59話 2年生
春である。
桜がヒラヒラ視界に舞っている。
特に長いという感慨を持つ事もなく春休みは終わりを迎え今は長い高校生活2年目の最初の朝となる。
とどのつまりはこのただの高校生である只野康太は高校2年生となりまた1から3までの学期をやりくりしないとならないのだ。
基本何事に関しても後ろ向きな思考をする僕にとっては1年がリセットされまた振り出しに戻ったと言って差し支えないこの現状は中々来るものがある。
こうして時間逆行した時の年齢である19歳に今現在近づいていっている現状は僕の心に様々な不安や焦りをもたらす。
19歳になったらまた死ぬのか…同じ奴に殺されるのか?あるいは別の奴になのか…。
アニメかラノベかはたまたゲームで見たことがある。
世界は一つの事実に収束する。
それが世界にとっての常識で当たり前。
未来を変えようと未来の知識なり記憶なりを持つ未来人が過去に戻ってどうこうしても世界の修正力に邪魔され過去を変える事は出来ない。
世界は定められた一つの事実に収束するのだから…。
この場合僕とアキラ君は結局は死ぬという事実に収束するというオチがまっている。
しかし同時にそうはならないだろうなぁという確信に近い憶測もある。
この2周目の人生は前世ではあり得なかった様々な事柄に恵まれている。
まず一つは高嶺の花である舞野瑠衣さんと仲良くなった事だ。
前世において僕と舞野さんの仲は良くも悪くもなく、他人で友達なんていえる距離感では無かった。
良くてクラスメート、
悪くて他人、男だった当時のアキラ君とあの子カワイイね〜と言い合う対象でしかなかった。
それが曲がりなりにも友達になり、告白までされた程だ。
人生何があるかわからないね。
そして前園琴音ちゃんだ。
前世で彼女は僕とアキラ君をゴミか汚物を見るような目で見ていて人間として見ていたかすら疑わしい。
生理的嫌悪感を持たれていたんだろうなと察するレベルには嫌われていたと思う。
しかし最近ではやたらと心を開いてくれてるのかよく懐かれているという印象を受ける
もっともただの思い込みだろうけどね。
そしてアキラ君だ。
これまで語った変化が可愛く思える程の変化が彼…いや彼女にはある。
前世と今世で明確に異なる差としてアキラ君は性別が変化していた。
男から女になっていたのだ。
しかもただ女になったのではない。
道を歩けば誰もが振り返り二度見する清楚系巨乳黒髪美少女へとかわったのだ。
このアキラ君の変化は僕に様々な転換期を与えてくれた。
このアキラ君の変化の前には小さな諸々の変化など些事と言っても差し支え無いだろう。
そう思うからこそ19になった所で殺される事は多分無いだろうなと思ってしまうのだが。
さて春休みあけの学校では始業式が執り行われる。
肌寒さが残る季節柄だが暖かさもあって非常に眠気を誘発される季節だ。
校長の長い世間話はこの眠気を何倍にも増幅してくれる。
眠気をある程度遮断する効果としてただ広い体育館に全生徒が棒立ちを強要されるのだが成る程、立ちながら寝るというのは中々に難易度が高い。
プロの軍人は戦時下如何なる状況でも睡眠を取れる様に立ちながら寝る事も訓練されているなんて話を何処かで聞いた事があるがそんな話が出てくるくらいには難しい。
「校長の話ってのはどうしてこうも長いのかねぇ…」
「コレも高校生活の醍醐味の一つと思えば噛み締めたくもなるとおもうよ?」
「校長の話に噛み締める要素を見つけれちゃう只野君の大人な感性に痺れる憧れなーい」
「いや、長いしだるいと思うのは変わらないけどね」
「しかし俺等も2年かぁ、感慨深いなぁ!」
「1年経てば嫌でも2年になってるでしょ…?別に感慨深くもなんもないよ。」
「かぁー、康太は相変わらず冷めてんな」
「笹木君は相変わらず楽しそうだね。」
「人生ってのは楽しんだモン勝ちだ!」
小声でそんな話をしているとパチパチパチと拍手の音がする、僕等もそれに倣って拍手をする。
長い校長の話が終ったようだ。
体感5時間はあった気がする。
そして司会役の先生が間を取り持つ。
そのあと在校生代表である新生徒会長の挨拶や先生方の紹介、挨拶など滞り無くイベントは進んでいく。
そして新入生の挨拶だ。
「続いては新入生代表、1年5組前園琴音さん」
「は?」
あれ?
今前園琴音って言わなかったか?あの教師?
「はい。」
しかし聞き覚えのあるやたらの耳心地のいい、それこそ鈴を鳴らしたような声がする。
壇上にあらわれたのは間違いなく琴音ちゃん。
心友である前園明の実妹、
前園琴音その人だった。
「え?あれって…もしかして噂の妹さん?」
「僕の見間違いじゃなければ…そうなるね…。」
「マジか〜」
周囲からざわめきの声が上がる
コソコソと密やかな話し声。
しかし耳を澄まさなくても周囲の彼等彼女等が何を密やかに話してるなんて想像はすぐに出来る。
それは壇上に上がった彼女。
その圧倒的な美貌
そして前園という名字。
司会役の先生のとなりにたった琴音ちゃんに変わり先生は琴音ちゃんに対する紹介を定型文通りに熟す。
「彼女は中学時代に比類無き好成績を収め生徒の模範たる生徒会長としての役職を3年に渡って熟し続けた非常に優秀な生徒だ。君達新入生諸君も彼女を模範としさらなる躍進をしてもらいたい、また在校生諸君等も彼女に負けぬようさらなる研鑽に努めて欲しい。以上だ、では前園琴音君、お願いするよ?」
「はい。ご紹介に預かりました、前園琴音です。
まず、皆さんには私という人間を知って頂きたい。
私がこの学校に来たのには訳があります。それは目標となる姉、前園明に並ぶ優れた人間になるためです。
私にとって姉はその生涯をとして目指すべき高みであり目標です。」
いきなり何を言い出すんだあの子は?
この場にアキラ君はいない、いや何処かに並んではいるけど席順や性別的な面で近くにはいない。
きっといま顔を真っ青にしている事だろう。
真っ赤ではなく真っ青、ここが重要だ。
ざわざわとした周囲の声はなりやまない。
定型文となる新入生挨拶の古典的パターンから大きく逸脱した事を彼女がいきなり全校生徒の前で言ったのだからまぁその反応は当然だろうなぁと。
「私は自分が優れた才能と美貌を持っている事を自覚しています。
ひとえに私という人間を言い表すならば天才と…神の寵愛をこの身に一身に受けた存在だと断言出来ます。
そんな私にとって姉は目指すべき唯一無二の目標であり超えるべき頂点です。無論これは私個人の持論であり、私とは異なる考え、価値観を持っている方々もおられる事でしょう。
ただ私はあなた方他人の価値観や考え方、あるいは覚悟、そういったモノを否定するつもりはありません。
ただ私の言いたいことは一つです。
どうか私の悲願成就を心良く応援して頂きたいのです。」
しーんと体育館内は静まり返る。
そりゃそうだ。
新入生代表に選ばれたいたいけな少女が周目の面前でなにも気にかける事なく自分語りをしたのだ。
こうなるのは当たり前の事だろう。
そこで声をかける奴が現れなければこの沈黙はずっと続いていた事だろう。
「今年の新入生代表は随分と個性的な方の様ですね、ここは自分語りをする場ではないのですよ?」
琴音に声をかけたのは今年から生徒会長となった新3年の男子生徒だ。
因みに僕はこの人の名前を知らないのだが別に生徒会長の名前なんて知ってようと知らなかろうと学校生活に支障は無いだろう、多分。
「誰ですか?貴方は?」
「は?ふふ、先程在校生代表として挨拶したと思うのだけどね?覚えてないかな?」
「申し訳ありません。あまりに恒常的な挨拶だったもので記憶に残りませんでした、貴方があの凡庸な代表挨拶をされた方ですか?」
「ぐっ!君は目上に対する態度をもう少し改めた方が良いとおもうよ?」
「それは申し訳ありません、それで在校生代表の何某さんは私に親切にもご注意を言いたいだけなのですか?」
「生徒会長の四ノ宮だ。」
「まぁ生徒会長だったのですね、私も近々生徒会への所属を所望したいと考えています。」
「馬鹿か君は?君の様な傲慢不遜な生徒をミスミス生徒の模範となる生徒会に入れる訳が無いだろうに!」
「ふふ、馬鹿は貴方ですよ?四ノ宮先輩、私は貴方の推薦など必要ありません、私は生徒会長になると言っているんです。今日はその挨拶のつもりで言ったのですよ?」
「は?……くくく、ふふふ、ふふはは…、つまりなにか?君は僕を生徒会長の座から引きずり落として自分がその座に収まると?」
「引きずり落とすだなんて人聞きの悪い、私はただ生徒達の模範たる存在はよりそれに相応しい人間がなるべきだと言っているだけですよ。」
「僕には君が僕より自分の方が相応しいと言ってる様に聞こえるけど?」
「貴方がそう思うのならそうなんじゃないですか?」
四ノ宮生徒会長さんの顔は琴音ちゃんに対して強い敵意に満ちていた。
去年の元生徒会長だった九龍院のもとで副生徒会長として働いて来た実績のある彼は九龍院が卒業し、ようやくそのポストに自分が付けたとぬか喜びしていた所に世間知らずの小娘に馬鹿にされているのだからたまった物ではないのだろう。
ああして琴音ちゃんの見事なまでの煽りスキルを見ていると彼女の性格が変わったわけではないのだなと改めて実感させられる。
まさにかわいいみための肉食動物そのものだ…。
他者にたいする配慮わが全く無い。
「凄いな、前園さんの妹…」
「うん、やっぱり怖いわ、琴音ちゃん…。」
「前園さんの妹だし見た目はスゲーかわいいけどアレはきついな…」
「ははは…」
こうして春1番のイベントである始業式は波乱の内に終わりを迎えた。
しかしこの日1番のイベントはまだ終った訳ではなかったのだ。
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