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悪役令嬢が如く  作者: 英 慈尊
Chapter1 地獄の姉妹
1/16

プロローグ

 新聞というものが発行されるようになったのは、まだ私が五つか六つの頃……。

 つまり、十年ほど前からだったと記憶しているが、その十年における市民への浸透ぶりたるや、凄まじいものがある。


 今や、王都に暮らす市民がこれを読んでいるのは当たり前。

 新しく聞くと書いて新聞とはよく名付けたもので、市民たちは毎朝発行されるこれを読んでは、世の動きというものに思いを馳せているのであった。


 それはつまり、毎日、大量の新聞がゴミとして捨てられるということ……。

 おかげで、もはや帰る家もなく、歓楽街グレイフールの路地裏で座り込むくらいしかやることのない私でも、拾った新聞から最新の情報を得ることができるのだ。


 まあ、ここ数日、各紙の第一面を騒がせている事件は、わざわざ新聞で読む必要もないそれであるのだが……。

 何故かって?

 このザビー・ゼクトマイヤーこそ、それなる事件――第一王子殺害事件の犯人であるゼクトマイヤー公爵の息女だからである。


 ――第一王子殺害される!


 ――捜査の末、犯人はゼクトマイヤー公爵であると判明!


 ――公爵、犯行を否定!


 ――王宮裁判の開廷決定! 検事は第二王子自らが務めるか!?


 ――女王の判決! 公爵は死罪! 公爵家も取り潰しに!


 ――公爵家の長女、第二王子との婚約を破棄される!


 ……だから、こういった見出しで書かれている記事内の出来事も、わざわざ記者が書いた文章で読むまでもなく、実体験としてありありと思い起こせた。


 何もかもが、かったるく感じられる。

 (よわい)にしてわずか十五の小娘が、突然、家も何もかも失い、路頭へ迷うこととなったのだから、それも当然のことだろう。

 しかしながら、これでも最悪の中で辿り着いたマシな結果であるのだ。


 女王陛下……私が幼き頃から、第二の母がごとくかわいがってくれていた彼女の温情がなければ、私は家を取り潰されるだけでは済まず、父共々に死刑となっていたことだろう。


 ――くう。


 正直、空腹など感じていられる精神状態ではないが、さすがに三日も飲まず食わずでいれば体の方が文句を訴えかけてくるもので、私の腹部からかわいらしい――ということにしておこう――音が鳴った。


 その音を聞きつけたのだろう……。

 この路地裏を通り過ぎるばかりと思えた数人の男たちが、ふと足を止める。

 そして、下卑た笑みを浮かべながらこう言ったのだ。


「おいおい、今、何か聞こえたかあ?」


「ああ、聞こえたなあ。

 物乞いが、腹を空かせている音だ!」


「まったく、こんな所でゴミみてえに座り込みやがってよお!

 ゴミはゴミらしく、ゴミ捨て場にでも行きやがれってんだ!」


 断じて、物乞いなどに身をやつした覚えはないが、いかにもなゴロツキ然とした彼らから、そう言われたとしても致し方がないだろう。

 実際、今の私はそこらで拾ったボロ布を頭から被って座り込んでおり、乞食と見分けることなど不可能な姿なのだから……。


「………………」


 故に、彼らの言葉を侮蔑として受け止めることもせず……。

 ただ、沈黙でもってこれを聞き流す。

 そんな態度が、面白くなかったのだろうか。


「おいおい、黙っちまってるが聞いてんのかあ?

 それとも、実はもうおっ()んじまってるのかあ?」


 男の一人がそう言いながら、私の被っているボロ布をひっぺ返したのである。


「お、おい……」


「こいつ、女か……」


「すんげえ、かわいこちゃん……」


「着ている服も、見たことねえドレスだ……」


 そうして露わになった私の姿を見た瞬間、男たちが息を呑んだ。

 彼らの瞳に映り込んだそれを通じて、私も同じものを見る。


 グレイフールの路地裏に座り込んでいた人物……。

 それは、こんな歓楽街の片隅には、到底似つかわしくない少女であった。


 年頃は十代半ばであるが、しかし、出るべきところは出て、絞るべきところは絞られた体型をしており、社交界の貴婦人らと比べてもそん色ないどころか、多くの場合において勝っている。

 そんな体を包み込んでいるのは真紅のドレスで、体のラインにピタリと張り付きながら胸元を大胆に開いたデザインのそれは、少女の魅力を最大限に引き出しているといえるだろう。


 黄金の髪は腰まで伸ばされており、くるりとロールしたそれが、ここ数日より以前まで丹念に手入れされていたのは明らかであった。

 顔立ちは――さながら猫科の幼獣。

 愛くるしさと奔放さ……そして、高貴さとが矛盾なく同居しているのだ。


 貴族令嬢――ここにあり。

 この私、ザビー・ゼクトマイヤーは、例え家を取り潰されようとも、歓楽街の路地裏に座り込んでいようとも、どうしようもないくらいに貴族の令嬢なのであった。


「おいおい、お嬢ちゃん……。

 こんな所に座り込んで、どうしたんだあ?」


 手にしたボロ布を投げ捨てた男が、急に声色を変えながらそう尋ねてくる。

 その表情は実に気色悪く、向けてくる視線はといえば、これは舐め回すようにという表現がピッタリだった。

 と、男たちの一人が地面に散乱していた新聞の一枚に目を止める。

 そして、何かへ気づいたようにこう言ったのだ。


「おい……。

 こいつ、例の王子殺しの犯人が遺したっていう、娘じゃないか?」


 ――遺した。


 その言葉に、体がピクリと震える。

 そう……予定通りならば、ゼクトマイヤー公爵は……私の父は、すでに刑を執行されこの世の人間ではないはずだった。


「だったら、こんな場所に座り込んでいるのも、納得がいくってもんだなあ」


「おい、王子殺しのご息女さんよ……。

 こんな所にそんな薄着でいたら、風邪引いちまうぜえ?」


「俺らと一緒に、どっか温かい所にでもいかねえかあ?」


「礼なら心配しなくてもいいぜえ……へへ」


 ますます笑みを深めた男たちが、口々にそのようなことを言いながら私の周囲を取り囲む。

 うら若く……半ば人権というものを失った立場にある、元大貴族のご令嬢。

 これを前にして、彼らがどんなことを考えているのか……ハッキリいって、想像するだけでも身の毛がよだつ。

 だから、私は久しぶりに口を開いてこう言ったのである。


「……失せなさい」


「はあ?」


 男たちの一人……何となく、リーダー格に見えるそいつが、間抜けな顔をしながら首をかしげた。

 どうやら、顔と頭だけでなく、耳も悪いらしい。


「聞こえなかったかしら?

 失せなさいと言ったのよ。

 そうすれば、無礼な言葉と視線の数々はなかったことにしてあげるわ」


 耳が遠い彼らにも聞こえるよう、顔を上げて告げてやると、男たちは互いの顔を見回しながら、再び下卑た笑いを浮かべた。


「おいおい、こいつどうにかしちまってんじゃねえか?」


「そうそう、俺たちは王国の紳士として、親切にしてやってるだけだってのによ」


「そいつを無礼呼ばわりされちゃ、さすがにカチンとくるよなあ……」


 そう言い合いながら、取り囲んだ彼らがわずかに殺気づく。

 ……やれやれ、だわ。


「いいからよ、ちょっと一緒に――」


 言いながら伸ばしてきたそいつの手は、むなしく空振りに終わった。

 何故なら、それよりも速く――私が身を伏せたからだ。

 しかも、ただ身を伏せたわけではない。

 地面へ手を突くと同時に、そこを起点とした回転回し蹴りを放ったのである。


 地面スレスレに放たれた、超低空の足刀……。

 これを足首へ受けた男はたまらず倒れ、頭を強打する。

 ……ろくに受け身も取れないとは、ド素人もいいところね。

 哀れなド素人さんの頭をヒールで踏みつけながら、立ち上がった。


「もう一度だけ、言ってあげる。

 この男を連れて、立ち去りなさい。

 そうすれば、無礼の数々は見逃してあげるわ」


 そう言われた男たちの反応は、劇的なものだ。

 最初こそ、何が起きたのかも理解できず、ポカンとしていたが……。

 次第に怒りが湧いてきたのか、その形相を歪めてきたのである。


「てんめえ……調子に乗りやがって!」


「女だと思って、優しくしていりゃあよお!」


「こいつは、少しばかり痛い目に合わせなきゃ、分からねえみてえだな……!」


「はあ……」


 溜め息をつきつつも、最初に倒した男から足をどけ、両足で地面を踏み締めた。

 そして、腰を深く落とし……構える。

 やだやだ……こんな連中に使ったら、技が汚れそうだわ。


「ああ!?

 ケンポーのつもりかあ?」


「まぐれでコカせられたからって、イイ気になってんじゃねえ!」


 構えから力量を感じ取ることも出来ない男たちが、口々にそんな言葉を吐き出す。


「――おらあっ!」


 そして、一人が汚い唾を吐き出しながら、手を突き出してきたのだ。

 何の技術も存在しない、ただ掴みかかろうという動き……。

 そんなもので触れられるほど、このザビー・ゼクトマイヤーはお安くない。


「――はっ!」


 私は素早く後方へ振り返り、そこに存在する壁へ向け、鋭く跳躍したのである。

 ただ、壁へ向けて跳んだわけではない……。

 壁に向けて足を突き出すと、そこを足場として再度の跳躍を行ったのだ。


 ――三角跳び蹴り。


 不意を打ち、しかも立体的な角度から放たれるこの一撃を、当然ながら男は回避できない。


「――へぶおっ!?」


 顔面に私の蹴りを突き立てられた男は、鼻血を出しながら吹き飛んでいった。


「――なっ!?」


「――こいつっ!?」


 驚く残りの男たちだが、精神的動揺から生じる隙を見逃す手はない。

 私はあえて彼らの中に身を踊らせ、一人の腹部に掌底を見舞った。


「――ぐうおっ!?」


 女の細腕と、甘く見てはいけない。

 体重を乗せつつ、地を蹴っての反動も利用した一撃が内蔵を揺さぶったのだ。

 喰らった男は、たまらずに腹を押さえてうずくまる。

 うずくまったその肩は、格好の足場だ。


「――はああっ!」


 男の肩を足場とした私は、両足を大胆に開いての旋風回し蹴りを見舞う。

 その蹴りは、一撃一撃が男たちの頭部を効率的に揺さぶり……。


「――がっ!?」


「――ぐっ!?」


「――おあっ!?」


 脳震盪を起こした男たちは、あっさりと昏倒し動かなくなった。

 これで残るは、ただ一人……。

 彼らの、リーダー格と思わしき男だ。


 ――あら?


 ――丁度いいところに、手頃な大きさのレンガが落ちているわね。


「ま、待て……!

 お、俺らはただ頼まれ――」


 無礼千万な男の言葉に、耳を貸す道理など存在しない。

 私は素早くレンガを拾い上げ、それでこやつの顔面を――強打する!


「――ぶふぉっ!?」


 鼻を叩き折られた男は、盛大に鼻血をぶち撒けながら倒れ、動かなくなった。


「ヤグルマ流舞闘術(スティング)――調和(ハーモニー)

 ……お楽しみ頂けたかしら?」


 レンガを投げ捨て、優雅にドレスの裾をつまみながら一礼する。

 ……まあ、聞こえてはいないでしょうけど。


 ――パチ。


 ――パチ、パチ、パチ。


 乾いた拍手の音が路地裏に響いたのは、そんな時のことだった。


「さすがは、部門の名家ゼクトマイヤー家のご令嬢だ。

 ……いや、ご令嬢だった、というのが正解か?」


 そう言いながら、拍手の主が姿を現す。

 男はまだ若い――おそらく、二十代前半といっていい年齢だろう。

 仕立ての良いスーツに身を包んでおり、黒髪を後ろに撫でつけたその姿は、一見したならば、典型的な王国紳士ようにも見える。

 しかしながら、普通の王国市民には存在しないものが、この青年からは感じられた。

 飢え、渇き……。

 そして――野心である。

 黒曜石のごとき色合いをした瞳には、暗く……冷たい炎が宿っていた。


 総じて、社交界などではお目にかかれないような人物……。

 このグレイフールの路地裏には、ある意味、お似合いとも取れる危険な香りのする青年なのだ。


「そこの男――」


 レンガでノックアウトされた男を指差しながら、青年に向き合う。


「最後に、頼まれたと言おうとしてたみたいだけど、状況から察するに、あなたが依頼して私に因縁をつけさせたのかしら?」


「ご明察。

 まあ、こいつらには、お前が何者であるかは告げず、ただ因縁をつけてこいと命じただけだが」


 そう言いながら、青年が倒れている男の顔に蹴りを入れた。


「――ぐぼっ!?」


 意識を失ったままの男が、悲鳴と共に鼻血を出し、またぐったりとなる。

 それを見て、思わず眉をしかめてしまう。


「命令通り動いた相手に、それが報酬だというの?」


「こいつらは、俺に隠れてシマの店から小遣いを巻き上げていた。

 お前にやられた分も含めて、制裁さ」


 また別の男を踏みつけてやりながら、青年がそう言い放つ。


 ――シマの店。


 何気なく放たれた青年の言葉から、おおよその正体を推察してしまう。

 と、いっても、私とてそこまで詳しいわけではない。

 ただ、噂話で聞いたことがあるだけだ。


 裏社会には、貴族社会のそれにも似た複雑で強固な社会構造が存在し……。

 その世界を構築する各組織は、貴族たちが所領を定めるように、自分たちの縄張り――シマを持っていて、シマ内の住民や商家から金を得ているのだと。

 どうやら、青年はそんな組織の一つに属する……。

 いや、口ぶりや態度から察するに、率いていると考えた方が良さそうだった。

 だが、そうと分かったところで、私の対応は変わらない。


「それで、わざわざこんな人たちをけしかけてきて、一体、何が目的なわけ?」


 取り潰されたとはいえ、私はゼクトマイヤー公爵家の息女である。

 一体、裏社会で――このグレイフールでどれだけ偉いのかは知らないが、へりくだる理由など存在しなかった。


「まず、お前さんの腕前を知りたかった。

 いや、大したもんだ。

 まさか、ここまでアッサリとこいつらをのしちまうなんてな」


 十分に蹴りなどの追撃を加え、満足したのだろう。

 青年が、こちらに向き直りながら真面目な顔を作る。


「そう?

 それで、私の実力が分かったら、どうだっていうの?」


「俺の名はミラー・ニウ。

 ザビーよ、俺の女になれ」


「お断りよ」


 突如として放たれた意外な言葉に、しかし、間髪を入れず答えた。


「ミラーだかニラだか知らないけど、いきなりこんな連中を仕向けてくる知らない相手と交際なんてありえないわ」


「なら、どうするつもりだ?

 どれだけ強がろうと、イキがろうと、お前は家を失った元貴族の小娘だ。

 こんな路地裏に座り込んでいるような奴が、これから先、どうやっていく?」


「ただ座り込んでいたんじゃないわ。

 考えていたのよ」


 ミラーという、いかにも偽名然とした名前を名乗った青年に、肩をすくめながらそう言ってみせる。


「これから先、どうしようか……新聞でも読みながらね」


「そいつは、思慮深いことだ。

 それで、答えは決まったのか?」


「悪役令嬢よ」


「は?」


 私の出した答えに、ミラーはあ然とした顔になった。

 そんな彼に、私はこの答えへ至った根拠を聞かせてやる。


「紙面を読めば、人のことを好き勝手に憶測だけで脚色してくれちゃって……。

 どうやら、私は庶民出身の学友をイジメ倒し、男という男に媚び、名家出身なのをいいことに、ワガママの限りを尽くしたらしいわ。

 まさに、安っぽい物語へ登場する悪役の令嬢よ」


「だから、お望み通りに振る舞ってやろうっていうのか?」


「まあ、そんなところね。

 悪役令嬢が如く……私は成り上がってみせるわ」


「はあ……そうか」


 あきれたのか……。

 それとも、意外にも感心したのか……。

 ミラーが、溜め息混じりに私を見た。


「まあ、やられっぱなしでいないという心意気は立派だがな。

 具体的に、どうやってそれを叶えるんだ?

 お前、明日のパンを買う金もないだろ?」


「それは、これからまた考えるわ。

 お家を潰されたばかりの貴族令嬢に、そこまで一気に思いつくはずないじゃない?」


 堂々と胸を張って答えた私に、またも溜め息を吐きながらミラーが眉を揉み始める。

 ああ……今回のこれは、完全にあきれてるだけね。


「……いいだろう」


 だが、しばらくそうした後、彼は意外なことを提案してきたのだ。


「さっきの提案を取り消そう。

 別に、俺の女となる必要はない。

 だが、俺の依頼を受け、こちらが抱える厄介事を解決してくれ。

 そうすれば、報酬を支払うし、住居もこちらで見つけてやろう。

 ……とりあえず、こいつはこの連中にヤキを入れてくれた報酬だ」


 そう言いながら、ミラーが数枚の紙幣を財布から取り出す。


「遠慮なく受け取るわ。

 そして、そういう話なら受けてあげる。

 パンがないなら、身につけた技術で金を得ればいい……。

 考えてもみれば、簡単なことね」


「俺が与えてやるのは金じゃない……。

 きっかけ、さ。

 それを活かせるかどうかは、お前次第だ」


 その言葉に、どこか懐かしいような……。

 聞いた覚えのある響きを感じ、一瞬、首をかしげる。

 しかし、すぐに気のせいだろうと考え直し、私は右手を差し出したのであった。


「ザビー……。

 今は、ただのザビーよ。

 よろしく」


「さっきも名乗ったな。

 ミラー・ニウだ。

 よろしく頼む」


 こうして、私はこの青年――ミラー・ニウとの協力関係を結んだのである。




--




 もう十年も前のことだから、仕方ないといえば仕方がないのだが……。

 俺のことを覚えていなかったという事実に、少しだけ落ち込む。

 だが、彼女があの時以上に美しく成長し、しかも、その気高さをいささかも損なっていないのは、それにも勝る喜びだった。

 そう、今、握手を交わしている少女――ザビーとは、これが初めての顔合わせじゃない。


 以前、会った時……俺はどこにでもいるような親なしのガキで、しかも、空腹のあまり朦朧とし、王都の片隅でぶっ倒れていた。

 ああ……このまま死ぬんだと思った時、目の前で停車したのが幼き日のザビーを乗せた馬車だったのである。

 あの日、ザビーは自分のものだろう手鏡を俺に差し出し、こう言ったのだ。


 ――この手鏡をあなたにあげるわ。


 ――値打ちものらしいから、売ればお金になるし、それでパンも買えるはず。


 ――でも、覚えておきなさい。


 ――私があげるのは、お金じゃない。


 ――きっかけよ。


 ――それを活かせるかどうかは、あなた次第。


 その言葉は、学も何もないクソガキの胸に、不思議と響き……。

 そして、そいつを発奮させた。

 結果、運に助けられたところ絶大とはいえ……今、そいつは一家を率いるまでに成り上がっている。

 全ては、あの手鏡を売って得た金から始まったことだ。


 だから、俺は今、ミラー・ニウを名乗っている。

 ザビー……俺は君に恩を感じているし、多分、愛してもいるだろう。


 ゆえに……君が望む形で、その力になる。

 あの日にかけてくれた言葉は、今もこの胸に響いているのだから……。


 お読み頂きありがとうございます。

 もし、少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思ったら、是非、ブックマークや評価、いいねをよろしくお願いします。筆者が泣いて喜びます。


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