VS黄金ヘンタイ騎士 下
――ジュワッ!
「――おわっちゃあああああっ!?」
鍋の中身を顔面に浴びせられた黄金ヘンタイ騎士が倒れ、地面をのたうち回る。
エイマが浴びせかけた鍋の中身……。
これは――油か!
彼女は、ついさっきまで揚げ物に用いられていた油を片手鍋に入れ替え、ここへ持ち出してきたのだ!
「まだです!」
エイマはそう言いながら、転がり回るヘンタイへ次々と油を浴びせていく!
――ジュッ!
――ジュワッ!
「あち、あち、あちゃちゃちゃ!?」
金属鎧にこんなもんを浴びせかけられては、ひとたまりもない。
黄金ヘンタイ騎士は、悶絶しながら街路を転がり続け……。
それと同時に、次々と鎧を脱ぎ捨てた。
ううむ、何て器用な奴……。
「あっつー……!
我が愛しのエンジェルよ! それはあんまりではないか!?」
鎧を脱ぎ捨て、立ち上がった黄金ヘンタイ騎士……いや、もはや単なる半裸のヘンタイが、そう抗議する。
ううむ、パンツ一丁になると、本当、そこら辺にいそうなただのオッサンね。
「何が愛しのエンジェルですか!?
さっさと観念して、捕まって下さい!」
そんなヘンタイにおたまを突き出しながら、エイマが威勢よく言い放つ。
「そうね……。
これだけの人間に素顔を見られた以上、あなた、もう警察から逃げ延びることは不可能よ?」
せっかくなので、私も腕を組みながら勝利宣言してやった。
私が言った通り……。
野次馬と化していた人々の視線が、ガッチリとヘンタイに注がれている。
もはや、完全なる面割れであった。
「ぬう……!?
ぬぬぬぬ……っ!」
その事実に気づいたヘンタイが、身を震わせる。
震わせて――開き直った。
「ええい!
かくなる上は、お主たちを伴って国外脱出してくれるわ!
いざゆかん! 三人での新天地へ!」
「ごめんこうむるわ」
私は不敵な笑みを浮かべ、そして、構える。
今度の構えは、今まで見せてきたような腰を深く落とすそれではない。
片足立ちの姿勢となり、浮いた右足を相手に向ける構えだ。
調和は、一人で多数を相手取るための型……。
そして、この型こそは、一対一の決闘で真価を発揮する闘法なのである。
「エイマ、助かったわ。
……邪魔な鎧さえ脱がしてしまえば、こんな奴は怖くもなんともない」
「ザビーさん!
やっちゃって下さい!」
おたまを掲げながら応援してくる彼女に、軽くウィンクしてやった。
そうしている間に、ようやく熱さが収まってきたのだろうヘンタイが突撃してくる。
「ふんぬうううううっ!」
両腕を突き出してのタックル!
見た目はただのオッサンだが、やはり、凄まじいパワーだ!
しかし、力比べに付き合う必要は……ない!
「――ふっ!」
私は反転し、ホルゾンさんの経営する店に向け、素早く跳躍する。
そして、その壁を蹴り上げ、再度の跳躍を果たした。
三角跳びから浴びせるのは、空中で身をひねっての踵落としだ!
「――ぐおっ!?」
上方から打ち下ろした一撃は、狙い過たず、ヘンタイの後頭部を直撃する。
動きを止めた今が――チャンス!
「――せいっ!
――いやっ!」
着地した私は、そのまま片足立ちでの連続蹴りを叩き込む。
ローからハイ、ハイからミドル……。
上中下へ的確に打ち分けての連撃に、ヘンタイは対処することができず、そのことごとくが彼の急所を穿っていった。
「ぐうおおおっ!?」
「これで――終いよ!」
最後に浴びせるのは、その場で跳躍しての空中回し蹴りだ。
側頭部に叩き込んだ一撃は、そのままヘンタイの体をくるりと半回転させ……。
街路を形成する石畳に、ヘンタイの頭蓋がめり込む!
今度こそ、ヘンタイは立ち上がることがなく……。
そのまま、力なく地面へと倒れた。
私の……ううん、私たちの完全勝利ね。
「ヤグルマ流舞闘術――獄蝗。
ご堪能頂けたかしら?」
存在しないドレスの裾をつまみ上げる仕草と共に、倒れたヘンタイへ一礼する。
――パチ。
――パチ、パチ、パチ。
そんな私に、野次馬たちの拍手が降り注いだ。
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「ほら、キリキリ歩け」
その後……。
駆けつけた警察官たちに手錠をかけられ、黄金ヘンタイ騎士を名乗っていたオッサンは、無事に連行されていった。
「黄金ヘンタイ騎士……恐るべきヘンタイだったけど、これで、グレイフールに平和が戻ったわね」
「ええ、あんな気持ち悪い人、二度と刑務所から出さないでほしいです」
私の隣で連行される姿を見届けたエイマが、そう言いながらうなずく。
……どうだろう? 奴はまごうことなきヘンタイであり、犯罪者だけど、罪そのものは大して重くないからなあ。
下手をすれば、数ヶ月程度で出所……最悪の場合、執行猶予が付く可能性もあるだろう。
だが、あえてそれを告げ、不安にさせるよう真似はしない。
出所なり執行猶予なりで更生すれば良し。しなかったなら、今度こそ引導を渡してやればよいのだ。
「それにしても……あなたの機転には、助けられたわ。
ありがとう、エイマ」
私がそう言うと、エイマはもじもじと両の指を絡ませ始める。
そして、いかにも恥ずかしげにこう言ったのだ。
「その……助手というか、妹というか、そんな感じらしいですから。
わたしも、少しは役に立とうと思っただけです」
か……。
カワイイー!
思わず抱きしめたくなるのを自制しながら、彼女の顔を覗き込む。
「もし、よかったなら、今回だけと言わず、本当に私の妹とならない?
少なくとも、今の商売を続けるよりは未来が開けるわよ」
私の言葉に、エイマはぷいと顔を背ける。
背けてから、こう言った。
「……まあ、考えておきます。
あの子たちもいなくなって、今は自由ですし」
しゃあ! 言質取ったあ!
このまま攻略を進め、ゆくゆくはなし崩し的に我が妹としてくれるわ!
心の中でガッツポーズをしていると、ホルゾンさんが私の肩を叩く。
「仲良くするのは結構だけどよ。
看板の金、弁償してくれや」
「……うす」
血管の浮かんだ笑顔で言われ、私は大人しく財布を取り出す。
……今の手持ちで、足りるかしら?
「あ」
そんな風にしていると、エイマが私の財布を見て驚いたような声を漏らした。
そして、そのまま考え込むようにし始めたのである。
? どうしたのかしら?
私に答えが告げられたのは、しばらく後……エイマに言われ、事務所に引き返してからのことだった。
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「これを、見て下さい」
そう言いながら、エイマがテーブルの上に懐中時計を置く。
「――っ!?
これは……」
それを見て、私は心臓が止まるかと思った。
腕利きの職人が手がけた、高級感の漂う時計……。
その蓋に刻まれていたのは、ゼクトマイヤー家の家紋だったのである。
「その……。
ザビーさんのお財布に、同じ家紋があったので……」
「ええ、これは間違いなく、ゼクトマイヤー家の家紋よ。
この財布は、家が取り潰された時に持ち出せた物なの」
そう言いながら、財布を取り出し見せた。
「でも、どうしてあなたがうちの家紋入り時計を持ってるの?」
問いかけながら、私はある仮説へ辿り着く。
「――まさか!?
あなた、亡き父様の隠し子!?
私たち、実は本当に姉妹だったの!?」
「……そんなわけないじゃないですか」
我が電撃的推理を披露されたエイマが、溜め息と共に否定する。
「これは、二年前にスリ取ったんです。
若い……貴族っぽい男性から」
「……え?」
若い、貴族の男性……。
エイマの言葉に、どうしようもない不審感を覚えた。
よくよく見ると、この懐中時計には覚えがある。
生前、父が愛用していた品だ。
確か、特注したものなので、世界に一つしかないはずだった。
……そして、父の享年は四十九歳。
別に若作りだったわけでもないし、エイマが若い貴族の男性と見間違えることはないだろう。
「エイマ……。
正確な日付けじゃなくていい。
これ、いつ頃に、どこでスリ取ったか、教えてくれない?」
「正確な日付けで分かります」
私の言葉に、エイマは即答してみせる。
「何しろ、翌日に第一王子殺害を報じる新聞が出回りましたから」
――ぐらり。
……と、世界が歪んだような感覚に支配された。
まるで、この世の基本法則そのものがすり替わったような、そんな感覚である。
生前、父は無罪を訴えていた。
現場の証拠品により、それは退けられ、ゼクトマイヤー家は取り潰しとなったわけだが……。
もしかしたならば、父は真実を訴えていた……?
私の目には、テーブルへ置かれた懐中時計が、どのような爆発物よりも危険な代物として映るのだった。




