52話 前園明その3
私は…俺は家族が嫌いだ。
それらしい綺麗事と世間体だけを気にする八方美人のクズ共だ。
親父は実力至上主義のナルシストだ、自分より劣る存在を見下して悦に浸る唾棄すべきクズだ。
母親はフェミニストの権化だ。
男というだけで他者を俗物とこき下ろす理想家
美人ではあるが男を嬲るその姿はまさに悪鬼の如く。
唯一男として評価しているのが親父だけでこき下ろす対象は息子である俺も変わらない。
そして妹の琴音。
俺はコイツが1番嫌いだ、勿論自分の感情がただの嫉妬から来る物なのは理解している
しかし努力せずとも容易に結果を残すコイツの天性の才能が俺は許せない
しかしそんな奴等に認めてほしい、見て欲しい、愛して欲しいと願う自分が1番嫌いだ。
哀れで情けなくなってくる。
卑屈な精神を精一杯の見栄で覆い隠す事で自分を保っていたあの頃の俺にとって唯一の友達といる時間だけが俺の心の安寧を得られる瞬間だった。
家に帰ればインスタントのラーメンが置かれている、お湯を入れれば3分で食べれるアレだ。
横には琴音と食事に行くという書き置きが乱雑に置かれている。
どうやらまたあいつ等は俺を除け者にして行った様だ。
いつから俺はあいつ等から家族としての扱いを受けなくなったのか…もうそんなのはわからない。
琴音が頭角を表すまでは少なくとも親父は男である俺の事を気にかけていた。
期待してくれていた。
しかしお前は男の癖に全く駄目な奴だなと言われた辺りから歯車は狂い始める。
親父の求める要求は歳を重ねるごとにエスカレートしていた。
学校で高得点を取れ
テストで全教科毎回100点を取れ
学校で1番の生徒になれ
生徒会長になれ
学校で模範となる全てに置いて完璧な存在になれ。
いやいや普通に無理だろそんなの…。
それでも俺は頑張った、そうなる様に我武者羅に頑張った。
学年試験の成績で3位になった。
生徒会長は無理だったが生徒会には入れた。
俺なりの最善は尽くした。
しかし親父から返って来た言葉は
「中途半端な結果だ、まるでお前という人間を如実に体現している様だな」
と言うものだった。
それでもその時はまだマシだった。
この家には男は俺しかいない。
親父は俺に賭けるしか無かったから…
しかしそんな日々も終わりを迎える
琴音だ…奴は俺の努力を平然と出し抜いた。
中学で生徒会長となり学年テストは常に一位
眉目秀麗の天才にして運動神経抜群の鬼才
誰がどう見たって否定のしようがない天才
それが琴音だった。
親父の興味関心は直ぐ様琴音に向かった。
琴音は親父の無理難題を涼しい顔をして当たり前の様に熟した、大した努力も無く当たり前の様に。
親父は喜んだ、狂喜乱舞していた。
「琴音が男ならどんなに良かったか、あんな出来損ないではなく…いや女であるからこそ意味があるのか!
我が社を導くやり手の女若社長…ふふ、素晴らしいな」
その瞬間から俺の人生は否定された。
これまでの頑張りは全て妹という存在に否定された。
「明兄様…どいてもらえます?邪魔で通れません」
「明兄様の持ってるその本、気になりますから優秀な妹の琴音にお譲りくださりません?」
「先日頂いたあの本、飽きたので捨てました。え?何故勝手に捨てるのかって?だっていらないじゃないですか?」
「明兄様の御友人の方…え?ふふふ、いりませんよあんな見窄らしい方、ただ曲がりなりにも琴音のお兄様なのですから御友人はもっと相応しい方を選ばれては?琴音の品位に関わりますので。」
奴は親父と母親の影響を受けてすくすくと育った。
親父と母親の悪いところを素直に吸い込んでそれはもうすくすくと…。
中学時代の俺のスペックを大幅に超えて琴音は中学では1番の女子学生となり親父の期待に応え続けた。
やがてその精神は傲慢で身勝手で自己中心的なエゴイズムに濡れた化け物に育った。
当時俺が大事にしていた本や何かしらの物は全て琴音に奪われ返せと抵抗すれば直ぐ様親達がかっ飛んで来てしこたま怒鳴り散らされた。
挙げ句いらなくなった、飽きたといって勝手に捨てられた事などザラだった。
しかしそんな事はどうでも良かった。
康太を…
俺の大事な親友である康太を琴音如きが貶めた事が何より許せなかった。
だから俺はこの家を出ていく事にした。
一人暮らしを始める為に大学は遠い所を目指した
康太も付いて来てくれると言った。
学力が足りない康太の為に俺はつきっきりで教えてやった、全ては康太と一緒に大学に行く為に…。
そしてあの事件だ。
俺と康太はあの日あの場で命を落とした。
そして死んだあと俺は女に生まれ変わった。
女の体で後悔だらけの人生をやり直せるのだ。
最初は当然戸惑った、自分は男で女じゃないと無駄に足掻いた事だってあった。
しかし、しかしだ!
受けいれてしまえば女であることは俺に…私にとっては都合が良かった。
まず男嫌いの母親の信頼を得やすくなった。
男と言うだけで前の私とは言葉すらまともに交わす事の無かった母親との交流が取りやすくなった。
妹の琴音が生まれてからはアイツと積極的に関わりを持つ様にもした。
男嫌いの母親と選民思想をもつナルシスト親父に育てられればああなるのは過去が実証している。
琴音の性格がネジ曲がるまえに矯正してやる必要性を感じたからだ。
幸い女の身でなら妹の教育に干渉する事も難しい事では無かった、しかし気をつけないといけない事は多い。
母親はプライドが高い。
自意識が高いのだ。
子育てに私が関わり過ぎると癇癪を起こしかねないし、子供らしく振る舞わなければいけない…
違和感を持たれる訳にはいかないのだ。
大丈夫だ…上手くやれる
こういうパターンはいつか来ると『想定していた。』
我ながら頭の中で繰り広げていた厨ニ妄想が役に立つ日が来るとは思ってなかったので嘲笑が止まらない。
現実逃避の一貫で生まれ変わったらこうしたいああしたいなんてのは誰だって考えるだろう。
康太だってしてる程だ。
そういったイメージトレーニングの賜物で私は念願の家族の輪に入る事を実現した。
親父の期待にも答えてやった。
誰もが羨む生徒の模範となり、小中と現在である高校でも1番の学力を持ってるし生徒会長になれる程の学力とカリスマは十分にある。
ただ今の私は親父の道具なんかに甘んじる気は毛頭ない、親父の会社を継ぐ気など毛頭ないし興味もない。
私の目的はただ一つのみだ!
康太と一緒に自由になる!幸せになる!
奴だけが私の理解者だ。
奴だけが私を肯定してくれる。
だがこのままいけばあのクズな家族共は康太を受け入れはしない。
だから私は幼い頃からあの家族に康太を受け入れられる度量を作る為に努力してきた。
結果は前の団欒で上々の成果を出せた…出せた筈なのに!!
「琴音の奴…ふざけやがって!!」
康太は私のだ…なのに何故アイツは康太に近寄る
昔お前は言ったよな?
あんな見窄らしい男はいらないと…
なら何故康太に言い寄る。
近寄るな!
康太は私のだ…!
アイツはいつもそうだ!
私の大切にしてるものに限ってやたらと執着してくる。
ふざけるな!
康太も康太だ!
何満更でも無い顔してんだよ!
腹が立つ!腹が立つ!!
明はコンビニで買ってきた酒を直接口につけてラッパ飲みする。
酒の独特の味がする。
正直不味い。
こんな物を好き好んで飲んでる奴の気が知れないがこの頭の中がぽわぁーとなる感覚は好きだ。
だからむしゃくしゃしたら前世ではよく飲んでた。
今世で飲むのは初めてだが前世と違って酔いの回りが早い気がする。
頭の中がぽわわわぁーとなる。
幸せな気分になる。
だからもっと飲む。
グビグビ
ぽわわわぁー
ごくごく
ぽわわわぁー
ぷはぁー
ぽわわわぁー
「うふふふうふふふうふふふぅぅ〜。」
そうして意識が遠のく
頭の中が真っ白になる
白い白い何処までも白い世界に落ちていく。
視界いっぱいに白い世界が広がって私を飲み込もうとする。
頭が腕が足が体が白い世界に飲み込まれる
気持ち良い…このままこの世界に飲み込まれようか…
そんな時だった。
あ……
きら…
あきらく……
「アキラ君!」
康太…?
「大丈夫?僕が誰かわかる」
当たり前だ
「まだボーとしてるなぁ…」
ふざけんな…この浮気ヤローがよ
「もう…お酒弱い癖にこんなに飲んで…」
飲まないとやってらんねーんだよ
「取り敢えず大丈夫だからゆっくり休みなよ、そのままだと二日酔いコースだよ?」
そのまま明は目を閉じて眠りにつく
康太がいるなら取り敢えずの心配はない、なにせ1番信頼してる奴が大丈夫と言うのだ。
根拠はなくても無駄に信頼できたのだ。
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