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悪役令嬢が如く  作者: 英 慈尊
Chapter1 地獄の姉妹
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黄金ヘンタイ騎士

 もし、王都に暮らしていて、刺激を求めるというのなら、ここグレイフールはうってつけの町だろう。

 等間隔に設置されたガス灯が、夜間も昼間のように町中を照らし出し……。

 無数に存在する酒場や娼館を遊び尽くすには、一ヶ月や二ヶ月じゃ到底足りない。


 もっとも、時間よりもまず先に足りなくなるのは、お金の方なんだけどね。

 この町をよく知らない素人じゃ、二軒目か三軒目で……運が悪ければ、最初の一軒目でぼったくりの店に入ってしまい、有り金の全てをむしり取られてしまうだろうから。


 そう、きらびやかさの影には、危険がイッパイ……。

 そのような意味でも、ここは本当に刺激的な町であるといえる。

 生まれてから見てきた貴族社会が光だとするならば、ここはまさしくその光によって生まれた影。

 一つの国家が成り立つ上で、必ず生じる闇の部分がここなのだ。


 そんな歓楽街の片隅……。

 アパートメントの一室を借りる形で、私は事務所を開いている。

 まあ、事務所といっても、住居も兼ねているのだけど。

 女らしい調度など一切存在しない室内で、唯一、これだけは用意した姿見の前に立つ。


 ロールされていた金髪は、手入れを簡略化するため、少々短くすると共に後頭部でくくられており……。

 美しさよりも愛らしさの方が勝っていた顔立ちは、凛々しさが加わることでスゴ味のある美貌へと変容しつつあった。


 身にまとっているのは、王国紳士が身にまとうスーツを女用に仕立ててもらった逸品だ。

 ワインレッドに染められたジャケットもパンツも、漆黒のシャツも、その全てが私の体にピタリとフィットし、ますます豊かさを増した部位や、くびれを維持している腰つきが、布の上からハッキリと分かるようになっている。


 うん――美しく、それでいてカッコイイ。

 我ながら、ナルシストのごとく自分の容姿を褒め立てているが、美しいものはどうあがいても美しいのだし、それをあえて卑下することは、これ以上ない程に愚かな行為であると信じていた。


 これが――私。

 この歓楽街、グレイフールでニ年間を探偵兼何でも屋として過ごしてきた、十七歳のザビーである。


 ――カン! カン!


 事務所のドアノブが打ち鳴らされたのは、そんな風に朝の身支度を終え、気持ちを整えていた時のことだった。


「開いてるわよ」


 どうせ、この事務所を訪れる人間など限られているので、私は気安くそう呼びかける。


「不用心だな……。

 カギもかけずにいるとは」


 果たして、そう言いながらドアを開けたのは、私にとって最大のお得意様である人物――ミラー・ニウであった。


「この町できちんとした防犯を望むなら、そもそも、こんなボロいアパートメントじゃどうにもならないわよ。

 ここ、通りで石を投げたら解錠技術の持ち主に当たるんじゃない?」


「まあ、そうかもしれんが……その豪胆さには、毎度驚かされるよ。

 だからこそ、二年もここでやってこられたんだろうけどな」


 一番のお得意様であり、たった今けなされたボロアパートのオーナーでもある人物が、そう言いながら勝手にソファへと座る。

 この二年、彼は何度となくここへ訪れており、いわばこの事務所は、勝手知ったる他人の家なのだ。

 だから、私もお茶などわざわざ用意はせず、対面のソファに腰かける。


 これから、彼が私に告げる内容……。

 それは間違いなく、私でなければ解決できないような……物騒でいて、そして、知性の閃きが必要とされる事件解決の依頼に違いない。

 そのような依頼を何度も解決することで、私は今や、この町でちょっとした有名人になっているのである。


「実は……いや、いつものことだな。

 お前に、解決して欲しい事件がある」


 そう、彼が今から口にするような依頼……。


「他でもない――黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)だ」


 ――黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)のような。


 ……は?


「ごめん、ちょっと聞き間違えちゃったみたい。

 悪いんだけど、もう一度言ってもらってもいいかしら?」


「いいだろう。

 よく聞いてくれ……」


 怒ることもなく、ミラーが再び口を開く。

 ふー、やれやれ。私としたことが、まさか依頼の内容を聞き間違えてしまうとは。

 まあ、このところ、ザイスンさんが経営している娼館の子から浮気の調査を依頼されて、ゴミ漁りしたり、張り込みしたりと結構忙しくしてたしね。

 その辺りを全て一人でこなさなければならないのは、個人で探偵業を営む者の弱みであるといえるだろう。


 とはいえ、疲労を言い訳にしてばかりもいられない。

 ここはひとつ、耳をかっぽじって、今度こそ聞き間違えないようにしなければ……!


「お前に解決して欲しい事件……。

 それは、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)だ」


 聞き間違いじゃなかったわー。黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)だったわー。

 あの……私ここまで、ものすごーく格好つけた感じでモノローグし続けてきたんだけど、え? 何? その流れで持ってくる依頼が黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)なの?

 ……つーか、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)って誰?


「えっと……多分だけど、その黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)って人名? よね?

 一体、どこの何者で、それでどうしてあなたが依頼をかけてくるの?」


 そう問いかけると、ミラーが心底意外そうな顔をしてきた。


「何……?

 お前、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)を知らないのか?」


 知らねーから聞いてるんだよ、スットコドッコイ。

 ……と、言いたいところだけど、ここはグッとこらえて先をうながす。

 関わりたくない気配はビンビンに感じるが、大事な飯の種には違いないのだ。

 ……関わりたくない気配は、ビンビンに感じるけど!


黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)……。

 奴は、まさしく黄金の鎧に身を包んだヘンタイだ」


「すごいわ……。

 とても端的に特徴を述べてくれてるのに、何一つ頭に入ってこない」


「その犯行は、全てが神出鬼没……。

 大通りに突如として現れたかと思えば、女子の尻や乳を触って逃亡したり、夜中に現れたかと思えば、干してある女子の下着を盗んだりといった犯行を繰り返している」


「なるほど……まごうことなき、ヘンタイね。

 ――いや、警察がどうにかしなさいよ」


 思わずツッコミを入れてしまうが、ミラーは苦い顔をしながら首を横に振った。


「無論、当局とてこの件は重く見ていて、何度となくこれを捕まえようとしている。

 が、そのことごとくで逃げおおされ、あるいは返り討ちにあっているのが現状だ」


「そう……無駄に逃げ足が速く、かつ、無駄に強いのね。

 ……で、そんな厄介なヘンタイ退治を、どうしてまた私に依頼してくるの?」


 頭痛がしてきた頭を押さえながら、そう尋ねる。

 すると、ミラーの方も眉間を揉みほぐしながら、こう言ったのだ。


「……最近、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)が目をつけ、何かにつけては被害をもたらしているのが、うちの末端構成員なんだ」


「あら、ファミリーに女の子がいるのは、初耳ね」


「そう多くはないがな……。

 名前はエイマ。

 十三歳で、シマ内ではスリを働いている。

 スリ取った金の一部を組に収める代わりに、見逃しているという関係だ」


「あら、ならファミリーかどうかは、微妙なラインなのね」


「そうだな……。

 立ち位置としては、お前に近い。

 なかなか、見込みがあるところも含めて、な」


 そう言って、ミラーは腕を組む。


「エイマは幼い頃から腕の良いスリだったが、スッた金をどう使っているかというと、自分と同じく身寄りのない子供を食わせるために使っている。

 なかなか、泣かせる話じゃないか」


「それは、感心する話ね」


 ようやく、まともな方向へ話が軌道修正され始めたのを感じ、ほっと息を吐く。

 ……まあ、どうしたって、ここからヘンタイ談義に移行せざるを得ないんだけどね!


「その感心する娘が、ヘンタイに目をつけられたと?」


「ああ……。

 エイマも、長いことこの町でスリを働いてきた腕利きだ。

 気配を察知したりする技には、長けている。

 が、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)はそれをあざ笑うかのように、通りで務めをしようとするエイマの乳尻を揉んでは逃げ去り、干してあった下着をいつの間にか盗んだり……。

 挙句の果てには、『君はもっと輝けるはずだ。この服を着て、もっと良い物を食べたまえ』などという文書を添えて、下着から何から一式揃った服や、果物類などをねぐらに置き去ったりしているらしい」


「うわ……キモ……」


 自分が同じことをやられたら……。

 それを想像し、思わず身をすくめる。

 話を聞く限り、この黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)とやらは自分がヘンタイであるという自覚がない。

 ばかりか、善行を働いているとすら思っていそうだ。

 何しろ、騎士を名乗っている? し!


「こんなドがつくヘンタイにまとわりつかれていては、エイマがあまりに不憫……。

 ザビー、ここは人助けと思って、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)退治の依頼を受けてくれないか?」


「そんな話を聞かされちゃ、断るわけにはいかないわね……」


 そのようなわけで……。

 私は、この一件へと関わることになったのである。

 ……心底から、嫌だけど。


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