いた
「はぁ~まさかこの程度も理解してなかったのですか?予想以上です、こんなレベルでよくこの学校に進学出来ましたね?そこに驚きですよ」
「あはは…」
「何を笑ってるんですか?笑い事ではないんですよ?
本当にこんなのもわからないんですか?小学生レベルじゃないですかこれでは?真面目にしてくださいませんか?」
「いや、手を抜いてる訳じゃないんだけど…」
「手を抜いてない?これで?手を抜いてるとしか思えないんですが?いっそ手を抜いてると言われた方がマシなレベルですよ…今まで何をしていたんですか?兄様失礼ですが高校生ですよね?その自覚があるのですか?全くなさけない…」
「うぅ…。」
と、こんな感じで欠点を見つけるとそこを重点的に責め立ててくる、今にして思うのは昔の彼女もたしかこんな感じだったという事くらいか…。
しかし悪いのは僕自身であるのは間違いなく今まではアキラ君に依存していただけだと痛感させられる。
僕が悪いのは明らかなので僕が彼女に怒られるのは仕方がない、だが、
「お姉様は康太兄様に何を教えてきたのでしょうね、これではただ怠惰な時間を無為に送ってきただけですよ、話になりません、やはり明姉様より琴音のほうが適任ですかねこれは…」
「アキラ君は僕にでもわかりやすいように過去の例題とかも参考に色々教え方を考えてくれるんだ、たしかに僕はそんなアキラ君に甘えていたのは認めるよ、でもアキラ君を、お姉さんをそんな風に言うのは良くないよ。」
「何を口答えしているんですか?それにそのお姉様の教え方が駄目だから今の康太兄様があるのでしょ?明姉様は大口をほざいた割にこんな低レベルな問題も解けない体たらくを育てていたのですよ?こんな事をいうのは憚られますがはっきり言って無能ではないですか?」
「無能って!そんな言い方はないだろ!琴音ちゃんのお姉さんなんだよ!駄目だよ!そんな風にいっちゃあ!」
「琴音はただ実直に事実を述べているだけですよ、誰が好き好んで実の姉を貶めたいと思いますか?」
「いや、そもそもの問題としてこれ今回のテスト範囲と大きくズレてると思うんだけど?てゆーか、僕こんなのまだ習ってない…」
「はあ…愚鈍な康太兄様に教えるのに琴音がもっとも効率のよい方法を開示しているのでしょ!?よりレベルの高い問題を解いていれば低いレベルの問題を解くのは容易、ゲームでも同じ事を康太兄様は仰っていたではないですか?」
「いや、ゲームと同列に考えてられても…」
たしかにゲームなどでは強い敵が出てきたらレベルを上げて物理で殴れば勝てるけど勉強にいたってはそんな理屈は通らないだろ?
そう琴音ちゃんに言っても「通りますよ」の一言で返されてしまう。
もうめちゃくちゃだ、
ここで僕はアキラ君の言っていた
「琴音が誰かに勉強を教えるのは向いてないと私は思うわ、貴方は誰かにモノを教えるならその前にもっと他者を思いやる心を育む事から始めたほうがいい。」
という言葉を思い出した。
自分は頭がいいからと自分のレベルで物事を他人に教えようとする。
まるで自分のわかっている事は他人も解って当たり前とでもいうかの如く。
アキラ君はコレを理解していたのだろう。
だから彼女を止めていた。
なのにぼくはそんな彼女の配慮を聞き入れず眼の前の飴に釣られた愚か者だ。
「全く琴音がせっかくもっとも効率のいい特別な勉強の仕方を教えて差し上げてるのに、康太兄様のレベルがここまで低いなんて失望では足りませんよ、絶望的です。これではレベルを下げざるおえませんよ、どうしてくれるのですか?まったく…」
こうして琴音ちゃんは僕への評価をコレでもかと下げてこきおろし見下しまくった。
ならもう良いよ、あとは自分でなんとかするといっても
「途中で投げ出すのですか?コレ以上琴音を失望させないでくださいよ?」
と正論で退路を閉ざされてしまいテスト日まで僕は地獄の日々を送る事になった。
無論アキラ君に縋ろうとも思った。
大見得を切ったしアキラ君から軽蔑されている自覚はあったから最初は遠慮していたのだがもうメンタルが限界だった。
しかしアキラ君は僕なんかが近づく事の出来ないスクールカースト最上位のグループの天辺に君臨していた。
いつものような親衛隊を侍らすなんて半端な事はしないで美男美女だけでグループが組まれている。
舞野さん本人に加え彼氏という肩書があり陽キャにカテゴリされてるが友達でもある笹木君もそこに組み込まれていて何故かやたらと遠い存在になったような気持ちにさせられた。
兎に角あんな集団に割り込んでアキラ君に縋る度胸なんて僕にはなく結果アキラ君のもとにいけない僕は琴音ちゃんにビクビクと子鹿のように震えながら怯えるしかできなかった。
ここに来てようやく僕は彼女を恐れて逃げ回っていたあの頃を思い出すに至っていた。
本当に滑稽だ。
歳下の女の子を怖がって逃げ回っていたのだから。
しかしどうしようもない。
怖いモノは怖いのだから。
また生徒会長で美人、前園明の妹で人気者の琴音ちゃんに懐かれてる冴えない男子生徒が同じ男子生徒からヘイトの視線を浴びないわけはなく一年前アキラ君の幼馴染みというだけで彼女から信頼を寄せられていた僕にたいして寄せられたヘイト感情を彷彿とさせる憎悪の視線が僕の精神を著しく疲弊させていた。
しかし
「何を軟弱な事を…他者の視線など気にしているから康太兄様はいつまで経ってもそんな気弱でだらしない人間のままなんですよ?前を向く努力が出来ないのです、そんな物気にするに足りません」
と一掃された。
彼女にとって他人から視線を向けられる事なんて日常茶飯事で当たり前の事だ。
そんな事にウダウダ言っている僕の気持ちなど理解出来る筈もなく持論を立てられ流される。
ここに来て理解させられる
彼女は僕とは違う価値観、違うベクトル、
違う世界に住む住人。
僕がもっとも苦手とする人種だったのだと。
リア充陽キャなのだと。
そうしてテスト返却当日。
返却された答案用紙に書かれた結果は見るも無惨
クラス平均を見事に下回るどころか物によっては30を下回る物も少なくは無かった。
親にテスト結果をラインで送らなければ行けないのも憂鬱だがなにより憂鬱なのが琴音ちゃんに見せないといけない事だ。
どんな罵倒罵声罵詈雑言が飛び交うのか今から考えて鬱になりそうだった。
トボトボと帰路を歩く。
ここまで歩いて来た記憶がない。
現実逃避に夢中で視界に映る映像が見えていなかった。
しかし、唐突に現実に引戻される
「よう、康太テスト結果はどうだったよ?」
「あ…アキラ…君…」
「ま、聞くまでもないな、私も大概に性格が悪いわ」
「なんだよ…僕を笑いにきたのかよ…」
「ああ、大笑いしに来た、妹の口車にノセられてアイツのサンドバッグになった気分はどうだマゾ野郎w」
「……最悪だったよ…」
「だろうよ、はっ!ザマァないな!?まったくよ?」
本当にザマァな状態だ。
何処かで自分のことをラノベの主人公みたいな存在だと錯覚していたんだ、その結果がこのザマだ。
「でも一つだけ勘違いするな?琴音は悪意あってお前に勉強を教えたんじゃないんだと思うぞ?アイツなりにお前を思っての事なんだろうな、」
「はは、それはなんとなくわかってるつもりだよ、でも意外だよ、アキラ君は琴音ちゃんの事は嫌いだと思ってた。」
「嫌いだよ、大嫌い…まぁでも今世では私もアイツにはそれなりに関わって来たしお前にアイツの事を完全には嫌いにならないでやって欲しいんだわ、はは、テキトーに都合のいい事を言ってんな私も…」
「なんだかんだいいお姉さんやってるよアキラ君は」
「だろ?まぁせっかくのテスト勉強明けだしどっかいくか?」
「え?何処行くの?」
「そうだな〜、とりまファミレスでなんか食いながら駄弁ろーや」
「そうだね」
康太は明とテスト勉強やらここ最近のことやら色々話した。
こんなに明に自分から話しかけた事は今まで無かった。
まるでいままでの明がいない寂しさを埋め合わせるかのように、明は笑顔で康太の話を聞いてくれる
その笑顔がとても眩しい物に思えた。
琴音の見せる顔、表情からは感じれない明だからこそ感じれる安心感。
見惚れていたかもしれない。
久しぶりに彼女と話す事に戸惑いを感じてるのかもしれない。
何故か緊張している自分に気づく。
今まで思った事もない感情が湧き出てくる
この感情が琴音から開放された開放感、安心感から来るものなのか、
はたまた明と共にいるからこそ得られる得難いモノなのか康太には分からない。
それでも改めて康太は思う。
これからも明と一緒にいたいと。
康太は思った。




