おののくべきヘンタイ行為
突然、お尻を揉まれたかと思い振り返れば、そこにいたのは、黄金ヘンタイ騎士という自称が、なるほど、全てを表しているとしか思えない圧倒的不審者……。
その状況に、エイマは頭が真っ白になり、立ち尽くしてしまったらしい。
いや、そりゃそんなのそうなるよ。私でもそうなる自信あるもの。
ここ、グレイフールの住人にとって、危険は日常茶飯事だ。
が、それはあくまで、撃って撃たれてとか、斬って斬られてとか、殴って殴られてとか、そういった類の危険に耐性があるという意味であり……。
我が国の建国以来、並ぶ者はいないだろう超絶不審者に対してまで、的確な行動が取れるというわけではないのである。
だが、それはあくまで、エイマ個人が動きを止めただけという話……。
場所は、人の海と称してよいほど通行人の多い通りであり、たまたまそこに居合わせた人々が、彼女に代わり驚きの声を上げてくれた。
「うわっ!?
な、なんだこいつ!?」
「黄金の……騎士?」
「さっき、自分でも黄金ヘンタイ騎士とか何とか名乗っていたぞ!?」
「い、一体どこから現れたんだ……?」
「分からない……。
分からないが、とにかく、警察を呼べ!」
人々がざわめき、勇敢な王国紳士の何人かは、ヘンタイとエイマとの間に立ち塞がる。
「こら! そこの鎧男!
こんな所で、何をしている!?」
折しも、そこには市警の警官がたまたま通りがかっており……。
左右にさっと分かれた群衆の中を、王都の守護者が駆け抜けてきたのであった。
「おっと、これはいかん。
残念ながら、今回の逢瀬はここまでのようだ」
――ふにゅり。
「――ひう!?」
そう言いながらの、何とさりげなく、そして素早い動きだろうか。
黄金ヘンタイ騎士は、自身との間に割って入った紳士たちなどモノともせず、その間をすり抜ける形でエイマの胸を揉んだのである。
「うむ! 尻だけでなく、乳もまた素晴らしい!
また会おう! 我が運命の少女よ!」
好き勝手に言い放つと、黄金ヘンタイ騎士が人々の間を駆け抜けていく。
その走りたるや、まことに軽快なものであり……。
全身を甲冑に包まれていながら、一切重さを感じさせることはなく、見事、逃げおおせたのであった。
と、ここまでが一回目のエンカウント。
そっかー、まだあるのかー……。
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二回目のそれは、間接的な遭遇であったそうだ。
エイマは、路地裏の片隅で、同じく親のいない子供たちと一緒に、支え合いながら暮らしているらしい。
で、生活するからには、当然、洗濯というものが存在する。
かつての時代、服というのはそれそのものが一つの財産であり、庶民にとっては、今着ているそれが文字通りの一張羅というのも当たり前だったらしい。
しかし、そこは産業時代と呼ばれるようになって久しい我が国だ。
王侯貴族ならずとも、季節に合わせて着ている服を選べるほどの豊かさが、王国民には存在した。
その豊かさは、路地裏で暮らす親なし子たちにも波及しており……。
エイマも、日々、下着を替えるくらいのことはできていたのである。
それが、悲劇を生んだ。
ある朝、エイマが夜の間に干しておいた洗濯物を取り込もうとした時……。
そこに、彼女のパンツは存在しなかった。
代わりに置いてあったのは、一枚のカードである。
しかも、ご丁寧にも、見覚えがある黄金の兜が描かれていたという。
嫌な予感を覚えながら、エイマがカードをめくると……。
果たして、そこにはメッセージが書かれていたのだ。
『我が愛しのエンジェルよ。
君の下着と、そこに存在する残り香や温もりは、確かにワガハイが保護させて頂いた。
……しかしながら、このパンツは君の体にはフィットしていないようだ。
これはいけない。
いずれ、代わりの品を贈るゆえ、楽しみにしておいてくれたまえ』
……親なしの身でありながら、独力で文字の読み書きを習得していたのは、エイマの不幸であったといえるだろう。
干しておいた、下着……。
洗ったとはいえ、自分にとって最も重大な箇所と一体になっていた布……。
それが盗まれ、ヘンタイの掌中で今、どのように扱われているか?
想像したエイマは、不思議がる子供たちの視線を受けながら、悲鳴を上げてしまったらしい。
いや、話を聞いてて、私自身も悲鳴を上げたくなったわ。
で、これが二回目の事件で……うん……まだ、あるのね……。
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三回目の事件。
それは、痴漢行為でも窃盗でもなかった。
では、一体、恐るべきヘンタイは何をしたのか?
その答えは、
――贈呈。
……である。
物乞いや、ゴミ漁りなど……。
エイマが守っている幼子たちにもまた、出来るなりの務めというものがあり、当然ながら、彼らがそれに出払っている間、エイマたちが住み着いている一角は無人となるそうだ。
で、一日の務めを終えたエイマや親なし子たちが帰ってきた時……。
そこには、布を被せたバスケットが置かれていたのだという。
しかも、例のカードが添えられた状態でだ。
こうなると、もはやそれは爆弾である。
解除することもできず、かといって、逃げ去るわけにもいかない爆弾……。
勇敢なるスリ師の少女は、意を決してカードを手に取ったらしい。
果たして、そこに書かれていたのは、どのような爆発物よりも火力の高い文書であった。
『やあ、愛しのマイエンジェルよ!
約束通り、君のお尻を守るにふさわしい逸品をプレゼントさせて頂こう。
それだけではない……。
少女が健やかな羽化を迎えるにあたっては、質の良い食事というものが必要不可欠。
君のため、選び抜いた果物も一緒にしておく。
どうか、しっかりと食べて、ワガハイのため、成長してほしい』
き……キメエ!
よくもまあ、ここまで気持ちの悪い行動が取れるものだ。
まず、見ず知らずの相手から贈り物をされるだけでも気持ち悪いのに、モノも下着である。
そして、股間部を守るための布地と一緒に、食べ物を贈るという……。
それを不思議とも思わない倫理観の無さが、あり得なかった。
ご丁寧にも、農業力に乏しい我が国では高価な果物を選んでいるというのが、また……。
ともかく、エイマはバスケットに被せられた布を手に取ったそうだ。
取って、気づく。
レースを使った、いかにも高そうな布……。
それは、ただの布ではなかった。
――パンツだったのである!
……エイマの悲鳴が、路地裏に響き渡ったそうだ。
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一連の怪談、もとい、被害談を聞いた私は、眉間を軽く揉みほぐす。
「それで、バスケットに入れられてたという果物はどうしたの?」
「捨てました。
子供たちは食べたがったけど、とてもじゃないけど、そんな気にならなくて……」
「賢明な判断ね。
この調子だと、変な薬とか塗られてるかもしれないし」
エイマの判断を褒めながら、腕を組む。
黄金ヘンタイ騎士……実際に被害者から話を聞くと、想像以上に気持ちの悪い変質者である。
と、なると、気になるのが、だ……。
「何で私、この事件について知らなかったのかしら?
一応、新聞も欠かさず読んでるんだけど」
「多分、くだらな過ぎて、記事にする気が起きないんだと思います。
それか、気持ち悪過ぎてか……」
「あー……。
記者という布が漉さなければ、情報として降りてこない……。
まさか、新聞という媒体の構造的欠陥を、こんなヘンタイ絡みの事件で悟ることになるとは……」
何だか、ますます頭痛が激しくなってきた。
ともあれ、頭を押さえてばかりもいられない。
あらゆる意味でかわいそう過ぎる少女のために、私がやれることはただ一つだ。
「ともかく……安心しなさい。
これからは、私があなたのことを守って、それでそのヘンタイをやっつけてやるわ」
だが、そう言った私に対し、エイマが返した言葉は実に意外なものだったのである。
「……お断りします。
あなたの助けは、いりません」
それは、実にハッキリとした……拒絶の意思であった。