VS黄金ヘンタイ騎士 上
「先の一撃で、タダ者ではないと分かっている。
保護するため、まずは無力化させてもらうぞ!」
そう言いながら、黄金ヘンタイ騎士が見せた構え……。
それは、いかにも隙だらけな、シロウト感丸出しな代物である。
だが、油断するわけにはいかない。
アルス(源氏名)さんたちの尊い犠牲によって、こいつが恐るべき剛腕の持ち主であることは判明しているのだ。
「事前にこいつの動きを見れたのは、収穫だった……。
アルスかっこ源氏名かっこ閉じさんたち……。
あなたたちの仇は、私が討つわ」
「あの人たち、まだ生きてますよ?」
「いいから、下がってなさい。
危ないし、アブないから」
律儀にツッコミ続けるエイマを下がらせ、黄金ヘンタイ騎士を迎え討つ。
迎え討つのだが……どうしよう?
この鎧、素手で殴ったりしたら、掌底でも絶対に痛いわよね?
さっき蹴った足、ちょっとジンジンしてるし。
「ふんぬうっ!」
私の逡巡など知らぬとばかりに、黄金ヘンタイ騎士が拳を振り下ろす。
「おっと」
それを私は、紙一重のところで回避するが、やはり、侮れない剛腕だ。
触れるか触れないかのところでかわしたスーツの胸元が、ビリビリと震える。
拳圧だけでこうなのだから、まともに喰らえばジョン(本名)さんたちの仲間入りをするのは間違いないだろう。
……つーか、女相手に容赦ないな! こいつ!
こういった時は、手頃な武器がないか探すに限る。
私は素早く、周囲の様子を確認した。
たまたま通りがかったのだろう、老人が手にしているステッキ……は、勝手に借りたらかわいそうね。殴るのに使ったら、多分折れるし。
ならば、騒ぎで停車した乗り合い馬車の御者が持っている鞭……は、鎧に対して相性が悪いか。
だったら、ホルゾンさんが店の前に出している立て看板――これだ!
「むうん!」
キョロキョロしている間に放たれた横殴りの一撃を、今度は大げさにバク転しながら回避する。
そのまま、二度、三度とバク転を続け、ホルゾンさんが営むフィッシュアンドチップス店の前に移動した。
「おい! ザビーちゃん!
あんた、まさか……」
「ホルゾンさん、看板借りるわね!」
店の前に出てきた中年店主にそう言って、使い慣れた我がメインウェポンを両手で持ち上げる。
こいつは確か、四代目……いや、五代目だったかな?
とにかく、毎度のことながら重心といい、重さといい、鈍器として扱うには手頃なブツだ。
「店の前で騒ぎを起こされたホルゾンさんの怒り、思い知るがいいわ!」
「俺が今怒っているのは、ザビーちゃんに対してだ!」
あー、あー、聞こえなーい。
というか、聞いている余裕はない。
「ふんぬーう!」
黄金ヘンタイ騎士が、今度は突進してくると同時に、蹴りを放ってきているからだ。
「ふっ――」
私は、素早く横に飛び退いてこれを回避。
回避すると同時に、手にした愛用の武器を思いっきり振り抜く。
「――せいっ!」
「――ぐおっ!?」
フルフェイスの兜を被っているとはいえ、これを顔面に受けたのだからたまらないだろう。
自身が放った蹴りの勢いも加わり、黄金ヘンタイ騎士は、たまらず仰向けに倒れた。
だが、私のターンはこれで終わらない!
「――でいやっ!」
立て看板を手にしながら、高々と跳躍する。
そのまま、倒れ込むように看板を叩きつけた!
――バガーン!
「ああっ! またうちの看板があっ!?」
……ありがとう、ホルゾンさんちの看板。
君が砕け散ってくれたおかげで、悪を滅することがかなったわ。
パン、パン、とスーツについた埃を払いながら、立ち上がる。
これはもう、生きてはいまい。
そう思いながら、黄金ヘンタイ騎士を見下ろしたが……。
「――むん!」
何と! バネ仕掛けのごとく軽快な動きで、倒れていたヘンタイが立ち上がる!
「元気百倍!」
ばかりか、ガッツポーズまで決めてみせたではないか!
「な、何いっ!?」
必殺の一撃が通用しなかった事実に、動揺し後ずさった。
「そんな……今のは、クリーンヒットだったはず!」
「ファッファッファ……。
確かに、素晴らしい一撃だった。
そこな店……料理は油っこ過ぎてイマイチだが、看板に関しては一級品だ」
「やかましい!
うちのフィッシュアンドチップスは王国一だ!」
ホルゾンさんの抗議を意に介さず、黄金ヘンタイ騎士が続ける。
「確かに、通常ならば、あの一撃でワガハイもダウンしていたかもしれない……。
だが! 看板が叩き込まれた瞬間、ワガハイは確かに感じたのだ!」
そう言いながら、黄金ヘンタイ騎士は、自分の右腕にそっと左手で触れた。
触れながら、私に視線を向ける。
いや……兜のスリット越しに見ているのは、私のオッパイか!?
「この右腕に、ふにょりと触れたその巨乳……。
鎧越しにも、そうと伝わるほどのやわらかさ……!
それが、ワガハイに無限の力を与え、致命の一撃を致命足らないものとした。
言わば、これはオッパイパワー!」
――し、しまったあ!
「畜生! 私が巨乳だから……!
スタイル抜群だったばかりに……!」
「ヌーッハッハッハ!
ヌーッハッハッハッハッハ!」
くやしがる私をよそに、黄金ヘンタイ騎士の哄笑が響き渡った。
まさか、私のオッパイから力を得るとは……。
かくなる上は……!
「――こうなったら!
ホルゾンさん! 新しい看板を!」
「そんなもん、あるかあ!」
――な、何いっ!?
事ここに至って、武器を失うとは!
どうする……? この恐るべきヘンタイ相手に、無手で渡り合えるのか?
「ふうん!」
私の動揺などお構いなしに、黄金ヘンタイ騎士が反撃へ打って出る。
元気一杯に振り回されるその手は、先までと違い、拳を握り込んでいない。
代わりに、大きく開かれており……。
私の胸元目がけ、伸ばされてくるのだ。
こいつ……狙いはオッパイか!?
「――ふっ!
――はっ!」
だが、そう簡単に揉ませてやるほど、私のオッパイはお安くない。
立て続けに伸ばされる手を、時に飛び退き、時に身をひねることで回避し続ける。
回避し続けたが、後退していった先にあったのは、ホルゾンさんが営む店の壁だ。
くっ……追い込まれたか!
「――もらったあ!」
黄金ヘンタイ騎士が右腕を一直線に突き出した、その時である。
「そうはさせません!」
いつの間に、店内へ入り込んでいたのだろうか……。
片手鍋とおたまを手にしたエイマが、鍋の中身をすくい上げ、ヘンタイに浴びせかけた。




