アルス(源氏名)に訪れた悲劇!
それにしても恐るべきは、黄金の騎士が見せた俊速ぶりであろう。
ガシャガシャと鎧の板金がこすれ合う音を響かせながら、路地裏の中を軽快な足取りで駆け去っていくのだ。
その様は――さながら黄金の疾風!
全力で追いかける私だが、引き剥がされないようにするのが精一杯である。
「ハーッハッハッハ!
ハーッハッハッハッハッハッハ!」
「くぬぬ……!」
しかも、ただ足が早いばかりでなく、高笑いなんぞ上げながら走っていく。
そんな黄金の騎士を追っていくと、ようやく終点――路地裏の出口へと辿り着いた。
辿り着いたところで、黄金の騎士が信じられない行動に打って出る。
「――とうっ!」
何と、軽々と跳躍し、そのまま通りにいた歩行者たちの頭上を飛び越えたのだ!
うっそでしょ!? そんな金属鎧身にまとっといて!?
にわかには信じがたい光景であるが、実際、この目で見ているのだから仕方がない。
そして、黄金の騎士が着地した先には、相変わらず兄さんたちに絡まれ続けている……というか、絡んでいる数の増えているエイマが存在したのであった。
「――え?」
突然、路地裏から飛び出して眼前に着地した鎧男……。
それを目にしたエイマが、驚きに目を見開く。
驚いたのは、彼女ばかりではない。
「な、何だこいつ!?」
「今、どっから出てきた!?」
そういう商売をしているお兄さんたちもまた、あまりの異常事態に驚き、すくみ上がっていた。
「ま、待て!
こいつ、噂で聞いたことがあるぞ!
確か、ゴール――」
「――そう!
黄金ヘンタイ騎士とは、ワガハイのことなり!
うら若き乙女をかどわかし、ボトルというボトルを開けさせ、さらには同伴オプションなどを駆使してあり金の全てを巻き上げた挙げ句、闇金に手を出させ最終的には風俗堕ちさせようとする鬼畜どもよ……!」
「い、いや……何も俺ら、そこまでは……」
「俺たちの商売に対する風評被害だ!」
「そうだ! そうだ!」
お兄さんたちと黄金ヘンタイ騎士との間で、突然、変な漫才が始まる。
この異常事態にも、しっかり順応してやり取りをする辺りは、さすがこのグレイフールでボトルというボトルを開けさせたり、同伴オプションなどを駆使したり、闇金に手を出させ最終的には風俗堕ちさせたりしている兄さんたちといえよう。
いやまあ、私も詳しくはないから偏見まみれだけど!
ともあれ、このヘンタイは兄さんたちには荷が重すぎる。
漫才が開催されている間に、私はどうにか、驚き足を止めた群衆の間をすり抜けていったが……。
「問答無用!
――ふぬっ!」
「――あぐばっ!?」
……遅かった。
黄金ヘンタイ騎士の拳を顔面に受けた兄さんの一人が、鼻血を出しながら吹き飛ばされたのである。
「ああっ!? アルス!?」
「こいつ、顔を殴ってくるなんて!?」
「何てこった! 鼻が折れてやがる!」
「テメエ……!
このアルス……本名ジョンはなあ、田舎から出てきて、でもって悪い女に捕まって文無しになって……。
それでも、また立ち上がろうと毎日女を引っかけてるんだぞ!」
「そんなアルスを、よくもやってくれやがったな!」
倒れたアルス(源氏名)氏を介抱したお兄さんたちが、そう言いながら黄金ヘンタイ騎士に詰め寄った。
店は違えど、同じ職業の仲間を思いやるその気持ちはよし。
だが、無謀だ!
「ふぬっ! ふぬっ! ふぬっ!」
「――あばっ!?」
「――へぶっ!?」
「――ぶおっ!?」
黄金ヘンタイ騎士が次々と平手打ちを放ち、お兄さんたちの顔面に全治数週間はかかりそうな傷を負わせ、昏倒させていく。
ああ! アルス(源氏名)を始めとする皆さん! ごめんなさい!
マモレナカッター!
「……これで、悪は滅びた」
やり遂げた感を出しながら、黄金ヘンタイ騎士がゆっくりとエイマの方を向く。
「ひっ!?」
お兄さんたちがやられる間、ただ流れに身を任せるしかなかったスリ師の少女は、ヘンタイの視線に身をすくませた。
そんな少女に、黄金の騎士はゆっくりと両腕を広げながら、語り始める。
「我が愛しのエンジェルよ……。
ケガはないかな?」
ー――いや、暴力振るったのアンタだけなんですが?
……と、ツッコミを入れたいところだが、あいにくと、まだ私の声が届く範囲ではない。
「あ……あ……」
哀れにも、一人でヘンタイと向かい合う羽目になったエイマは、身も声も震わせるばかりだ。
「ワガハイが来たからには、もう安心だ。
……それにしても」
そう言った黄金ヘンタイ騎士が、身をかがめてエイマの姿をじっくりと眺める。
いや、いっそこれは、ジットリとと表現した方が、正確か……。
スリットが入った兜越しに注がれる視線の気持ち悪さたるや、粘性すら感じられるほどであり、人をかき分けながら急行する私にさえそう感じられるのだから、実際にこれを注がれるエイマの抱いた嫌悪感たるや、筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
「ほう……ほう、ほう……」
文字通り、舐めるようにエイマの姿を鑑賞した黄金ヘンタイ騎士が、何かへ納得するかのようにうなずいた。
「先日までの、男性が着る衣服をまとった姿も、なかなかに倒錯的で味わい深かった……。
だが! やはり、花というのは美しくラッピングされてこそ!
少女らしいその装い……誠に素晴らしい! ツインのテールと称すべき新たな髪型も、気に入った!
まさか、ワガハイのためにそこまでしてくれるとは……!」
感極まった様子で己の体を抱きしめたヘンタイが、ガシャガシャと鎧の音を鳴らしながら身を震わせる。
いや、お前を釣り出すための装いではあるが、別にお前のために着飾ってるわけじゃねえ!
残念ながら、我が心の声は届かず、黄金ヘンタイ騎士は好きにのたまい続けた。
「素晴らしいぞ! 実に素晴らしい!
どうやら、ワガハイとマイエンジェルの心は一つ!
さあ! 早速にもワガハイの屋敷へと向かい、二人きりでの結婚式を挙げようではないか!
さあ……!
さあ! さあ!」
両腕を広げた黄金騎士が、そのままエイマを抱き締めようとにじり寄る。
「そして、その後は素晴らしき夜の世界を……グフフ」
こいつ、このままエイマをさらうつもりか!?
……させるかあ!
「――とう!」
「――ぐうおっ!?」
ようやくにも群衆を抜け出すことに成功した私の飛び蹴りが、黄金ヘンタイ騎士の側頭部を穿つ!
渾身の力を込めた一撃は、ヘンタイを二転、三転と転がさせることに成功した。
……そこらのチンピラならこれでKOなんだけど、どうやらまだまだ立ち上がれそうね。
手応えというか、足応えからそれを感じつつ、倒れたヘンタイとエイマの間に割って入る。
「待たせたわね!」
「本当に待たせ過ぎです!
どこ行ってたんですか!?」
「ごめん、ごめん。
ちょっと、振り切られそうになっちゃってて……」
半泣きで抗議してくるエイマに詫びながら、腰を深く落とし、構えた。
果たして、私の予感は正しかったらしく……。
倒れていた黄金ヘンタイ騎士が、首を振りながら立ち上がる。
「ぬう……。
なかなかの一撃。
お嬢さん、果たして何者かな?」
「私は、この子の姉よ」
「姉じゃありません!」
「何と! 姉がいたとは!?」
エイマの言葉はガン無視し、黄金ヘンタイ騎士が、天に向けて慟哭するかのような姿勢を取った。
「しかも! 姉もまた、系統は異なるが恐るべき美少女!
ここはひとつ、姉妹揃って美味しく頂かねば!」
おたく、ちょっと幼い感じがする美少女の守護者なんじゃなかったっけ?
まあ、ヘンタイの嗜好など、気にしたって仕方がないか。
どの道……。
「それは不可能ね。
あんたは、今から私がぶっ殺すから」
「誓って殺しはしないんじゃなかったんですか?」
構えながら不敵にほほ笑む私へ、エイマが冷めた目でつっこんだ。




