少女たちの未来
「やれやれ、こいつらどうしようかしら?」
完全に昏倒し、起き上がる気配のないチンピラ少年らを見渡しながら、私はエイマたちにそう尋ねる。
「いや……その……」
一方、黒髪の少女は、聞かれたところで返事に困るという様子であったが……。
「エイマお姉ちゃんに、しつこくするからだ。
ざまあみろ」
「ねーねー、こいつら、死んでるの?」
子供たちの方は好奇心旺盛というか、何というか、倒れてる少年たちをつついたり蹴ったりと、なかなかに大胆なことをしている。
さすがは、このグレイフールで生きる浮浪少女たちというべきだろう。
「ちゃんと、生きてるわ。
私は、誓って殺しはしないもの」
そんな彼女たちに、後頭部で束ねた金髪をバサリと払いながらそう告げる。
「はは……」
そうする私を見て、エイマは何とも曖昧な笑みを浮かべるのだった。
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結局……。
気絶してる少年たちを片付けようにも、当てはなく、かといって、あんな連中が転がってる所で話をするわけにもいかないので、私は彼女たちを伴い、事務所へと帰還することになった。
「わー、ソファがある!」
「この机で、お仕事してるの?」
「高そうな鏡ー!
どう? あたし、きれい?」
するとまあ、騒がしいこと騒がしいこと。
エイマが守り育てている子供たちは、大して広くもない事務所内ではしゃぎ回り、対面のソファへ腰かけた彼女を恐縮させる。
「すみません……。
助けてもらったばかりか、大勢で押しかけてしまって……」
「気にすることはないわ。
困ってる女の子を助けるのも、困ってる女の子たちを助けるのも、大差はないもの」
座り慣れたソファの上で足を組みながら、気安くそう言い放つ。
そして、確信ともいえる問いかけを投げた。
「それで、私のような人間を嫌うのは……あの子たちを、取り上げられたくないからかしら?」
その言葉に、エイマがびくりと身を震わせる。
震わせた後、恐るおそるという様子でこちらを見た。
「……こちらの事情は、察しているということですか?」
「まあね。
王子様の婚約者が設立した救護院が、保護という名目であの子たちを連れ去ってしまうんじゃないかって、そう心配してるんでしょ?
実際、それは心配し過ぎじゃない。
あなたたちのねぐら、ある程度の見当がついていたのは、その救護院で情報を得たからだもの」
「やっぱり、あの子たちが狙われてるんですね……。
浮浪者仲間の人たちが、言ってました。
あの辺りで暮らしてる子どもたちについて、警察が嗅ぎ回っているみたいだって」
――狙われている。
という、彼女の言葉は、いささかの語弊がある。
だが、実際に家族を取り上げられようとしている立場にしてみれば、さほどの違いはないのだろう。
そうと承知した上で、私は口を開いた。
「あなたの気持ちを理解した上で、言うわよ?
あの子たちは、救護院へ入れた方がいい。
私は今日、実際に施設内を見学してきたけど、間違いなく、今より暮らしは良くなるわ」
「さっきの話でも気になりましたが、どうやって救護院の方と接触したんですか?」
「私の出自は知ってるでしょう?
元王子様の婚約者……。
で、救護院を開いたのは、同じ王子様の現婚約者……。
そりゃ、面識はあるわ」
「この町で暮らすようになっても、貴族同士の繋がりは捨ててないんですね……。
だから、分からない」
貴族同士の繋がりを捨ててないというのは、誤りだ。
実際、今の私に会ってくれるかつての友人はといえば、これは極めて限定されるだろう。
しかしながら、エイマにしてみれば大差のないことだろうから、私は訂正することなく、続きを促す。
「それは、持っている立場の人たちからすれば、わたしたちの暮らしはみじめに思えるかもしれません。
廃材で建てた家に身を寄せて、明日のパンさえ手に入るかどうかは分からない……。
でも、わたしたちは助け合って、笑い合って……。
そんな暮らしが、幸せなんです」
「より豊かになるための道筋があるのに、目を背け現状の貧しさに甘んじるのが、幸せなわけないじゃない」
エイマにとっては、考え抜いた末に出したのだろう結論……。
それを私は、にべもなく一蹴する。
「そ――」
「――そんなこと、あるわよ。
そもそも、あなたが考えているのは、あの子たちのことじゃない。
自分自身のことだもの」
「――っ!?」
図星を突かれ、エイマがソファの上で後ずさった。
ちょっと言い過ぎかもしれないが、さっきから真面目な雰囲気を察してか、黙って私たちのことを見守り始めた少女たちの将来に関わる話だ。
ここは、ハッキリと言っておく。
「そもそも、今の状態で誰かが重い病気でもしたら、あなたはどうするつもりなの?
お医者様に見せる? そのお金は?
よしんば、お金が用意できたとして、浮浪者の娘を診てくれるお医者様がいるの?
闇医者になんぞ頼ろうとしたら、もっと法外な金がかかるわよ?」
「それは……。
そんなの、普段から気をつければ……」
「あんな環境で、気をつけられるはずないでしょ?
いいこと? 近年の医学によれば、病気というものは、不潔な環境でこそ生き生きとするものなの。
そういったことを学べるのが、学校という場所であり……。
無償で同じものを授けてくれるのが、マリアの救護院なのよ?」
「びょ、病気になんて、かかると決まったわけじゃ……」
「じゃあ、確実に待ち受けている未来の話をしてあげる」
ビシリと指を突き出し、私は予想されうる末路について語り始めた。
「まず、このまま育っていけば、あの子たちはまず、真っ当な仕事にはありつけない。
そうね……よくて、ミラー組の傘下にある娼館とかが関の山かしら。
この町に来て、そういう知り合いも随分と増えたから、私はそういう職業を卑しきものだとは思わない。
けれど、やはり就こうとして就く職業ではないと思うわ」
「うっ……」
私にそう言われ、とうとうエイマは反論の術を失う。
彼女とて、分かってはいたはずだ。
いずれ、あの子たちが一人で生きていかねばならなくなった時……しかし、その手段が存在しないという事実を。
エイマ自身は、スリ師として独立し生きていけているが、それは卓越した才能があってのことなのである。
「でも、救護院できちんと教育を受けることができれば、先の未来は無数に広がっていく……。
あるいは、お嫁さんに欲しいと言ってくる男性も現れるかもしれない。
真に、あの子たちの幸せを願うならば、答えは一つじゃないかしら?」
「………………」
とうとう、うつむいてしまい……。
それから、エイマは何も話さない。
これは、一種の現実逃避であるが、正論を受け入れるのに必要な時間でもあった。
重苦しい沈黙が、事務所の中に立ち込め……。
そして、それを破ったのは、エイマが育ててきた子供たちだったのである。
「エイマお姉ちゃん……」
「あたしたち、そのきゅーごいん? ていうのに、入るよ」
「入れてくれるなら、そこの子になる」
「べんきょーっていうのをして、ちゃんとした大人になれたら……そしたら、必ずエイマお姉ちゃんに恩を返すから」
口々にそう言われ、ソファに座ったエイマは顔を上げた。
上げて、自分が守り育ててきた少女たちを見回す。
事務所に来てからの、ほんのわずかな時間で……。
彼女たちは、少しだけ大人となったようにも思えた。
「みんな……ごめん」
そう言うエイマの胸元に、少女たちが飛び込む。
それから、しばらくの間……。
私の事務所では、互いに抱きしめ合いながらすすり泣く少女たちの声が、響き渡ったのであった。




