表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が如く  作者: 真黒三太
Chapter1 地獄の姉妹
15/16

VS黄金ヘンタイ騎士 下

 ――ジュワッ!


「――おわっちゃあああああっ!?」


 鍋の中身を顔面に浴びせられた黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)が倒れ、地面をのたうち回る。

 エイマが浴びせかけた鍋の中身……。

 これは――油か!

 彼女は、ついさっきまで揚げ物に用いられていた油を片手鍋に入れ替え、ここへ持ち出してきたのだ!


「まだです!」


 エイマはそう言いながら、転がり回るヘンタイへ次々と油を浴びせていく!


 ――ジュッ!


 ――ジュワッ!


「あち、あち、あちゃちゃちゃ!?」


 金属鎧にこんなもんを浴びせかけられては、ひとたまりもない。

 黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)は、悶絶しながら街路を転がり続け……。

 それと同時に、次々と鎧を脱ぎ捨てた。

 ううむ、何て器用な奴……。


「あっつー……!

 我が愛しのエンジェルよ! それはあんまりではないか!?」


 鎧を脱ぎ捨て、立ち上がった黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)……いや、もはや単なる半裸のヘンタイが、そう抗議する。

 ううむ、パンツ一丁になると、本当、そこら辺にいそうなただのオッサンね。


「何が愛しのエンジェルですか!?

 さっさと観念して、捕まって下さい!」


 そんなヘンタイにおたまを突き出しながら、エイマが威勢よく言い放つ。


「そうね……。

 これだけの人間に素顔を見られた以上、あなた、もう警察から逃げ延びることは不可能よ?」


 せっかくなので、私も腕を組みながら勝利宣言してやった。

 私が言った通り……。

 野次馬と化していた人々の視線が、ガッチリとヘンタイに注がれている。

 もはや、完全なる面割れであった。


「ぬう……!?

 ぬぬぬぬ……っ!」


 その事実に気づいたヘンタイが、身を震わせる。

 震わせて――開き直った。


「ええい!

 かくなる上は、お主たちを伴って国外脱出してくれるわ!

 いざゆかん! 三人での新天地へ!」


「ごめんこうむるわ」


 私は不敵な笑みを浮かべ、そして、構える。

 今度の構えは、今まで見せてきたような腰を深く落とすそれではない。

 片足立ちの姿勢となり、浮いた右足を相手に向ける構えだ。

 調和(ハーモニー)は、一人で多数を相手取るための(フォーム)……。

 そして、この(フォーム)こそは、一対一の決闘で真価を発揮する闘法なのである。


「エイマ、助かったわ。

 ……邪魔な鎧さえ脱がしてしまえば、こんな奴は怖くもなんともない」


「ザビーさん!

 やっちゃって下さい!」


 おたまを掲げながら応援してくる彼女に、軽くウィンクしてやった。

 そうしている間に、ようやく熱さが収まってきたのだろうヘンタイが突撃してくる。


「ふんぬうううううっ!」


 両腕を突き出してのタックル!

 見た目はただのオッサンだが、やはり、凄まじいパワーだ!

 しかし、力比べに付き合う必要は……ない!


「――ふっ!」


 私は反転し、ホルゾンさんの経営する店に向け、素早く跳躍する。

 そして、その壁を蹴り上げ、再度の跳躍を果たした。

 三角跳びから浴びせるのは、空中で身をひねっての踵落としだ!


「――ぐおっ!?」


 上方から打ち下ろした一撃は、狙い過たず、ヘンタイの後頭部を直撃する。

 動きを止めた今が――チャンス!


「――せいっ!

 ――いやっ!」


 着地した私は、そのまま片足立ちでの連続蹴りを叩き込む。

 ローからハイ、ハイからミドル……。

 上中下へ的確に打ち分けての連撃に、ヘンタイは対処することができず、そのことごとくが彼の急所を穿っていった。


「ぐうおおおっ!?」


「これで――終いよ!」


 最後に浴びせるのは、その場で跳躍しての空中回し蹴りだ。

 側頭部に叩き込んだ一撃は、そのままヘンタイの体をくるりと半回転させ……。

 街路を形成する石畳に、ヘンタイの頭蓋がめり込む!


 今度こそ、ヘンタイは立ち上がることがなく……。

 そのまま、力なく地面へと倒れた。

 私の……ううん、私たちの完全勝利ね。


「ヤグルマ流舞闘術(スティング)――獄蝗(ホッパー)

 ご堪能頂けたかしら?」


 存在しないドレスの裾をつまみ上げる仕草と共に、倒れたヘンタイへ一礼する。


 ――パチ。


 ――パチ、パチ、パチ。


 そんな私に、野次馬たちの拍手が降り注いだ。




--




「ほら、キリキリ歩け」


 その後……。

 駆けつけた警察官たちに手錠をかけられ、黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)を名乗っていたオッサンは、無事に連行されていった。


黄金(ゴールデン)ヘンタイ騎士(ナイト)……恐るべきヘンタイだったけど、これで、グレイフールに平和が戻ったわね」


「ええ、あんな気持ち悪い人、二度と刑務所から出さないでほしいです」


 私の隣で連行される姿を見届けたエイマが、そう言いながらうなずく。

 ……どうだろう? 奴はまごうことなきヘンタイであり、犯罪者だけど、罪そのものは大して重くないからなあ。

 下手をすれば、数ヶ月程度で出所……最悪の場合、執行猶予が付く可能性もあるだろう。


 だが、あえてそれを告げ、不安にさせるよう真似はしない。

 出所なり執行猶予なりで更生すれば良し。しなかったなら、今度こそ引導を渡してやればよいのだ。


「それにしても……あなたの機転には、助けられたわ。

 ありがとう、エイマ」


 私がそう言うと、エイマはもじもじと両の指を絡ませ始める。

 そして、いかにも恥ずかしげにこう言ったのだ。


「その……助手というか、妹というか、そんな感じらしいですから。

 わたしも、少しは役に立とうと思っただけです」


 か……。

 カワイイー!

 思わず抱きしめたくなるのを自制しながら、彼女の顔を覗き込む。


「もし、よかったなら、今回だけと言わず、本当に私の妹とならない?

 少なくとも、今の商売を続けるよりは未来が開けるわよ」


 私の言葉に、エイマはぷいと顔を背ける。

 背けてから、こう言った。


「……まあ、考えておきます。

 あの子たちもいなくなって、今は自由ですし」


 しゃあ! 言質取ったあ!

 このまま攻略を進め、ゆくゆくはなし崩し的に我が妹としてくれるわ!

 心の中でガッツポーズをしていると、ホルゾンさんが私の肩を叩く。


「仲良くするのは結構だけどよ。

 看板の金、弁償してくれや」


「……うす」


 血管の浮かんだ笑顔で言われ、私は大人しく財布を取り出す。

 ……今の手持ちで、足りるかしら?


「あ」


 そんな風にしていると、エイマが私の財布を見て驚いたような声を漏らした。

 そして、そのまま考え込むようにし始めたのである。


 ? どうしたのかしら?

 私に答えが告げられたのは、しばらく後……エイマに言われ、事務所に引き返してからのことだった。




--




「これを、見て下さい」


 そう言いながら、エイマがテーブルの上に懐中時計を置く。


「――っ!?

 これは……」


 それを見て、私は心臓が止まるかと思った。

 腕利きの職人が手がけた、高級感の漂う時計……。

 その蓋に刻まれていたのは、ゼクトマイヤー家の家紋だったのである。


「その……。

 ザビーさんのお財布に、同じ家紋があったので……」


「ええ、これは間違いなく、ゼクトマイヤー家の家紋よ。

 この財布は、家が取り潰された時に持ち出せた物なの」


 そう言いながら、財布を取り出し見せた。


「でも、どうしてあなたがうちの家紋入り時計を持ってるの?」


 問いかけながら、私はある仮説へ辿り着く。


「――まさか!?

 あなた、亡き父様の隠し子!?

 私たち、実は本当に姉妹だったの!?」


「……そんなわけないじゃないですか」


 我が電撃的推理を披露されたエイマが、溜め息と共に否定する。


「これは、二年前にスリ取ったんです。

 若い……貴族っぽい男性から」


「……え?」


 若い、貴族の男性……。

 エイマの言葉に、どうしようもない不審感を覚えた。

 よくよく見ると、この懐中時計には覚えがある。

 生前、父が愛用していた品だ。

 確か、特注したものなので、世界に一つしかないはずだった。


 ……そして、父の享年は四十九歳。

 別に若作りだったわけでもないし、エイマが若い貴族の男性と見間違えることはないだろう。


「エイマ……。

 正確な日付けじゃなくていい。

 これ、いつ頃に、どこでスリ取ったか、教えてくれない?」


「正確な日付けで分かります」


 私の言葉に、エイマは即答してみせる。


「何しろ、翌日に第一王子殺害を報じる新聞が出回りましたから」


 ――ぐらり。


 ……と、世界が歪んだような感覚に支配された。

 まるで、この世の基本法則そのものがすり替わったような、そんな感覚である。


 生前、父は無罪を訴えていた。

 現場の証拠品により、それは退けられ、ゼクトマイヤー家は取り潰しとなったわけだが……。

 もしかしたならば、父は真実を訴えていた……?


 私の目には、テーブルへ置かれた懐中時計が、どのような爆発物よりも危険な代物として映るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ